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俺は、圭ちゃんが俺を気遣ってくれることに、驚きと安堵を感じながら、なんとか言葉を絞り出した。
「え?うっうん、俺は大丈夫……」
まだ状況が飲み込めず、呆然としながらも、俺は彼の瞳を見つめた。
俺がそう返すと、杉山さんがまるで鬼のような形相で叫んだ。
「なっ……!なんでそんな最低な男のこと庇うの?!」
彼女の顔は怒りで真っ赤になり、目に涙が浮かんでいる。
「最低なのはお前だろ、自作自演が」
圭ちゃんは、冷ややかな目を彼女に向けた。
その目には、軽蔑の色が浮かんでいた。
まるで、価値のないものを見るかのように、冷淡な視線。そして、ひとこと、吐き捨てるようにそう言ったのだ。
「……っ!」
圭ちゃんの言葉が、杉山さんの顔に
まるで冷水を浴びせたかのように直撃した。
彼女の顔から、一瞬にして血の気が引いていくのが見えた。
その瞳からは、みるみるうちに光が失われていく。
戸惑う俺を置いてけぼりにして、圭ちゃんはさらに言葉を続けた。
彼の声は、静かだったが、その中に確かな怒りが込められていた。
「大体なぁ…こいつが、女に手ぇ出さないのも、他人を傷つけるようなことしねぇのも、俺が一番知ってんだわ」
圭ちゃんはそう言って、俺の目を見た。
その瞳は、俺への絶対的な信頼と、杉山さんへの明確な怒りに満ちていた。
その真っ直ぐな視線に、俺の胸は熱くなった。
圭ちゃんは、俺のことを誰よりも理解してくれている。
その事実に、全身が震えるほどの感動を覚えた。
彼の言葉が、俺の全身に温かい血を巡らせる。
すると、杉山さんは、さらに顔を歪ませて圭ちゃんを睨みつけた。
彼女のプライドが、圭ちゃんの言葉によって粉々に砕かれているのが見て取れた。
彼女の目に、悔しさと怒りが入り混じった、複雑な感情が渦巻いている。
「な……なんで、なんでよ!幼馴染だかなんだか知らないけど、そんな社会のはみ出し者にまで優しくしなくていいんじゃない?」
その言葉が耳に届いた瞬間
俺の心臓が、ズクンと、鈍く、しかし深く痛んだ。
まるで、鋭い刃物で胸を突き刺されたかのような、激しい痛み。
何かが胸の奥で、鈍く壊れる音がした気がした。
あの言葉は、いつも心の奥底に隠していた
俺の最も触れられたくない部分を、容赦なく抉った。
……社会の、はみ出し者。
口に出して反芻することすらできなかった。その言葉の響きがあまりにも重く
あまりにも痛かった。
ただその一言が、真っ黒いナイフになって
ぐさぐさと心を突き刺してくる。
痛い。苦しい。息が、できない。
怖かった。
自分の存在が、世間からどう見られているのか。
圭ちゃんが、俺といることで、どう思われるのか。
恥ずかしかった。
こんな自分を、圭ちゃんに見せてしまっていること。
そして、こんな言葉を、圭ちゃんの前で言われてしまったこと。
悔しかった。
杉山さんの言葉が、あまりにも的を得ていたから。
そして、そんな自分を変えられない
情けない自分に。
どれだけ努力しても、俺は「普通」になれないのか。
けれど、それ以上に——惨めだった。
努力してきたのだ。
普通に振る舞うために。周囲に溶け込めるように。
人並みの感情を理解し、人並みの行動をするために、どれだけの努力を重ねてきたか。
どれだけ、自分自身の“特別な部分”を隠し、押し殺してきたか。
まるで、透明な檻の中に閉じ込められているかのように
誰にも気づかれないように、必死で息をしてきた。
“特別な自分”を嫌わないでほしいと、心から願ってきた。
圭ちゃんには、そのままの俺を受け入れてほしいと、ずっと思っていた。
彼の隣にいることで、俺は少しずつ、自分自身を受け入れられるようになってきていたのだ。
やっと少し、自分のことを受け入れられそうになってきた矢先だった。
圭ちゃんと過ごす日々の中で
俺は少しずつ、自分を肯定できるようになっていたのだ。
ほんの少し、光が見えてきた、そう思ったのに。
……その全部を、「はみ出し者」の一言で
何の容赦もなく、無慈悲に踏みにじられた気がした。
俺が積み上げてきたものが、一瞬にして崩れ去るような感覚。
視界が滲む。
けれどそれは、悲しみや悔しさからくる涙ではなかった。
それはきっと、自分が“普通じゃない”という現実を、またしても容赦なく突きつけられた——
その絶望の熱だった。
