テラーノベル
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魁篤が怒っている。
龍清がそれに気づいたのは、夕食を食べ始めてすぐだった。
「……なあ」
「なんだ」
「今日、静かじゃない?」
「そうか」
向かいに座る大柄な男は、黙々と飯を食っている。
睨みもしない。
器を乱暴に置きもしない。
ただ、明らかに機嫌が悪い。
「任務で何かあった?」
「ない」
「怪我?」
「していない」
「俺、なんかした?」
「した」
「したの!?」
即答だった。
龍清は今日一日の自分を振り返る。
朝、仕事。
昼、仕事。
夕方、先に帰って夕飯を作った。
その途中――卓上にあった蜂蜜菓子を二つ食った。
「…………あ」
魁篤が顔を上げる。
「思い出したか」
「まさか、蜂蜜菓子?」
「俺のだった」
「それで怒ってんの!?」
「俺のだった」
「二回言うなよ!」
龍清は額を押さえた。
「二つあっただろ?」
「一つはお前の分だ」
「じゃあ一個は食ってよかったじゃん」
「俺の分も食った」
「そこかぁ……」
「蜂蜜が多い方だった」
「そこまで覚えてる!?」
「楽しみにしていた」
妙に真剣な声だった。
龍清は笑いそうになるのを堪える。
「悪かったって。明日また買ってくる」
「そういうことではない」
「じゃあ何だよ」
「勝手に食った」
「だから謝ってるだろ!」
「俺の分だと知らなかった」
「知らなかったから食ったんだよ!」
「なら、聞けばよかった」
「菓子一個食うのに!?」
「二個だ」
「細けぇな!!」
しばらく睨み合う。
だんだん龍清も腹が立ってきた。
「はいはい。悪うございましたね、熊さん」
ぴたり。
魁篤の動きが止まった。
「あ」
言ってから気づいた。
遅かった。
魁篤は静かに箸を置く。
「……そうか」
「何だよ」
「分かった」
「何が」
魁篤は真顔で龍清を見る。
「龍清教官」
「おい」
「飯は美味かった。龍清教官」
「待て待て待て」
「片づけは俺がする。龍清教官」
「そこまで戻るな!!」
龍清が立ち上がった。
「何だよ龍清教官って!」
「熊さんと同じだろう」
「全然違うわ!」
「昔の呼び方だ」
「そういう問題じゃねぇ!」
「俺もそう言っている」
「…………」
「…………」
沈黙。
「……腹立つな、お前」
「俺もだ」
「蜂蜜菓子二個でここまで揉める?」
「食ったのはお前だ」
「まだ言うか!」
*
翌日。
龍清は蜂蜜菓子を四つ買って帰った。
部屋へ入ると、魁篤はすでに卓の前にいる。
龍清は無言で包みを置いた。
「二つお前。二つ俺」
魁篤が包みを見る。
「昨日は悪かった」
龍清が言った。
「勝手に食った」
「……ああ」
「でも、龍清教官はやめろ」
「熊さんもやめろ」
「善処する」
「そこ即答しろよ」
魁篤の口元がわずかに緩んだ。
龍清も笑う。
「ほら。蜂蜜多いやつ」
一つ渡すと、魁篤はしばらく眺めてから半分に割った。
「ん」
「何だよ」
「食べるか」
「いいの?」
「ああ」
龍清は手を伸ばしかけて、止めた。
「食っていいですか?」
「いい」
「あとから俺のだったって言わない?」
「半分はお前にやった」
「証拠は?」
魁篤の目が細くなる。
「お前、それ昔の俺の真似か」
「よく覚えてんなぁ」
龍清は笑いながら受け取った。
一口齧る。
「うま」
「ああ」
しばらく二人で黙って食べる。
昨日とは違う沈黙だった。
やがて魁篤が龍清を見る。
「龍清」
「ん?」
「触れていいか」
「どこに」
「口」
龍清は自分の唇を舐めた。
「蜂蜜付いてる?」
「少し」
「取ってくれる?」
「ああ」
魁篤が身を寄せる。
唇が触れる直前、龍清が言った。
「一回だけな」
「分かった」
短く触れて、離れる。
「取れた?」
「まだ少しある」
「嘘つけ」
「もう一度、聞いていいか」
「調子に乗るな、魁篤」
名前で呼ぶ。
魁篤の表情が、少し緩んだ。
「……なら今日はやめる」
「素直だな」
「その代わり」
「何だよ」
「残りの蜂蜜菓子は食うな」
「そこに戻るのかよ!!」
*
翌日。
休憩中、龍清が昨夜の話をすると、同僚はしばらく黙った。
「それ、喧嘩っていうんですか?」
「喧嘩だよ」
龍清は真顔で答えた。
「結構な大喧嘩だったぞ」
なお、争点となった蜂蜜菓子は四つとも、その日のうちになくなった。
コメント
1件
第2話、めちゃくちゃ良かったです。蜂蜜菓子二個でここまで揉める大人たち、最高すぎる。笑いながら読んでたけど、後半の「触れていいか」「口」の流れで空気が一気に変わって、その切り替えが綺麗でした。名前呼びのタイミングも絶妙で、魁篤の口元が緩むところでこっちまでにやけました。蜂蜜菓子が四つともその日になくなった締めも、なんかじわじる。日常の積み重ねがちゃんと甘くて、二人の距離感が心地いいエピソードでした。続きが気になります!