テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ゆうき あきや
3,596
259
#心理描写重視
第30話:主の接客スキル炸裂! スローライフの防衛線
黒塗りの高級車が長蛇の列を作った、前代未聞の無人販売所パニック。
見事に完売して幕を閉じたあの騒動だが、実は最後の一袋が売れる直前、とんでもない『修羅場』が起きていた。
世界中から飛んできたエージェント(屈強なSPたち)は、最初は俺の指示に従って大人しく並んでいた。
しかし、無人販売所の棚の中にある『ゲーミング野菜』の数が残り少なくなってきたことで、事態は急変した。
「おい、その『真珠の大根』は我々のものだ! 我が主であるウォール街の覇者が、1億円で買い取ると言っている!」
「笑わせるな! その大根は歴史ある我が欧州貴族の主君が手に入れる! いや、10億だ! 現金で10億払おう!!」
列の後ろの方に並んでいたSPたちが、ついに血走った目で前に押し出し、仲間同士で小競り合いを始めてしまったのだ。
彼らの手には、映画でしか見ないようなジュラルミンケースが握られており、中からは隙間なく詰められた福沢諭吉(いや、今は渋沢栄一か)の束が顔を覗かせている。
「10億円だと!? ならば我々は、中東の油田の権利書を付ける!」
「ふざけるな、力ずくでも奪い取ってやる!」
屈強なSPたちが、互いの胸ぐらを掴み、スーツの奥に隠された物騒な膨らみ(おそらく銃器)に手をかけようとする。
限界集落ののどかな空気が、一瞬にして国際紛争の最前線のような、一触即発のヒリヒリとした殺気に包まれた。
「ひぃっ……! お、お兄さん! なんだかすごくヤバい雰囲気になってますよ!?」
小春ちゃんが、恐怖で涙目になりながら俺の背中に隠れる。
ジンバルに固定されたスマートフォンの向こう、200万人の視聴者たちも、画面越しのただならぬ殺気に息を呑んでいた。
『おいおいおい、シャレになってないぞ』
『SPたちがマジで殺し合いしそうだ』
『10億円の札束で殴り合いとか、次元が違いすぎる』
『主、逃げろ! 巻き込まれたら死ぬぞ!!』
チャット欄に警告のコメントが滝のように流れる。
だが。
俺は、一歩も引かなかった。
逃げるどころか、大きく深呼吸を一つして、SPたちの中心へと静かに歩み出たのだ。
「……お兄さん!?」
俺の脳裏には、東京での過酷な日々がフラッシュバックしていた。
理不尽な要求。終わらないクレーム。怒鳴り散らす顧客。
遠隔サポートやテレアポの最前線で、毎日毎日、心を削りながら戦い抜いてきたあの地獄の記憶。
それに比べれば。
こんな物理的な暴力など、顔の見える分だけマシというものだ。
俺は、両手を体の前で軽く組み、背筋をピンと伸ばした。
そして、かつてクレーマーを沈黙させてきた、絶対零度の『顧客対応(カスタマーサポート)モード』へと、自身の精神を完全に切り替えた。
「――お客様」
俺の口から放たれたのは、怒声でも悲鳴でもなかった。
感情の起伏を一切排除した、しかし不思議なほどよく通る、完璧な『フラットボイス』。
その、あまりにも場違いで、隙のない澄み切った声に、10億円を提示して掴み合っていたSPたちの動きがピタリと止まった。
「本日は遠方よりご来店いただき、誠にありがとうございます。ですが、他のお客様のご迷惑となりますので、店内(道端ですが)での大声やトラブルはご遠慮ください」
「な……なんだお前は! 私は10億払うと言っているんだぞ! この大根の価値が分から――」
「恐れ入りますが、お客様」
俺は、相手の言葉を遮るでもなく、しかし絶対に譲らない鋼のトーンで被せた。
「当店の販売ルールにつきましては、看板に明記してある通りでございます。『お一人様一袋まで』、そして『100円玉のみでのご対応』となっております。現金10億円、ならびに油田の権利書でのお支払いは、システム上お受けできかねます」
「シ、システム上だと……!? 10億だぞ!? 100円玉1000万枚分だぞ!」
「はい。ですが、当店はお釣りをご用意しておりません。また、買い占め行為も固くお断りしております」
俺はニコリともせず、ただひたすらにマニュアルを読み上げるAIのように、冷徹な事実だけを突きつけた。
「ルールをお守りいただけない場合、誠に遺憾ではございますが、販売をお断りし、お帰りいただくことになります。……さて、100円玉はお持ちでしょうか?」
「――――」
沈黙。
圧倒的な、静寂。
世界トップクラスの要人を護衛し、修羅場をくぐり抜けてきたはずのエリートSPたちが、ただの「元コールセンター社員」が放つ『接客の覇気』の前に、完全に呑まれていた。