全身が、焼かれるように熱い。
魂が、焦げ付くような感覚。
それでも、俺は顔を上げた。
圭ちゃんが、すぐ隣にいたから。
彼の存在が、俺を支える唯一の光だった。
どんな時も、俺の隣にいてくれた圭ちゃん。
俺を信じ、俺を守ってくれる圭ちゃん。
あったかくて、まっすぐで、いつだって俺を見捨てなかったその瞳が、目の前にあったから。
その瞳は、俺の絶望の熱を、まるで打ち消すかのように
力強く、そして優しく俺を捉えていた。
その視線が、俺の心を包み込み、温かい光を灯してくれる。
すると、焦ったように顔を歪ませる杉山さんを見て
圭ちゃんは呆れたように深いため息をついた。
「普通の皮かぶって、他人見下して、泣き落とししかできねぇお前が一番みっともねぇわ」
圭ちゃんの声は、冷たかった。
一言一言が、杉山さんの胸に突き刺さっていくのが見えた。
その言葉は、杉山さんの虚飾を剥ぎ取り、醜い本性を暴き立てるかのようだった。
「っ……!!」
圭ちゃんの言葉が刺さったのか、杉山さんは顔を赤くし、唇を噛みしめて押し黙った。
屈辱に耐えているのだろう。
その身体は、小刻みに震えている。
けれど、その目には、依然として消えることのない怒りが滲んでいた。
彼女の恨みがましい視線が、俺と圭ちゃんに突き刺さる。
すると、圭ちゃんが、俺の方に向き直った。
彼の表情は、一瞬にして柔らかくなり
そして、俺の目を、真剣な眼差しで見つめてきた。
その目に宿る光に、俺は息を呑んだ。
まるで、世界の全てが、その瞳の中に吸い込まれていくかのような錯覚に陥る。
「…それとな、訂正しといてやるよ」
そう言って、真剣な眼差しで見つめてきた。
彼の瞳は、揺るぎない決意と
そして、今まで見たことのないほどの深い愛情を湛えているように見えた。
その瞳の奥には、俺への真っ直ぐな想いが燃え盛る炎のように輝いていた。
「俺とコイツは、ただの幼なじみじゃない」
その瞬間、俺の頬を、そよと風が撫でた気がした。
噴水の水しぶきが、きらきらと夕暮れの光を反射して
まるで宝石のように輝き、空の色が、さらに深い藍色へと変化していく。
世界の音が、一瞬にして遠のいていくような感覚。
心臓の音だけが、耳の奥でドクン、ドクンと不気味なほど大きく響く。
圭ちゃんは、俺の言葉を待つこともなく
ゆっくりと顔を近づけてきた。
彼の瞳は、俺だけをまっすぐに見つめ、そこに一切の躊躇も、迷いもなかった。
その瞬間
なにか、あたたかいものがふわりと触れた
頬に当たる風でも、指先のぬくもりでもなくて
——もっと、やわらかくて
濡れていて、でも不思議と心地いい感触だった。
それが「キス」だと気づくまでに、一拍どころか何拍もかかった。
唇がじんわり熱を帯びて、心臓が喉元まで跳ね上がる。
——うそだろ。
今のは夢じゃないのかと何度もまばたきをしてみても
目の前には確かに、俺の圭ちゃんがいた。
けれどその瞳は、いつもの幼なじみのそれじゃなかった。
公園の真ん中で、噴水の水音と
遠くで聞こえる街の喧騒に囲まれながら、世界が一瞬、止まったような気がした。
時間も、空気も、何もかもが、凍りついたように静まり返る。
まるで、俺たち二人のためだけに、時間が止まったかのような、神秘的な瞬間。
頭が、真っ白になった。
いや、本当に真っ白って、こういうことを言うんだと思った。
思考が、感情が、あらゆる情報が、脳の中から一瞬にして消え失せたような感覚。
脳が思考を放棄して、全身の血が一斉に心臓へ逆流したような
息の仕方すら分からなくなるような、強烈な衝撃。
まるで、宇宙の果てに放り出されたかのような
途方もない浮遊感に襲われる。
身体中の細胞一つ一つが、彼からのキスによって覚醒していくような、不思議な感覚。
唇に触れた圭ちゃんの温度は、いつも手のひらを握ってくれた時の
あのあったかい手とも、安心できる低い声とも違ってて。
もっと強引で、もっと真剣で、そして何より…
優しかった。
その優しさが、俺の心を深く震わせた。
その柔らかく、それでいて力強い感触が俺の唇に
そして心の奥底に、鮮烈な記憶として刻み込まれていく。
目の前の現実を理解するには、心がまったくついていかなかった。
これは、一体何が起こっているんだ。
これって——夢?
まさか
こんなに鮮明な夢なんて、見たことがない。
こんなにリアルな熱を帯びた夢なんて。
いや、違う。圭ちゃんが、俺に、キスを……?
ふざけてる? 冗談?
