僕と一花は付き合った。今日は彼女と付き合ってから初めてのデートだ。「彼女」という言葉に特別な意味を持ち始めてから、こうして「彼女」という言葉を発することが特別に思えてくる。と同時に、ちょっとした責任も感じる。だからこそ、一花との時間は大切にしようと心に誓った。
今は田舎者の僕が生意気にもショッピングモールの前で待ち合わせをしている。付き合ってないとこういうこともしないだろうさ。
「早く来すぎたかなあ?」
ショッピングモールの時計塔を見ると時刻は11時30分前。待ち合わせの30分も早く着いちゃった。既にチャットは彼女に送っており、その返信として一花は慌てた様子で家を出ていったらしい。一応、勝手に早めに着いたのは僕だったので申し訳なさを覚えてゆっくり来てねと送っておいた。すると、一花はうさぎが焦った様子で走るスタンプが送信されてきた。可愛いなあ。
「こっちに着くまで、しばらくはかかるか。ちょっと中でも見て回ろうかな?」
姉さんとは何度かこのショッピングモールに行ったことがあるけど、連れ回されてばかりだったから中がどんな感じなのかも分からない。文字通り荷物持ちというやつだ。そういうことを抜きにすれば、女の子とショッピングモールに行くのは初めてだ。緊張もするほど。
ほどなく歩いてると、映画の予告ポスターを見つけた。もし映画を彼女と観るとするならば恋愛モノがベターだ。けど、一花が好むかは分からない。僕としては、SFモノが好きだから観たい。予知夢を見られる僕は異能などを持つ主人公の気持ちのほとんどに共感出来るからさ。
異能を持ったときの焦燥感や、自分の思いどおりにならなかったときのやるせなさや、リアルに描いている作品はいっとう好きになる。もしくは、他人に主人公の異能がバレたときなんか反応も面白い。僕の予知夢は大したものじゃないけれど、バレたらこんな反応かな、とか、あんな反応だったらいいな、とか想像してみる。
映画の予告ポスターを見漁ってみると、面白そうなSF作品があった。内容は、ゾンビに日常を追われた人間が生き残るために新しい文明を築くという作品だった。一花が興味を持ったら観てみようかな?そんなことを考えていると時計塔からもう20分が経過していた。
まずいなあ。一花はもう時計塔に来て僕を探しているみたいだ。おでこに手を添えてるうさぎのスタンプが3連続で送られてる。急いで行こう。
「ごめんごめん。面白そうな映画があったからつい見入ってしまった。」
「もう!私も早すぎるかなあと思ってて…玄関で待機してたら、急にもう連絡寄越してくるもんだから焦って来ましたよ!そしてら待ち合わせ場所に居ないじゃないですか!」
平謝りを繰り返す。
「本当にごめん。」
「罰としてその面白そうな映画を私にも見せてください!ふん。」
「うん、わかった。いいけど、一花が好きなタイプの映画じゃないかもしれないよ。」
そっぽ向きながらそう言う一花はちょっと不機嫌だけどきっと可愛い顔をしてると思う。でも、僕が好きなSFを彼女も好きとは限らない。
「分かってないですね。啓示さん。啓示さんが好きなものを私は知りたいんです。」
「ああ、そういうことか…。」
そっぽを向いた顔は知れずとも、耳はちょっとだけ赤く染まってた。そういうことなら、ありがたく観たい。
「ああ、あとその服似合ってるね。緑のワンピースか。大人っぽい。」
姉さんに、デートを行く前に教えられたことの1つ。相手の服を褒めること。一花は深緑のワンピースを着てて、まるで少女というより1人の淑女という感じがした。
「くっ!この!」
すると突然、女騎士みたいなセリフを吐きながら僕の頬を引っ張ってきた。
「いふぁいうぇふ。いひははん。」
上下にグイグイするなよ。
痛いです。一花さん。
「はー!啓示さんってこういうのが好きなんですね。」
映画を観終えて、ブースを出た。伸びをしながら一花がそういう感想を漏らす。
「ゾンビっていうより、SFが好きなんだよ。」
「どうしてSFが好きなんですか?」
「うーん、あんまり深く考えたことは無いけれど、やっぱり非日常を味わえるからかな?」
嘘をついてしまった。僕の日常に近しい気がするからこそSFが好きなのに。
「そういうことですか。確かに1番日常的に見えて非日常的ですもんね。」
「ああ、そして個人的にアクションシーンは良かった。」
「私は両親が主人公の目の前でゾンビになっちゃったのが1番印象的でしたね。ずっと探してたのに、努力が水の泡になっちゃって、なんか無常だなあって思いました。」
2人が観た映画はニッチでありながらも中々良いクオリティと世界観で非常に見応えがあった。
「うんうん、主人公は相当ショックだっただろうなあ。」
「あ、あそこでご飯を食べながらお話しましょう。」
一花が指を差したのはインドカレー屋だった。もしかしてカレーが好きなのか?
