ボートが船着き場に戻り、二人は運河の橋に座っていつまでも夜空を見上げた、定正は手すりに背をもたせて、鈴子に微笑んだ
「毎日こうだといいな」
「いいえ、それは無理です」
定正がじっと鈴子を見つめた
「それは・・・どういう意味かな?」
「私達、ここでお別れしましょう」
定正の鈴子を見る表情が強張った
「私は今月いっぱいで会社を辞めます、そして二度とあなたの前に姿を現しません」
定正は腹に一撃食らったようなショックを受けた
「どうしてだい? 私は心からお前を愛してるんだよ、前にも言っただろう?お前に全てを与えるって・・・結婚指輪以外は・・・」
鈴子が瞳に月を映しながら言った
「私も愛してるわ、定正さん・・・このままズルズル続けたら、いつか二人が出会った事さえ後悔しそうなんです、私は結婚指輪が欲しいの」
定正が首を振った
「鈴子・・・お前以外の女性なんて考えられない・・でもやはり結婚は無理だ、分かるだろう?私は世間で家庭を大切にする男で通っているんだ、それに妻も私の会社の大切な役割をしてくれている・・・ 君も私も妻も・・・仕事上の立場を放棄するわけにはいかない」
「それを言ったらそれまでだわ」
鈴子はきっぱりした口調で言った
「もう貴方には会いません、定正さん、マンションの鍵もお返しします」
定正は鈴子の肩を抱いた
「待ってくれ! ゆっくり話し合おう鈴子、今夜は君の部屋で・・・」
「いいえ、定正さん、私は貴方を心から愛しています、でも中途半端なおつき合いはしたくありません、結婚出来ないならもう終わりにしましょう」
「終わるなんて嫌だ!鈴子!どうか考え直してくれ」
定正は懸命だった、しかし鈴子は首を振った
「ごめんなさい、私は・・・もしキチンと出来ないなら何もない方がいいんです」
ホテルへの帰路、二人はほとんど黙ったままだった、ロビーまで来て定正がようやく口を開いた
「きみの部屋へ行っていいだろ?話し合いたいんだ・・・」
「いいえ、話し合うことなんてもうないはずよ」
定正が何も言えず、じっと見つめる中を鈴子はエレベーターの中へ消えて行った
鈴子は部屋に入るなりその場に崩れる様に座り込み・・・さめざめと泣いた
―言った・・・言ってしまった・・・でも、もう後には戻れない・・・―
心は惨めこの上なかった、自分で彼に最後通牒を突き詰めてしまった・・・そして結局あの人を失ってしまった・・・
私がもっと彼の立場を誓いしてあげたら・・・黙って彼の部屋について行ったら・・・あの人のいない私の人生どうしよう・・・それでも、もうこのままズルズルと引き伸ばすわけにはいかない・・・
鈴子は溢れる涙を拭って窓からウィーンの月を見上げた
―あの人と結婚できないなら別れよう・・・そのために私はここに来たのだ―
そして明日の大阪行きの飛行機はきっと一人だと思った
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