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ゆうき あきや
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#心理描写重視
第29話:100円の大根に、プライベートジェットが飛んでくる
縁側でのんびりと昼寝を始めてから、どれくらいの時間が経っただろうか。
シロの放つ極上のマイナスイオンと、キタキツネのコン吉のモフモフとした温もりに挟まれ、俺の意識は深い泥のように微睡んでいた。
北海道特有の、どこまでも広く澄んだ青空。
聞こえるのは風が木々を揺らす音と、遠くで鳴く野鳥の声だけ……のはずだった。
ズズズズズズズズッ……!!
「……ん?」
ふと、地鳴りのような重低音が鼓膜を揺らした。
それに混じって、バラバラバラッという、空気を切り裂くような無機質なプロペラ音まで聞こえてくる。
「……ふわぁ。お兄さん、なんか外、うるさくないですか?」
隣で寝ていた小春ちゃんが、目をこすりながら起き上がった。
『ミャウ?』
『コンッ?』
シロとコン吉も、耳をピンと立てて不思議そうに首を傾げている。
「佐藤のおじいちゃんが、トラクターでも乗り回してるのかな。それにしても、随分と台数が多い気がするが……」
俺は寝袋から這い出し、縁側の戸を開けて庭の先、村のメインストリート(と言ってもただの一本道の砂利道だが)の方へと視線を向けた。
「――――は?」
俺の口から、間抜けな音が漏れた。
小春ちゃんも俺の背中越しに外を見て、完全に石化している。
砂利道に並んでいたのは、見慣れた軽トラや泥だらけのトラクターではなかった。
鏡のようにピカピカに磨き上げられた、漆黒のマイバッハ。
防弾ガラス仕様と思われる、ごつい装甲を纏ったベンツのGクラス。
さらにはロールスロイス・ファントムまでが、この限界集落の細い道に、ズラリと長蛇の列を作って停車していたのだ。
「お、お兄さん……なんですか、あれ。映画の撮影……?」
「いや……まさか」
俺たちの視線の先。庭の隅に設置した手作りの『無人販売所』の前に、信じられない光景が広がっていた。
真っ黒なオーダーメイドのスーツに身を包み、黒いサングラスをかけ、耳に通信用のイヤホンを付けた、身長2メートルはあろうかという筋骨隆々の外国人男性たち。
そんなハリウッド映画から飛び出してきたようなプロのSP(シークレットサービス)たち……が、無人販売所の小さな棚の前に、一列に『ピシッ』と整列していたのだ。
上空を見上げると、村の空き地を避けるように、真っ黒なヘリコプターが2機、ホバリングして待機している。
「……嘘だろ。まさか本当に来たのか?」
俺が戦慄していると、小春ちゃんがハッとして手元のスマートフォン(配信のアーカイブ画面)を見た。
「お兄さん! SNSのトレンドがとんでもないことになってます! 『ドバイ王室専用機、新千歳空港に着陸』『スイスのプライベートジェットが北海道へ』って……!!」
どうやら世界中の大富豪たちは、本気でエージェントを物理的に派遣してきたらしい。
あの『100円』と書かれたダンボールの看板の前に立つSPたちは、まるで核弾頭の起爆装置でも扱うかのように、極度の緊張で額に汗を浮かべていた。
彼らの右手には、ピカピカに磨かれた『日本の100円玉』が、ただ一枚だけ、大切そうに握りしめられている。
「……とりあえず、行ってみるか」
「は、はいっ! 配信、回します!!」
俺と小春ちゃんが庭を横切り、無人販売所へと近づいていく。
スマホの配信が再開された瞬間、待機していた200万人の視聴者が一気に雪崩れ込み、チャット欄が爆発した。
『うおおおおおおおお!!』
『マジで来てるwwwwwww』
『黒塗りの高級車が大渋滞してて草』
『SPの列ができてるぞ!!』
『屈強な男たちが100円玉を握りしめて大根に並ぶ図wwwシュールすぎるwww』
『限界集落が国際会議の会場みたいになってる』
俺が近づくと、列の先頭に立っていたSP(顔の傷が歴戦の猛者感を漂わせている)が、ビクッと肩を震わせ、直立不動でこちらに向き直った。
そして、極めて流暢な日本語で、深く一礼した。
「ミスター! アラブ首長国連邦より参りました。我が主である石油王の命により、この神聖なる『ルビートマト』をいただきに上がりました!」
「あ、はい。いらっしゃいませ」
「主は『100億円を支払え』と仰いましたが、あなたが『お釣りは出ない』と仰ったため、ドバイの銀行を駆け回り、日本の100円硬貨を用意いたしました! どうか、これで購入をお許しください!」
男は、震える両手で、たった一枚の100円玉を俺に差し出してきた。
100億円の取引を任されるようなトップエージェントが、100円玉一枚で極限のプレッシャーを感じている。
だが、俺は元ブラック企業の社畜であり、クレーム対応の最前線で心を無にしてきた男だ。
