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「全然」
「手掛かり」
「にゃい」
香夜、碧生、詩夕が順番にそう言った。
三人は疲れ切った顔で並んで歩く。
八月の照りつける日差しの中、人混みを縫うように白夜を探し続けていた。
しかし、道行く人に写真を見せて聞いても、何も情報が得られない。
どの人も知らない、見ていない、ごめんなさいと言うだけ。
「うーん、帰ってきた時は玄関の鍵も空いてなかったし、窓も開いてなかったんだよね?」
「はい」
詩夕が夫婦の顔を見て、器用に通行人を避けながら、後ろ歩きをする。
「じゃあ、違和感はないですか?例えば物の位置が変わってるとか……誰かが白夜ちゃんを攫った可能性が出てきます」
碧生が口を挟むと、優斗が食い気味で断言した。
「一瞬、その線も考えましたけど、それはないです。うち防犯カメラがあって、誰か入ってこようとしたらすぐに僕のスマホに通知が来るんです」
その言葉に、探偵三人は一斉に目を合わせた。
夫婦が外出していたのは、昨日の午後一時から二時までの約一時間。
その時間だけ見れば、誰かが侵入して白夜を連れ去ることは不可能ではない。
「あの、防犯カメラの映像って」
香夜が顔をひょこっと出して、優斗に聞く。詩夕も碧生も気になっていたことを、真っ先に言葉にしてくれた。碧生は心の中で「ナイス質問」と親指を立てる。
探偵の注目は、優斗ーー胸ポケットにしまってあるスマホに向いた。
そんな中、優斗は首をフルフルと横に振った。
「ごめんなさい。なんかクラウドの調子が悪くて」
その一言に、詩夕が盛大に肩をすくめて、下手な舌打ちをする。
「ちぇ……スマホ、 使えにゃいな」
「まぁまぁ……スマホもそういう時あるさ」
碧生が不貞腐れた詩夕の相手をし、香夜はさらに質問を重ねた。
「本当に、見られませんか?」
「はい」
強めに香夜が聞くと、 少し呆れたようにも、だるそうな感じにも聞こえる返事が返ってきた。その返事に、香夜は微かに眉をしかめる。
すると横から優奈が割り込んで、付け足しをした。
「今は見られません。でも、皆さんのところへ来る前に確認したんです。誰も映っていませんでした」
妙に強引で早口な優奈を怪訝に思いながら、「そうですか」とだけ言っておいた。
碧生も曖昧に頷きながら、胸の奥に小さな引っ掛かりを覚える。
ーーなにか、隠してる?
そんな違和感に悩み始めたところだった。
詩夕が大きくあくびをする。仕事中なのにも関わず、気にする様子はない。ただ、のんびりとした発音で、空を見ながらこう言った。
「あ〜、人間に聞いても意味なさそう。白夜ちゃんのこと知ってる人、結構いると思ったのにな」
ちらっと、夫婦の顔色を窺いながら発した一言。
夫婦は首を傾げるだけ。
碧生は顎に手を当てて、唸る。
すると、それが面白かったのか、詩夕がププッと笑った。そして、小さくつぶやく。
「猫のことは、やっぱりその道の者に聞くしかにゃいね」
「おっ」
碧生が瞬時に合いの手を入れ、香夜はおおよその展開を予想して、げんなりとした表情に早変わり。
そんな香夜の気は知らず、碧生はニヤニヤと盛り上がる。
「もしや、あれが見れる?」
「うん……って。なんで碧生さん嬉しそうな顔してるの?」
「だってあれ、可愛いから」
「可愛い?どこが?」
キョトンとした目で尋ねる詩夕の顔を、碧生は楽しげに指差した。
「全部かな」
「え、全部?」
少し考えてから、詩夕は小さく頷いた。
「……そう」
その一連の流れを、夫婦と香夜が後ろから見守る。夫婦と香夜だけが、謎に居心地悪そうに視線を泳がせた。
少し冷たく聞こえる詩夕の返事だが、口角は相変わらず上がったまま。
誇らしげに碧生の顔を眺めた後、
「いいよ、見せてあげる」
と、人差し指を口元に当て、夫婦へにこりと笑う。
その笑みの奥で、小さな八重歯がのぞいた。
「にゃにゃ?……にゃー!」
「詩夕ちゃんかわいー!目線、お願いします!」
「碧生さん、うるさいよ」
湿った地面の上にゴミが散乱している、誰も踏み入れないであろう路地。
炎天下の中、詩夕はゴミの臭いとたくさんの猫に囲まれ、話していた。
かれこれ、この状況が始まって三十分は経つ。
傍から見れば、猫の鳴き声を真似している変わった人にしか見えない。
碧生は詩夕のその姿を、全角度から撮影をしていた。まるでマスコミのようだ。
そのおかしな様子を、香夜と夫婦は傍観することしかできない。
太陽に焼かれていく地面に寝っ転がって、ひたすら猫に話しかける詩夕。
周りの猫たちは逃げるどころか、当たり前のように詩夕の周りへ集まり、思い思いに鳴き返していた。
黒猫、白猫、三毛猫……ぽっちゃり体型な猫もいるし、心配になるほどに細い猫もいる。
