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『今日、渋谷で。僕らのささいな冒険譚』
新章:迷宮のターコイズ、路地裏のAI
第一章:デジタル・デトックスの嘘
「……で、なんで俺は土曜の昼下がりに、野郎二人でパフェに並んでるんだ?」
ツトムは、自分の声が周囲の喧騒に掻き消されているのを自覚しながら、恨めしげに隣の男を見た。
黒のタイトなジーンズに、少し着崩した白シャツ。ツトムとは対極にあるような、いかにも「渋谷の休日」を謳歌していそうなその男――ハルトは、スマートフォンの画面から目を離さずにニカッと笑った。
「固いこと言うなよ、ツトム。ここの『3Dフルーツパフェ』、TikTokで今週一番バズってるんだぜ? インスタのフィードがこれ一色になる前に、実物を拝んでおかねぇと」
「トレンドなんて、どうでもいいって……」
ツトムは溜息をつき、抱えていたスケッチブックを強く抱きしめた。
アオイに「パートナー」宣言をされてから一週間。彼女は「取材」と称して、ツトムをあちこちに連れ回した。昨日は平成レトロなゲームセンター、一昨日は古着屋の地下にあるカセットテープ専門店。そして今日は、この行列だ。
アオイ自身は、「ちょっとカメラのメンテナンスに行ってくる!」とツトムにハルトを押し付け、姿を消していた。ハルトはアオイの幼馴染で、彼女の「被害者」仲間でもあるらしい。
「おっ、ツトム。見ろよ。向かいのビルのビジョン」
ハルトが指差した先。巨大な街頭ビジョンに、色鮮やかな、しかしどこか見覚えのあるタッチのイラストが映し出されていた。
「……あれ、俺が描いた『あじと』の絵に……似てる?」
「似てるんじゃなくて、お前の絵を学習したAIが描いた『新しいレトロ渋谷』だよ」
ハルトの声が、少しだけ真剣味を帯びる。
「アオイの奴、お前の絵を神データだって言ってたろ? あの夜、お前の絵を撮影したデータを、知り合いのAIクリエイターに送ったらしいんだ。そしたら、一晩でこれだよ」
ビジョンの中で、ツトムが愛した「あじと」の赤提灯は、より鮮やかに、より完璧な配置で、ターコイズブルーの夜空に映えていた。それは、ツトムが感じた「匂い」や「時間」とは無関係な、ただ消費されるためだけの「完璧なノスタルジー」だった。
(……俺の描きたかったものは、これじゃない)
胸の奥が、冷たく凍りつくような感覚。ツトムはスケッチブックを、さらに強く抱きしめた。
第二章:ドバイチョコのパキパキ音
「お待たせー! ツトムくん、ハルト、お腹空いたでしょ!」
行列がようやく店の入り口に差し掛かった頃、アオイが風のように現れた。メンテナンスを終えた一眼レフが、彼女の首元で誇らしげに輝いている。
「アオイ、お前、俺をパフェの行列に並ばせておいて、自分は……」
「ジャーン! これ、何だと思う?」
アオイはツトムの抗議をスルーし、バッグから金色の包装紙に包まれた大きなチョコレートを取り出した。
「……金塊?」
「ブブー! 正解は『ドバイチョコ』! TikTokでパキパキ音がASMRでバズってる、幻のチョコだよ!」
「チョコ……? なんでドバイ?」
「細かいことはいいの! ほら、ツトムくんもハルトも、一口食べてみて!」
アオイはチョコを豪快に割り、二人に差し出した。ツトムが恐る恐る口に運ぶと――。
パキパキッ、サクサクッ……。
口の中で、ピスタチオとカタイフィ(麺状の生地)が織りなす、これまでに経験したことのない食感と音が弾けた。
「……なに、これ。食感が、面白い」
「でしょ!? このパキパキ音、最高に『共感』を生む音なんだよ!」
アオイはツトムの反応に満足げに笑うと、一眼レフを構え、チョコを食べるツトムの口元と、食べかけのチョコの断面を、様々な角度から撮影し始めた。
「完璧なパフェより、こういう『今、弾けた音』の方が、みんなの心に届くんだから!」
その時、ツトムの視界の端に、細い路地の奥へと消えていく、小柄な老人の後ろ姿が映った。
老人は、古びた、しかし手入れの行き届いた三味線を背負っていた。
(……あの三味線の音、聴いてみたい)
ツトムは、アオイのカメラから逃れるように、チョコを飲み込み、スケッチブックを開いた。
鉛筆が、白紙の上を滑る。
チョコのパキパキ音、アオイの笑い声、行列の喧騒――それらすべてが、老人の背中を描く鉛筆のラインに、新しいリズムを与えていく。
第三章:迷宮のターコイズブルー
「ツトムくん、何描いてるの?」
アオイがカメラを置き、ツトムのスケッチブックを覗き込んだ。
「……さっきの、三味線を背負ったおじいさん」
「へえ……。ツトムくんの絵って、やっぱりAIには描けない『迷い』があるね」
アオイの声が、少しだけトーンを落とす。ツトムは振り返り、アオイの目をまっすぐに見つめた。
「AIの完璧なレトロもいいけど……俺は、この不完全な『迷い』を、もっと描きたい。ドバイチョコの食感みたいに、その瞬間にしか存在しないものを」
二人の視線が重なる。渋谷の雑踏の中で、そこだけが静寂に包まれたような瞬間。
「……そっか。ツトムくんは、完璧さよりも、その『瞬間』を大切にしたいんだね」
アオイはニシシと笑うと、一眼レフを構え、ツトムと、彼のスケッチブック、そしてその向こうに広がる渋谷の街を、画角に収めた。
「よし! 決めた! 私たちの次の冒険(スポット)は、完璧なAIも、バズってるパフェも関係ない、ツトムくんが感じた『瞬間』を探す旅にしよう!」
第四章:僕らのささいな冒険譚、再始動
アオイは、ハルトの手からタブレットを奪い取ると、画面に映る「AI生成のあじと」を一瞬で消し去った。
「AIの学習データなんて、どうでもいい! 必要なのは、ツトムくんが手で描いた、この世界の痕跡だけ!」
「……お前、本当に強引だな」
ツトムは溜息をつきつつも、今度はアオイの隣に並び、スケッチブックをリュックにしまった。リュックの中で、スケッチブックが心地よい音を立てている。
ふと前方に目をやると、雑居ビルの隙間から伸びる細い路地が、夜の暗闇へと続いていた。
遠くに見える大通りのビジョンの光が、ビルの谷間に反射して、完璧なターコイズブルーではなく、少し歪んだ、不完全な光となって輝いている。
ツトムは、アオイの隣で、今度ははっきりと、口元を緩めた。
(完璧じゃなくていい)
レンズとスケッチブック、そしてドバイチョコのパキパキ音。それらがあるこの迷宮(まち)なら。
(完璧なAIには描けない、もっと美しい世界が見えるかもしれない)
「さあ、本当の冒険(スポット)へ出発ー!」
「……だから、声が大きいって」
昼下がりの渋谷の雑踏の中へ、二人の足音が、今度は迷いなく、重なり合いながら消えていった。
コメント
1件
第2話、楽しく読みました!「完璧なAI」と「不完全な迷い」の対比、すごく好きです。ドバイチョコのパキパキ音がその瞬間にしかないものを象徴しているようで、ツトムくんが自分の描きたいものを再確認する流れが美しかった。アオイの強引だけど温かい距離感もいいですね。次も楽しみにしてます🌷
設楽理沙
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れい
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latte
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