「これが一花の好物?」
「はい。いつ食べても美味しいじゃないですかカレーって。」
「意外だなあ。さっき付き合ってもらったし次は僕が付き合うよ。」
店内に入ると、既に小麦とスパイスの香りがする。小麦の香りはきっとナンだ。スパイスはカレー。
「いい香り、しません?」
「する。食欲がそそられるね。」
「こうやって店内に食べ物の香りが充満してるお店、結構好きなんです。お料理が来る前にまず楽しめるじゃないですか。」
「確かに。ちゃんと値が張るお店だとこういう環境はあまり無いね。」
彼女曰く、入る時にいい香りがすれば2度美味しいとのこと。香りによってはそのお店の一番売れているものも分かるから面白いのだそうだ。僕は彼女の好きな物が知れて嬉しかった。彼女が僕の好みを知りたがっていたように、僕も知りたかったのだ。
「ナンがおかわり自由って書いてある。」
「フードファイトといきましょう。啓示さん。」
「え、フードファイト?」
「どちらが多くナンを食べられるか勝負です。今日の私は気分が盛り上がってますよ!」
「わ、わかった。」
「じゃあ、僕が勝ちだね。美味しかった。ご馳走様。」
「啓示さんこんなに食いしん坊だったなんて聞いてませんでした…うっぷ。」
締めて僕らは計10枚。僕が6枚食べて、一花が4枚を食べた。
「引きこもり生活が祟りましたね…。運動しないとなあ。」
「ダイエットするときは教えてよ。僕も一緒に始めるからさ。とりあえず休憩しようか?きついでしょ。」
一花はかなりキツそうだ。感想もゆっくり話せてないから、また今度にしようかな?
「は、はいそうします。」
ショッピングモールの中央には小さな公園か広場のようなものがあり、そこのベンチで休むことにした僕ら2人。時間もかなり進んできて、日が沈み始めているのが分かる。今日はいい1日だった。一花のほんの一部の本性を知ることができたからだ。カレーが好きという子供っぽいところとか、服のセンスが大人っぽいところとか。
「今日は楽しかったです。エスコートしてくれてありがとうございました。」
「エスコートしたつもりはなかったけど、楽しんでもらえて何より。僕も楽しかった。」
どちらともなく手を繋ぎ始める。いい雰囲気だった。手の繋ぎ方は乱雑で、恋人繋ぎとも普通の繋ぎとも言えない。
「付き合う前、私が啓示さんに距離を取ってしまったのには理由があるんです。
私を助けてくれた日から、啓示さんに落ちてしまって。恥ずかしかったんですよ。ごめんなさい。」
僕はてっきり嫌いになってしまったのかと思ったけど、そういうわけではなかった。でも、詳しい訳は知らなかったから、遅かれ早かれ僕から聞こうと思っていた。
「そんな。僕が階段から突き落としてしまったんだから。謝るべきなのは僕の方さ。あのとき僕も不安だったんだ。嫌われたのかと思って落ち込んでいた。」
「あ…落ち込んでてくれてたんですか?じゃあ、その時から私が好きだったんですか…?」
「いや、きっとそれよりもずっと前から好きだった。自覚したのはそれを知ってからだよ。」
「それを知ってからって何をですか?」
あ、あまりに正直に言いすぎた。それというのは予知夢のことだ。だけど、彼女にも予知夢を話すべきじゃないと思った僕は適当にはぐらかした。
「ふーん、そういうことだったんですね。」
あまり釈然としない様子で一花は納得してくれたが、きっと納得してないだろうなあ。
しばらく沈黙の時間があってから、僕はなんてことをしたのかと思い出す。顔が熱い。
「ね、啓示さん。」
「…ん?」
「助けてくれたお礼、してもいいですか?」
「お礼なんてとんでもない。申し訳な、っ!」
「ふふ。イチゴ味かな〜と思ったら、案の定、カレー味でしたね。」
「よく僕にずるいって言うけど、一花も大概だね…。」
「はい。フードファイトは負けましたけど、気持ちでは負けませんからね!」
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