テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
哀 川 せ せ ら .
14,820
ふぃる汰
190
60
175
「それでは、依頼内容をお聞かせください」
碧生は、夫婦の向かい側のソファへ腰を下ろした。
香夜はローテーブルへ冷たいお茶を二つ置く。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
香夜はにこりと微笑み、控えめな礼をする。
そして、さっきまで事務所中を走り回っていた詩夕も、今は碧生の隣で静かに座っているのだった。
しかし、碧生には、依頼人が来てからの詩夕の落ち着きに、疑問を持ち始めた。
いつもならば、無神経なことを言って香夜に怒られるまでがセットなのに、今日は何も喋らない。
ただ、夫婦を見つめているだけなのだ。じっと、黙り込んで。
その異質さを察してか、夫婦も内容を話す前に、詩夕に声を掛けた。
「あの……僕の顔になんかついてます?」
優斗が自分の顔を指して、苦笑するが、詩夕は表情を変えない。反応もしない。
「えっと……猫屋敷、さん」
優奈が名前を呼んでも無反応。
その対応の仕方に、香夜は詩夕をきつめに睨んだ。が、意味は無い。
何かを見ている、ずっと。
詩夕の状況を、碧生は一旦無視して、依頼人の方に集中する。
「大丈夫です。彼女、集中すると反応なくなるんで。ねぇ?」
当の本人は、
「……」 やはり無反応。
夫婦をーー特に優斗の胸元を見つめている。
碧生はわざとらしく咳払いをした。話の司会は、自分だとアピールするように。
「お話、伺います」
「あっ、はい」
返事をしたのは優斗で、優奈はローテーブルにiPhoneを差し出した。ゆっくり、やや震えた手先が詩夕の目に映る。
探偵三人は、身体を前のめりにして画面を覗き込む。
そこには、青い瞳が特徴的な、ふわふわの毛並みの白猫が綺麗に写っていた。
「猫、ですか」
香夜が一人、大方の依頼内容を察した様子でつぶやく。
碧生も理解したが、最後まで聞く。
「わぁ、猫ちゃん。可愛いですね」
相手が話しやすくなるようにそう言うと、ほんの少しだけ二人の表情が和らいだ。
だが、すぐに強張った表情に戻る。夫婦は、口をそろえてこう言った。
「うちの猫が、いなくなってしまったんです」
それを聞いた瞬間、詩夕は勢いよく立ち上がる。
驚いて、夫婦は「うわっ」と肩を震わせた。
写真を食い入るように見つめた詩夕は、次の瞬間──。
「うわぁー! 猫ちゃんかわいー!」
詩夕は目をきらきらと輝かせ、優斗へ顔を向けた。
夫婦は完全に硬直する。
「あ……え、ありがとうございます?」困惑して語尾にはてなを付けた夫婦二人をよそに、 碧生はケラケラ笑い出した。
「はははっ!うんうん、可愛いよね!」
写真に夢中な詩夕と、一緒になって笑う碧生。
二人の後ろへ回った香夜は、そっと肩に手を置いた。
「ん?」
同時に振り向く二人へ、香夜は静かに首を横へ振った。
「……今は、そういうのいいから。」
呆れた一言に、
「はーい」
詩夕は素直に手を挙げ、ソファに座る。
碧生は面はゆくなって、夫婦へ頭を下げた。
「すみません。驚かせてしまいました」
困惑が抜けないまま、優奈は小さく頷き、話を続ける。
「いなくなったのは昨日なんです。わたしたちが買い物に行って帰ってきた時には、もう」
顔の影が濃くなっていく二人。本気で心配をしているんだな、と、碧生は胸を痛める。
今度は優斗が、歯を食いしばりながらぽつぽつと
「普段は大人しい子なんです、僕と妻が喧嘩している時も、優しく擦り寄ってきて……
それなのに、脱走するなんてこと、考えられません」と、拳を握りしめた。
詩夕は「ふーん」と小さく頷くと、腕を組んだ。
夫婦を慰めるよりも、猫について知りたいことがあるらしい。
「ところでさ、猫ちゃんの名前は?」
詩夕の質問に、優奈が答える。
「白夜です」
一瞬だけ眉がぴくりと動いたが、詩夕はすぐに笑みを作る。
「白夜……白猫ちゃんにぴったりな名前ですね」
にかっと、歯を見せて笑うが、碧生にはそれが不自然に思えた。今は放っておく。
「いくつか、確認させてください」
今度は、後ろの香夜が質問を投げる。メモ帳とボールペンを手に持って、夫婦と目を合わせる。
「白夜ちゃんは、完全室内飼いですか?」
夫婦は迷うことなく
「はい」
と、即答。この質問が来ることがわかっていたのだろう。
香夜は「そうですか」と呟き、メモに情報を書き写す。
「では、窓や玄関は施錠されていましたか?」
「えっと、玄関は閉めました。窓は……」
「出かける前に僕、窓が閉まっているか確認もしましたよ。もちろん、ちゃんと全部閉まってました」
香夜は小さく頷き、質問を重ねる。
「どのくらいの時間、外出していましたか?」
「一時間くらいです」
まっすぐ、香夜の目を見て答える優奈。その目には嘘の色が一切ないように見える。
