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穏霞 乃矢
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第二章 小さな光
第一話 十年後
それから十年の月日が流れた。
森の奥に作った秘密基地も。
毎日のように通った薬屋も。
何もかもが少しずつ変わっていた。
そして、ジオとサフィアンは十七歳になっていた。
ジオは薬屋の裏庭で薬草を仕分けていた。
黒い髪が風に揺れる。
陽の光を浴びてもなお深い闇を思わせる黒。
大きな黒い瞳は昔と変わらない。
けれど幼い頃の面影を残しながらも、その姿は随分と大人びていた。
白い肌。
細くしなやかな身体。
静かな佇まい。
街では今でも黒髪黒眼を不吉だと言う者はいる。
だが成長したジオは、もはや恐ろしいというよりも、どこか人離れした美しさを纏っていた。
薬草を干し終えたジオは、小さく息を吐く。
その時だった。
「ジオーー!」
聞き慣れた声が響く。
同時に薬屋の扉が勢いよく開いた。
「サフィ坊っちゃん!」
マーサの怒鳴り声が飛ぶ。
「扉はもっと丁寧に開けなさい!」
「ごめんごめん!」
全く反省していない声だった。
ジオは思わず笑う。
十年経っても変わらない。
群青色の髪。
明るい青い瞳。
少年らしさは残っているが、背は大きく伸びている。
鍛錬を続けた身体は力強い。
自由奔放で騒がしい性格も相変わらずだった。
けれど昔より少しだけ大人になったと思う。
ほんの少しだけ。
「今ちょっと失礼なこと考えただろ」
「考えてない」
「絶対考えた」
鋭かった。
ジオは視線を逸らす。
「それより何しに来たの」
「散歩!」
「学校は?」
「今日は休み!」
「鍛錬は?」
「終わった!」
即答だった。
たぶん嘘ではない。
ただし朝から倍の速度で終わらせて来たのだろう。
昔からそうだった。
勉強以外のやるべきことはちゃんとやる。
その上で全力で遊ぶ。
サフィアンはそういう人間だった。
「森行こうよ」
当然のように言う。
ジオは少し考える。
薬草の整理は終わっている。
頼まれていた仕事も片付いた。
「……少しだけなら」
「よっしゃ!」
サフィアンは満面の笑みを浮かべた。
その笑顔を見る度に思う。
十年前。
森で出会ったあの日から、サフィアンは何も変わらない。
まるで太陽みたいに真っ直ぐで、人の心へ勝手に入り込んでくる。
そして気付けば隣にいる。
ジオは小さく笑った。
もしあの日、森へ行かなかったら。
もしサフィアンと出会わなかったら。
今の自分はどんな人間になっていたのだろう。
考えても答えは出ない。
けれど一つだけ分かることがある。
きっと今よりずっと寂しかった。
二人はいつもの森へ向かった。
秘密基地のある森。
薬草を採った森。
出会った森。
けれど最近は、少しだけ様子が違っていた。
風が重い。
鳥の声が少ない。
森全体がどこか落ち着かない。
サフィアンも気付いたらしい。
「最近変だな」
珍しく真面目な声だった。
「うん」
ジオも頷く。
ここ数年、世界は少しずつ変わり始めていた。
最初は小さな噂だった。
森で魔物の群れを見た。
旅人が消えた。
夜の瘴気が濃くなった。
そんな話が各地から聞こえてくるようになった。
けれど今は違う。
噂では済まなくなっていた。
村の壊滅。
街への襲撃。
行方不明者の増加。
人々は怯え始めていた。
夜が来ることを。
「闇が濃くなってる」
最近はそんな言葉まで聞くようになった。
ジオは無意識に胸元へ触れる。
服の下。
幼い頃から身に付けている御守り。
理由は分からない。
けれど最近、満月が近付く度に胸がざわつくことがあった。
夜になると眠れない日も増えた。
森へ来ると、時折息苦しくなる。
原因は分からない。
誰にも話していない。
マーサには気付かれているかもしれないが。
「ジオ?」
サフィアンの声で我に返る。
「大丈夫か?」
「……うん」
少しだけ笑う。
サフィアンはしばらく見つめていたが、それ以上は聞かなかった。
昔からそうだ。
踏み込む時は遠慮がないくせに。
待つ時は驚くほど待ってくれる。
その優しさに何度救われただろう。
木々の隙間から差し込む陽射しを見上げながら、ジオは小さく息を吐いた。
その時だった。
遠くで、嫌な気配を感じた。
ほんの一瞬。
胸の奥がざわつく。
まるで黒い波がどこかで揺れたような感覚。
「……?」
思わず足を止める。
けれどその感覚はすぐ消えた。
気のせいだったのかもしれない。
ただ胸の奥に、小さな不安だけが残った。
そしてその夜。
ジオはなかなか眠ることができなかった。
コメント
1件
久しぶりの2人、ちゃんと成長しててじーんときたよ…。ジオが人離れした美しさを持つって表現、すごくしっくりきた。あとサフィアンの「待つ時は驚くほど待ってくれる」って台詞に、十年分の信頼が詰まってて好きだな。それにしても森の異変、満月前の胸のざわつき…伏線がじわじわ効いてきてて、次が気になる!