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「それでは、依頼内容をお聞かせください」
碧生は、夫婦の向かい側のソファへ腰を下ろした。
香夜はローテーブルへ冷たいお茶を二つ置く。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
香夜はにこりと微笑み、控えめな礼をする。
そして、さっきまで事務所中を走り回っていた詩夕も、今は碧生の隣で静かに座っているのだった。
しかし、碧生には、依頼人が来てからの詩夕の落ち着きに、疑問を持ち始めた。
いつもならば、無神経なことを言って香夜に怒られるまでがセットなのに、今日は何も喋らない。
ただ、夫婦を見つめているだけなのだ。じっと、黙り込んで。
その異質さを察してか、夫婦も内容を話す前に、詩夕に声を掛けた。
「あの……僕の顔になんかついてます?」
優斗が自分の顔を指して、苦笑するが、詩夕は表情を変えない。反応もしない。
「えっと……猫屋敷、さん」
優奈が名前を呼んでも無反応。
その対応の仕方に、香夜は詩夕をきつめに睨んだ。が、意味は無い。
何かを見ている、ずっと。
詩夕の状況を、碧生は一旦無視して、依頼人の方に集中する。
「大丈夫です。彼女、集中すると反応なくなるんで。ねぇ?」
当の本人は、
「……」 やはり無反応。
夫婦をーー特に優斗の胸元を見つめている。
碧生はわざとらしく咳払いをした。話の司会は、自分だとアピールするように。
「お話、伺います」
「あっ、はい」
返事をしたのは優斗で、優奈はローテーブルにiPhoneを差し出した。ゆっくり、やや震えた手先が詩夕の目に映る。
探偵三人は、身体を前のめりにして画面を覗き込む。
そこには、青い瞳が特徴的な、ふわふわの毛並みの白猫が綺麗に写っていた。
「猫、ですか」
香夜が一人、大方の依頼内容を察した様子でつぶやく。
碧生も理解したが、最後まで聞く。
「わぁ、猫ちゃん。可愛いですね」
相手が話しやすくなるようにそう言うと、ほんの少しだけ二人の表情が和らいだ。
だが、すぐに強張った表情に戻る。夫婦は、口をそろえてこう言った。
「うちの猫が、いなくなってしまったんです」
それを聞いた瞬間、詩夕は勢いよく立ち上がる。
驚いて、夫婦は「うわっ」と肩を震わせた。
写真を食い入るように見つめた詩夕は、次の瞬間──。
「うわぁー! 猫ちゃんかわいー!」
詩夕は目をきらきらと輝かせ、優斗へ顔を向けた。
夫婦は完全に硬直する。
「あ……え、ありがとうございます?」困惑して語尾にはてなを付けた夫婦二人をよそに、 碧生はケラケラ笑い出した。
「はははっ!うんうん、可愛いよね!」
写真に夢中な詩夕と、一緒になって笑う碧生。
二人の後ろへ回った香夜は、そっと肩に手を置いた。
「ん?」
同時に振り向く二人へ、香夜は静かに首を横へ振った。
「……今は、そういうのいいから。」
呆れた一言に、
「はーい」
詩夕は素直に手を挙げ、ソファに座る。
碧生は面はゆくなって、夫婦へ頭を下げた。
「すみません。驚かせてしまいました」
困惑が抜けないまま、優奈は小さく頷き、話を続ける。
「いなくなったのは昨日なんです。わたしたちが買い物に行って帰ってきた時には、もう」
顔の影が濃くなっていく二人。本気で心配をしているんだな、と、碧生は胸を痛める。
今度は優斗が、歯を食いしばりながらぽつぽつと
「普段は大人しい子なんです、僕と妻が喧嘩している時も、優しく擦り寄ってきて……
それなのに、脱走するなんてこと、考えられません」と、拳を握りしめた。
詩夕は「ふーん」と小さく頷くと、腕を組んだ。
夫婦を慰めるよりも、猫について知りたいことがあるらしい。
「ところでさ、猫ちゃんの名前は?」
詩夕の質問に、優奈が答える。
「白夜です」
一瞬だけ眉がぴくりと動いたが、詩夕はすぐに笑みを作る。
「白夜……白猫ちゃんにぴったりな名前ですね」
にかっと、歯を見せて笑うが、碧生にはそれが不自然に思えた。今は放っておく。
「いくつか、確認させてください」
今度は、後ろの香夜が質問を投げる。メモ帳とボールペンを手に持って、夫婦と目を合わせる。
「白夜ちゃんは、完全室内飼いですか?」
夫婦は迷うことなく
「はい」
と、即答。この質問が来ることがわかっていたのだろう。
香夜は「そうですか」と呟き、メモに情報を書き写す。
「では、窓や玄関は施錠されていましたか?」
「えっと、玄関は閉めました。窓は……」
「出かける前に僕、窓が閉まっているか確認もしましたよ。もちろん、ちゃんと全部閉まってました」
香夜は小さく頷き、質問を重ねる。
「どのくらいの時間、外出していましたか?」
「一時間くらいです」
まっすぐ、香夜の目を見て答える優奈。その目には嘘の色が一切ないように見える。
「時間だけ考えたら脱走できそうだけど……鍵閉まってたんだし。そうなると、白夜ちゃんが自力で外へ出た可能性は高くなさそう……」
と香夜はぶつふつ零す。