そんな顔じゃなかった。
彼の表情は、真剣そのもので
遊びや悪戯の感情は、微塵も感じられなかった。
むしろ、そこに宿るのは強い決意と、そして隠しきれない情熱だった。
じゃあ、じゃあ、なんで……。
どうして、圭ちゃんが俺にキスをしたのか。
どうして俺が今、息を詰めて、まるで彫刻のように固まってしまっているのか。
何もかもが、わからなかった。
理解できなかった。
ただ、体の奥がじわりと熱くなって、指の先まで震えているのだけは確かな現実だった。
その熱が、俺の全身を駆け巡り
まるで血液が沸騰しているかのような錯覚に陥る。
指先が、小刻みに震え続けていた。
「……っ」
かすかに、喉の奥から声を漏らした瞬間
ようやく呼吸が戻ってきた気がした。
肺に、ようやく空気が送り込まれる。
そのたびに、ひゅーひゅーと情けない音が喉から漏れる。
でもその代わりに、心臓の鼓動が、まるで爆弾が破裂するかのようにうるさすぎて
自分の声すら聞こえないほどだった。
耳鳴りがする。
全身が、熱に浮かされているように感じる。
まるで、自分が今にも溶けて消えてしまいそうなほど、熱い。
目の前にいるのは、いつもの圭ちゃんで。
俺が、3年間も片想いを寄せてきた、ノンケのはずの圭ちゃんで。
彼の顔は、夕暮れの光を浴びて、どこか神々しく見えた。
だけど今、俺の唇にキスをしたのは——
“幼なじみ”なんかじゃない
まるで別人かのような目をしてた。
俺の知らない、俺だけをまっすぐに見つめる圭ちゃんだった。
その鋭い視線は、俺だけを、真っ直ぐに
強く、捉えていた。
まるで、俺の魂の奥底まで見透かされているかのように。
…うそ
だってこれじゃあまるで、俺のこと———
そう、俺のことを、本当に————
好きだとでも言いたげな、そんな、そんなありえない眼差しだった。
心臓が今にも口から出そうなほどバクバクいっている。
自分の心臓の音が、世界の全てをかき消すほどの爆音で響いている。
身体が勝手に火照ってるのがわかる。
顔が熱い。
耳が痛い。
全身の血が沸騰してるみたいだ。
このままじゃ、頭が破裂してしまう。
今にもキャパオーバーで頭から湯気が出そうな俺の頭を、圭ちゃんの手が優しく
でも確かな力で包み込んだ。
その手が、俺の熱くなった頬に触れる。
彼の指先が、俺の髪をそっと撫でる。
その感触が、あまりにも優しくて、俺は思わず目を閉じた。
「花音、これで分かったろ。俺はコイツが好きなんだよ」
圭ちゃんの言葉が、鼓膜を震わせた。
その言葉は、俺の頭の中に、まるで焼き付くかのように深く刻み込まれた。
俺は息を呑んだ。
それはあまりにもまっすぐな言葉だった。
誰の目も気にせず、ただ、真っ直ぐに。
俺に向けられた、その言葉。
圭ちゃんの声は静かだったが
その中に、揺るぎない覚悟と、そして俺への深い愛情が込められているのが分かった。
杉山さんは、唇をわなわなと震わせたかと思うと
怒りと悔しさがない交ぜになった声で、荒々しく叫んだ。
「もういい!キモ男同士好きにすれば!?言っとくけど、絶対後悔するんだから…っ!!」
その声は、もはや悲鳴にも近かった。
彼女はそんな捨てセリフを吐くと、そのまま公園を駆け出して行った。
その背中は、見る見るうちに小さくなり、やがて夕闇の中に消え去った。
彼女の叫び声が、まだ耳の奥に残響している。
俺はただ、茫然とその後ろ姿を見送るしかなかった。
杉山さんが去っていったという事実よりも、圭ちゃんの言葉とキスという
目の前で起こった信じられない出来事の方が、俺の脳を支配していた。
まだ、夢の中にいるような感覚だった。
まだ状況が飲み込めなくて、ぼうっと圭ちゃんを見ると
俺の視線に気づいた彼は、少し照れくさそうに頬をぽりぽりとかきながら、ふっと笑った。
その笑顔は、いつもと変わらない
見慣れた圭ちゃんの笑顔なのに
今は、世界で一番眩しく
そして、愛おしく見えた。
その笑顔を見るたびに、俺の心臓は、また高鳴り始める。
「……」
圭ちゃん、今の何?とか。
庇ってくれてありがとうとか。
本当に、本当に、圭ちゃんは、俺のことを……?
言いたい言葉は、たくさんあったのに。
頭の中では、いくつもの言葉が、千々に乱れて飛び交っていたのに。
言葉が出なかった。
喉の奥に、固まりが詰まったかのように、声が絞り出せない。
嬉しいとか驚いたとか、そんな単純な感情を通り越して——
心臓が破裂しそうだった。
このままじゃ、本当に死んでしまうんじゃないか。
この幸福感に、俺の身体が耐えきれないのではないか。
だって圭ちゃんが、言ったのだ。
『コイツが好きなんだよ』って