一切の妥協を許さない、カスタマーサポートの絶対防壁。
どれだけ金を積もうが、どれだけ凄もうが、この男には一切通じないのだと、彼らの本能が理解させられた瞬間だった。
『ミャウ(うるさいわねぇ)』
さらに、無人販売所の屋根の上では、シロが迷惑そうに欠伸をし、神々しいオーラで彼らを睥睨している。
その隣では、コン吉も「コーン」と鳴いて尻尾を揺らしていた。
俺の接客スキルと、シロの神威。
その絶対的なプレッシャーの前に、ついにSPたちの膝が折れた。
「……そ、ソーリー。私が悪かった」
10億円を提示した男が、ジュラルミンケースをそっと閉じ、冷や汗を拭いながら懐をごそごそと探り始めた。
「……あの、すまない。日本の100円硬貨を持ち合わせていないのだが、両替は……」
「申し訳ございません。当店での両替は承っておりません」
俺が即答すると、男は泣きそうな顔になり、隣で油田の権利書を出していたライバルのSPに頭を下げた。
「た、頼む! 100円玉を貸してくれないか! 利子は1万ドルつける!!」
「フッ、仕方ないな。私もギリギリ二枚持っていたから、一枚貸してやろう」
なんと、先ほどまで殺し合い寸前だった男たちが、一枚の100円玉をめぐって友情を芽生えさせていた。
彼らは大人しく一列に並び直し、震える手でビスケットの缶に「チャリン」と100円を入れ、最後の大根とトマトを大切そうに抱きしめて帰っていった。
「ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」
俺が深々とお辞儀をして車列を見送ると、限界集落に再び、のどかな小鳥のさえずりが戻ってきた。
完璧な防衛戦の勝利である。
「……お兄さん、凄すぎます……。10億円のクレーマーを、100円玉のルールだけで論破しちゃった……」
小春ちゃんが、尊敬の眼差しで俺を見上げている。
だが、一番盛り上がっていたのは、配信を見守っていた200万人の視聴者たちだった。
『主、最強すぎるだろwwwwww』
『コールセンターの覇王色!!』
『接客スキルの極致を見た』
『10億円を「システム上お受けできません」で返す男ww』
『クレーマー対応の神様かよww』
『SPたちが100円玉貸し借りしてて草』
『これでこそ俺たちの【日常チャンネル】だ!!』
『(ドバイの石油王からの¥50,000ギフト)=”BRILLIANT!! Your adherence to the rules is more beautiful than 10 billion yen!“(素晴らしい!! 君のルール遵守の姿勢は10億円よりも美しい!)』
『(スイスの銀行家からの¥50,000ギフト)=”I respect your iron will. I will prepare exactly one 100-yen coin next time.“(君の鋼の意志を尊敬する。次は必ず100円玉を一枚だけ用意しよう。)』
チャット欄は、俺のブレないスローライフ防衛戦を称える高額MeTubeギフトと歓声で、祭りのような大騒ぎになっていた。
「ふぅ……疲れたな。やれやれ、やっぱり無人販売所は、俺たちの性に合わないかもな」
俺は空になったビスケットの缶を回収し、シロの頭を撫でた。
「でもお兄さん、今日の売り上げ、全部で1万円くらいになりましたよ! 100円玉で缶がパンパンです!」
小春ちゃんが、ビスケットの缶を振って嬉しそうに音を鳴らす。
「よし、じゃあ約束通り、今日はチョコモナカジャンボと高級猫缶で豪遊するか!」
「はいっ!」
『ミャーウ!』
『コンッ!』
10億円の札束よりも、100円玉の詰まった缶と、アイスと猫缶。
世界がどれほど狂騒しようとも、決して金や権力に飲み込まれることのない、俺たちのバグった日常。
北の大地の名もなき限界集落で、今日も世界一平和なスローライフは、確固たる接客スキル(防衛線)によって守り抜かれたのだった。
コメント
1件
わあああ第30話もサイコーだったよ!!😭💕✨ 「ゲーミング野菜」をめぐって世界のエリートSPたちが10億円や油田の権利書で争奪戦するの、バグりすぎてて笑ったwww そこに登場する「コールセンターの覇王色」炸裂の主さん!「システム上お受けできません」で論破するとかカッコよすぎるんだが?!? しかも100円玉貸し借りして友情芽生えるSPたちにも草ww 最後はチョコモナカジャンボと高級猫缶で豪遊っていうスローライフ愛が尊い…🥺💕 次回も楽しみにしてるよ!!