テラーノベル
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「はーっ!なんて涼しいんだろう♪」
透き通った冷たい風が頬をかすめ、まるで誰かに優しく撫でられているかのように彼女の心を洗い流していく。山々を越えてきたその風は鋭くも清らかで、彼女は思わず声を漏らした。
しなやかな悪魔の翼を広げると、空気を切り裂きふわりと一回転しながら、彼女は東の国に根を張る大木の上へと滑るように降り立った。幹は太く逞しく、枝一本一本も力強く伸びている。特に彼女が選んだその枝は、人一人が乗ってもびくともしないほど頼もしい。
「んん、ここなら安心安心」
そう呟きながら背を預け、仰向けに寝転ぶ。木漏れ日が頬を温め、心地よい冷たさと穏やかな陽射しが絶妙なコントラストを作っていた。
ここは東の国。冷涼な気候に包まれ、山々が連なり、遠くにはきらめく海が広がる静かな地。訪れる者の心を落ち着けるような穏やかさに満ちている。
彼女がここを訪れたのは、単純に少しの間でも体を休めたかったからだ。日常の喧騒を離れ、ひとときの安らぎを求めて。自然の中に身を置くことでしか得られない、特別な癒やしがここにはある。
目を閉じ、深く息を吸い込む。草の匂い、樹々の香り、潮の気配が混ざり合い、心をやさしく包む。完全に眠ってしまうわけにはいかない。ここは屋外。油断すればすぐにでも危険が迫るかもしれない。彼女はそう心得ている。
だからこそ、眠るのではなく目を閉じてただ身を委ねるだけ。枝の上で風の音を聞き、森のざわめきを感じる。それだけでも十分に贅沢な時間だった。
静寂の中、耳を澄ませば小鳥のさえずりが聞こえ、遠くの海が穏やかに岸を撫でている自然のハーモニーに、彼女のまぶたはますます重くなっていく。
「…っダメダメ、寝ちゃダメだ」
自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。その声にはどこか甘さが滲んでいた。
ふと一瞬だけ目を開ける。そして頭の中で思う。
『もしかしたら、敵がこの国に来るかも』
そんな不安が脳裏をかすめたが、すぐに振り払う。
「ま、流石に今は来ないはず」
そうやって再び風の音に耳を澄ませ、心地よい浮遊感に身を預けていた───。
「ううわ、こんな景色違う訳?寧ろ寒すぎる。あっちは暑すぎるけどね。」
透き通った冷たい風が体を通る。それはやはり東の国へ来たという実感をも感じさせる。熱気の籠った西の国とは打って変わった感覚に、まだ慣れてはいないものの、一瞬の涼しさに頬が緩む。
体が慣れるまで時間の問題か、と冷えを再確認しながらゆったりと空を飛び続ける。上から飛べばバレない。まあ、平等なんて所詮頑張ってる奴ほど不公平になる。だから西に行ったのかもな、と独り言を呟きながら違った景色を堪能する。
西の国は領地がばらけているが、東はひとつの国としてまとまっている。その正反対な様子に「やっぱり正反対みたいだな」と思ったところで、ふと目についたのは大樹。堂々と立ち、こちらの国の総統よりも勇ましい姿に、自然の強さを思わず感じる。
その木の周りを見渡すと、独りの人を見つける。羽と尾が見えた。ボク以外にも別種族がいるのかと思いながら、彼女が寝ているのか目を閉じているのかはわからない。今日は涼しくて気持ちいい。疑われたくはないが、きっと風の気持ちよさに浸っているのだろう。まだ慣れない場所だけれど。
「ここまで登ってくる奴は、いないだろうけど、不測の事態にも備えないのか?」
そう思うが、まあ平和だからだろう。全員がそうとは限らないが、彼女は違うかもしれない。こちらも危険は避けたい。死角になれる少し離れた位置に移動して座り、「これが本当に死角かは分からないけれど」と考えるのだった。
コメント
2件
ふぉぉぉぉぉぉ!!!!最高っすね!!!