その独り言に、碧生が補足をした。
「玄関を開けられる猫ちゃんも少なくはないよ。実際、自分で開けて脱走した猫もいたじゃん」
「あ〜、いたね」
碧生の顔を見て、うんうん、と頷く香夜。
以前、猫探しの依頼がやってきた時も、自力で玄関を開けて脱走した子がいた。
「白夜ちゃん。玄関、開けられそう?」
詩夕が優奈に問うと、「無理だと思います」といっそう顔を俯かせた。
もう一度、詩夕は優斗の胸元に視線を移す。
しばらく黙り込んだところで、「はぁ」とため息をついた。
「……なんかあった?」
碧生が詩夕の耳元で尋ねるが、「あとで言う」と言って教えてくれなかった。
その後も白夜の性格や生活習慣、行動範囲などを十分ほど聞き取り、依頼を正式に引き受けることとなった。
「 これからすぐ調査へ向かいますが、少しだけ準備があります。その間、隣の部屋で待機して貰っても?」
「はい」
「大丈夫です」
夫婦は頷いて、隣室に移動しようと立ち上がった。そこで、詩夕が声をかける。
「その服、いいね」
その言葉で碧生も香夜も、夫婦の服装を見た。
優奈の方は、真っ白なレースのワンピースにサンダル。
優斗の方は白いTシャツの上に半袖の黒い上着、
ジーンズと、二人とも夏らしい格好をしている。
「特にいいのは」
詩夕は優斗の上着を指差した。その指の先を見て、優斗は詩夕から目を逸らす。すぐに香夜が「指差したらダメです」と注意するが、聞く耳持たず。
「その胸ポケットの肉球マーク」
間延びした言葉。
「可愛いし、あなたみたいに、スマホも入れられて便利そう」
チラリ、と優斗と優奈を交互に見ながら、続ける。
「どこに売ってたか、また後で教えてくださいね」
夫婦が部屋を後にし、完全に部屋から離れたことを確認すると、碧生はデスクに尻を置き、足をブラブラさせた。依頼人の前でやったら、行儀が悪いので香夜からの怒りの言葉が降ってくるだろう。
「さて」
ぼーっと、iPhoneを眺めていつでも準備万端な詩夕に、話題を振った。
「さっきの『あとで言う』って?」
「うーん」
詩夕は、iPhoneの画面に映るなにかに夢中で、碧生の質問に答えない。
見かねた香夜が、こっそりiPhoneを覗き、画面を見て本日何度目かのため息を漏らす。
「話、聞いてあげてください」
肩をつんつんと叩いて、話しかけるも、
「話すことあったっけ?」
と、詩夕は何も覚えていないようで。
「あのほら、『あとで言う』って……」
「あ〜、言ったね。そういや」
どうでも良さそうに、iPhoneから目を離さない。
そんな詩夕に、
「教えてぇ、詩夕ちゃん」
碧生が手を擦り合わせて懇願するが、詩夕は不貞腐れて「キャットフード捨てたやつに言うことはねぇにゃ」と馬鹿げたことを抜かす。
香夜がその一言に冷たい視線を放つと、焦ったのか「はいはい」と面倒くさがりつつ、少しだけ話してくれた。
「香夜ちゃんのために教えてやるよぉ。……あ、でも、条件付き〜」
二人が困惑した表情を見せたのち、
詩夕はスマホを胸ポケットにしまいながら、碧生と香夜に問う。
「あの二人の顔、知ってる?」
「顔?」
当然、二人はぽかん顔。だが、その言葉でなんとなく、詩夕の言いたいことを察した。
碧生がデスクから飛び降りて、
「え、依頼者様ってもしや有名人?」
「でも見たことないですよ。碧生は見たことあるの?」
碧生と目を合わせて、尋ねる香夜。碧生はわざとらしく顎に手を当てて、「えぇっとね、聞いて驚いて」といつになく図太い声で言い、何秒か空白を作った。
が、やはり香夜の予想通り。
「知らん!」
胸を張って言い切った。声も無駄に大きかったので、もしかしたら、隣室の夫婦に聞こえているかもしれない。
ーーそうだよね。碧生、普段テレビ観ないし。
腕を組んで、香夜も思考を巡らせるが、依頼者の顔に見覚えはない。
テレビに出ていて有名ならば、それなりに印象に残る顔立ちをしているだろうが、あの二人は印象に残る顔立ちではない。
「テレビじゃないのか……?」
「わたしも碧生もテレビ観ないし。動画も観たりしないからなぁ」
碧生と香夜が悩む表情を全面に出すと、詩夕は「にゃは」と悪戯に笑って
「知らないならいいや、また今度」
と、この話題を断ち切った。
「えぇ!?」
「ちょっと、猫屋敷さん……」
碧生が「でも、教えてくれるって言ってたじゃんか」と言い出すと、詩夕はめずらしく真顔になって、こう言い放った。
「一旦、踊らされるのも楽しいもんよ。二人はなにも知らないまま調査して。その方がいい」
そう言うと、詩夕はいつもの調子に戻った。
招き猫のように片手をひらひらと振って、
「まずは、猫を助けるんだにゃ」
八重歯が目立つ笑い方を見せた。
次回。
第一章/三話 「猫の手を借りる」
#お悩み相談室
ruruha
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コメント
2件
ただの猫探しではなさそうな……😳本文中に重要そうな情報がたくさんありそう。次回も楽しみにしてます🥰