「時間だけ考えたら脱走できそうだけど……鍵閉まってたんだし。そうなると、白夜ちゃんが自力で外へ出た可能性は高くなさそう……」
と香夜はぶつふつ零す。
その独り言に、碧生が補足をした。
「玄関を開けられる猫ちゃんも少なくはないよ。実際、自分で開けて脱走した猫もいたじゃん」
「あ〜、いたね」
碧生の顔を見て、うんうん、と頷く香夜。
以前、猫探しの依頼がやってきた時も、自力で玄関を開けて脱走した子がいた。
「白夜ちゃん。玄関、開けられそう?」
詩夕が優奈に問うと、「無理だと思います」といっそう顔を俯かせた。
もう一度、詩夕は優斗の胸元に視線を移す。
しばらく黙り込んだところで、「はぁ」とため息をついた。
「……なんかあった?」
碧生が詩夕の耳元で尋ねるが、「あとで言う」と言って教えてくれなかった。
その後も白夜の性格や生活習慣、行動範囲などを十分ほど聞き取り、依頼を正式に引き受けることとなった。
「 これからすぐ調査へ向かいますが、少しだけ準備があります。その間、隣の部屋で待機して貰っても?」
「はい」
「大丈夫です」
夫婦は頷いて、隣室に移動しようと立ち上がった。そこで、詩夕が声をかける。
「その服、いいね」
その言葉で碧生も香夜も、夫婦の服装を見た。
優奈の方は、真っ白なレースのワンピースにサンダル。
優斗の方は白いTシャツの上に半袖の黒い上着、
ジーンズと、二人とも夏らしい格好をしている。
「特にいいのは」
詩夕は優斗の上着を指差した。その指の先を見て、優斗は詩夕から目を逸らす。すぐに香夜が「指差したらダメです」と注意するが、聞く耳持たず。
「その胸ポケットの肉球マーク」
間延びした言葉。
「可愛いし、あなたみたいに、スマホも入れられて便利そう」
チラリ、と優斗と優奈を交互に見ながら、続ける。
「どこに売ってたか、また後で教えてくださいね」
夫婦が部屋を後にし、完全に部屋から離れたことを確認すると、碧生はデスクに尻を置き、足をブラブラさせた。依頼人の前でやったら、行儀が悪いので香夜からの怒りの言葉が降ってくるだろう。
「さて」
ぼーっと、iPhoneを眺めていつでも準備万端な詩夕に、話題を振った。
「さっきの『あとで言う』って?」
「うーん」
詩夕は、iPhoneの画面に映るなにかに夢中で、碧生の質問に答えない。
見かねた香夜が、こっそりiPhoneを覗き、画面を見て本日何度目かのため息を漏らす。
「話、聞いてあげてください」
肩をつんつんと叩いて、話しかけるも、
「話すことあったっけ?」
と、詩夕は何も覚えていないようで。
「あのほら、『あとで言う』って……」
「あ〜、言ったね。そういや」
どうでも良さそうに、iPhoneから目を離さない。
そんな詩夕に、
「教えてぇ、詩夕ちゃん」
碧生が手を擦り合わせて懇願するが、詩夕は不貞腐れて「キャットフード捨てたやつに言うことはねぇにゃ」と馬鹿げたことを抜かす。
香夜がその一言に冷たい視線を放つと、焦ったのか「はいはい」と面倒くさがりつつ、少しだけ話してくれた。
「香夜ちゃんのために教えてやるよぉ。……あ、でも、条件付き〜」
二人が困惑した表情を見せたのち、
詩夕はスマホを胸ポケットにしまいながら、碧生と香夜に問う。
「あの二人の顔、知ってる?」
「顔?」
当然、二人はぽかん顔。だが、その言葉でなんとなく、詩夕の言いたいことを察した。
碧生がデスクから飛び降りて、
「え、依頼者様ってもしや有名人?」
「でも見たことないですよ。碧生は見たことあるの?」
碧生と目を合わせて、尋ねる香夜。碧生はわざとらしく顎に手を当てて、「えぇっとね、聞いて驚いて」といつになく図太い声で言い、何秒か空白を作った。
が、やはり香夜の予想通り。
「知らん!」
胸を張って言い切った。声も無駄に大きかったので、もしかしたら、隣室の夫婦に聞こえているかもしれない。
ーーそうだよね。碧生、普段テレビ観ないし。
腕を組んで、香夜も思考を巡らせるが、依頼者の顔に見覚えはない。
テレビに出ていて有名ならば、それなりに印象に残る顔立ちをしているだろうが、あの二人は印象に残る顔立ちではない。
「テレビじゃないのか……?」
「わたしも碧生もテレビ観ないし。動画も観たりしないからなぁ」
碧生と香夜が悩む表情を全面に出すと、詩夕は「にゃは」と悪戯に笑って
「知らないならいいや、また今度」
と、この話題を断ち切った。
「えぇ!?」
「ちょっと、猫屋敷さん……」
碧生が「でも、教えてくれるって言ってたじゃんか」と言い出すと、詩夕はめずらしく真顔になって、こう言い放った。
「一旦、踊らされるのも楽しいもんよ。二人はなにも知らないまま調査して。その方がいい」
そう言うと、詩夕はいつもの調子に戻った。
招き猫のように片手をひらひらと振って、
「まずは、猫を助けるんだにゃ」
八重歯が目立つ笑い方を見せた。
次回。
第一章/三話 「猫の手を借りる」
コメント
2件
ただの猫探しではなさそうな……😳本文中に重要そうな情報がたくさんありそう。次回も楽しみにしてます🥰