相手がどれだけ屈強なSPだろうと、国家レベルのエージェントだろうと、俺の『接客のスタンス』がブレることはない。
「ええ、問題ありません。どれでも1袋100円ですので、お好きに選んで、そこのビスケットの缶にお金を入れてください」
俺が完璧な営業スマイル(感情ゼロ)で促すと、SPの男は「おお……!」と感極まったような声を上げた。
「ゴッド・ブレス・ユー……! ありがとうございます!」
男はチャリンと100円玉を缶に入れ、ルビーのように発光するトマトのポリ袋を、まるで生まれたての赤ん坊のように優しく、そして厳重にアタッシュケースの中に収めた。
そして、仲間たちに囲まれながら、ダッシュで黒塗りのマイバッハに乗り込み、凄まじいスピードで新千歳空港方面へと走り去っていった。
『ミッション・コンプリートwwww』
『アタッシュケースに100円のトマトwww』
『主の対応が完全にコンビニ店員で草』
『どれだけSPがビビってても、主のメンタルは微動だにしないの凄すぎる』
『適応力バグおじさん、国際的な大取引を「ビスケットの缶」で片付ける』
「よし、次の方、どうぞ。一列に並んで順番にお願いしますね。横入りは禁止ですよ」
俺が声をかけると、列の二番目に並んでいた金髪碧眼のスーツの男(スイスの銀行家のエージェント)が進み出た。
「ミスター! 私は真珠の大根を一つ! スイス銀行の金庫で厳重に保管させていただきます!」
「はい、ありがとうございます。100円になります」
「私はハリウッドから来ました! シャーロット様の美貌を保つため、トマトを……!」
「はい、100円ですね。缶にお願いします。あ、前の人を押さないでください」
俺は、電話回線がパンクしたコールセンターを捌くような、無駄のない完璧なオペレーションで、屈強な外国人SPたちの列を次々と消化していった。
小春ちゃんは、カメラを回しながらもう笑いが止まらなくなって、膝から崩れ落ちている。
「あはははっ! お兄さん、交通整理のおじさんみたいになってますよーっ!」
『ミャウ?』
無人販売所の屋根の上では、発光体と化したシロが「なんかうるさいわね」とでも言いたげに見下ろし、横でコン吉が尻尾を振っていた。
彼らの放つマイナスイオンを浴びながら、屈強なSPたちは次々と100円玉を缶に放り込み、光る野菜を抱きしめて涙ぐみながら帰っていく。
『シュールすぎて腹痛いwwww』
『世界最高峰のSPたちが、100円玉握りしめて「押さないで!」って注意されてるの面白すぎるだろ』
『これぞ真のスローライフ(暴力的なまでの平和)』
『シロ様と主の手にかかれば、世界中の権力者もただの「ご近所のお客さん」に成り下がるんだな』
わずか30分後。
あんなに山積みだったゲーミング野菜たちは、世界中から集結したプライベートジェット勢によって、見事に完売した。
ビスケットの缶の中には、彼らが落としていった日本の100円玉が、ジャラジャラと小気味良い音を立てている。
「よし、完売だ。皆さん、遠いところからありがとうございました。気をつけて帰ってくださいね」
俺が最後のSPの車に向かって手を振ると、後部座席から深く一礼する姿が見えた。
土埃を上げて走り去っていく高級車の車列を見送りながら、俺はふぅと一息ついた。
「いやぁ、まさか本当に買いに来るとは思わなかったな。北海道の交通の便を舐めてたよ」
「お兄さん……舐めてるのは交通の便じゃなくて、シロちゃんの野菜の価値と、大富豪の行動力ですよ……」
小春ちゃんが、呆れたような、でも心の底から楽しそうな笑顔でツッコミを入れる。
ビスケットの缶の中身を確認すると、売り上げはざっと1万円といったところだった。
100億円の買収オファーを蹴り飛ばし、プライベートジェットの燃料代で数千万円を消費させ、結果として俺の手元に残ったのは、ずっしりと重い100円玉の山だけだ。
「よし、小春ちゃん。今日の売り上げで、帰りに村の商店でシロの高級猫缶と、アイスでも買って帰るか」
「はいっ! 私、チョコモナカジャンボがいいです!」
『ミャン♪』
世界中を巻き込んだ前代未聞の無人販売所の狂騒。
だが、俺たちの生活のスケールは、どれだけ世界が騒ごうとも「100円玉のアイスと猫缶」から絶対にブレることはない。
圧倒的に平穏で、最高にバグった俺たちの『日常』は、今日もこうして平和に暮れていくのだった。
コメント
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あ、これぞスローライフの皮を被った世紀の狂騒曲ですね(笑)。100円の大根にプライベートジェットで飛んでくる大富豪たち、そして一切動じず「缶にお金入れてください」と捌く主人公のコンビニ店員メンタル。このスケール感の落差がもう最高で、読みながら声出して笑ってしまいました。特に「100億円のオファー蹴って、結果1万円の売上」という着地が、この作品らしいバグった平穏で好きです。シロちゃんのマイナスイオン、今日も絶好調ですね。