香夜の額から、暑さと怒りによる汗がだらだら流れ出る。夫婦はひそひそ「事務所選んでよかったのか?」「違うところにすればよかった」などと小さな会議を開き始めていた。
ーーいい加減にしてよ。
香夜は真面目に詩夕を探偵事務所から追い出す方法を考え始めていた。こんなことばかりして、依頼者の信用を失ってしまうだけだ。暴走を止めない碧生も大概だが、もしこのことをクチコミに書かれたならば、バットエンドまっしぐら。
「仕事、しろよ」
意味が無いと分かりつつ、とりあえず本心を隠すことなくそのまま言う。
そしてやはり意味は無い。
碧生が、またもや詩夕を庇う。
「今まで、詩夕ちゃんのおかげで行方不明者も見つけられたんだ。これは真面目に仕事してるんだよ。人に聞き込みするだけが仕事じゃない、これは詩夕ちゃんの個性だ。代表の僕には、その個性を伸ばす義務がある!」
尾行用のカメラを片手に、得意げに語る碧生。
香夜はため息を混ぜて、正論を叩き入れた。
「……たしかに、それは謝るわ。 でもじゃあ、猫屋敷さんの写真撮るのって、仕事なの?それは碧生がただ単にやりたいだけでしょ」
「…………」
「ねぇ」
「……」
「し、ご、と、な、の?」
香夜は依頼人の存在を一旦放置して、妹として碧生に問い詰めた。一歩一歩、距離を縮めていく。
こういう時は、仕事としてじゃなく、妹として物を言うほうが話を聞いてくれる。
碧生は口をぱくぱく開け閉めし、やがて開き直ったように胸を張る。
「これは趣味です!!僕の!!」
「でしょうね!」
咄嗟に香夜も叫んでしまう。
碧生の突然の宣言と、香夜の大声に、夫婦は後ろでドン引きするしか無かった。
夫婦は顔を見合わせる。
「……えっと」
さっきまで唯一まともそうに見えた香夜まで、兄妹喧嘩を始めてしまい、口を挟むことすらできなかった。
「……まじで場所、間違えたかも」
「近所にあるからって理由で選んだのがダメだった」
詩夕は猫とお話、朝間兄妹はプチ喧嘩。
この場に常識人なんて、最初からいなかったのかもしれない。そう、夫婦は思ってしまった。
「あの、朝間さん」
何をどうすればいいのか分からなくなって、優奈が香夜に声をかけた。あまりに、か細くて小さな声は、探偵二人を同時に振り向かせてしまった。
「はい!!」
と、香夜。
「なんでしょう!!」
と、碧生。
残念ながら、今この場所には朝間という名字の人間が二人もいるので、名字だけならどっちを呼んでいるのか分からない。
「え?あ……」
戸惑う優奈に流石にまずいと思った香夜は、頭をかいて少しだけ頭を下げた。
「あぁ、失礼しました」
碧生が後ろから香夜の肩に手を置いて、ぽんぽんと叩く。
「すみませんねぇ、うち、朝間がふたりいるもので」
喧嘩をやめたことに安堵したのか、優奈は顔をほころばせて二人に尋ねた。
「おふたりは、結婚されているんですか?」
「へ?」
「あの……名字、一緒だったので」
香夜が質問に答えられずに硬直していると、碧生が横から答えを返す。
「え〜?そんなふうに見えます?兄妹ですよ。義理ですけどね」
夫婦は顔を見合わせ、「へぇー」と声をそろえた。
香夜が碧生にだけ敬語を使っていなかった理由に、ようやく納得したらしい。本当の兄弟にしても、顔があまり似ていない。
「二人ともー、兄妹喧嘩、終わった?なら写真ちょうだい。白夜ちゃんのこと教えてくれるって」
詩夕は寝転がった状態で、空に向かって足を伸ばすと、その勢いのまま起き上がった。
腕には猫、膝の上にも猫。周りにも猫。当の本人は満更でも無い顔をして、髪をクシャクシャにしている。
「え、今まで何してたんですか」
香夜が詩夕を見下ろす。詩夕はニヤッと八重歯を見せる。
碧生が詩夕の方に駆け寄って、慌てて髪を整えてやる。ポケットからミニサイズの櫛を取り出して丁寧に梳かしている。完全に保護者である。
詩夕は猫を抱えたまま、大人しく髪を梳かされていた。
「猫は気分屋だよ。教えてって言っても『今は気分じゃないにゃ』ってさ。だからおふたりが喧嘩してる時も、頑張って交渉してたのよ」
詩夕の腕の中で、黒猫が同調するように喉を鳴らす。
「……じゃあ、人間に聞いた方が早いんじゃ」
「それはない。誰も答えてくれないよ」
詩夕は猫を撫でながら、妙に静かな声で言った。
「だって人間って、自己防衛のために嘘つくからね。猫は正直にゃ」
その言葉を聞いて、碧生の櫛で髪を撫でる手が止まる。
そして、さりげなく詩夕の髪を耳にかけて、囁いた。
「依頼人が、嘘ついてるとでも?」
その囁きを聞いて、詩夕はさらに八重歯を見せる。
「さぁね、今は気分じゃないにゃ。それより写真、ちょうだい」
片手を差し出し、ちょうだいと目を瞬かせる。
香夜が事前に印刷しておいた写真を手渡すと、すぐさま猫の集団に掲げて、また猫語を発し始めた。
しかし、すぐに夫婦の方へ視線をやる。
「にゃ……佐々木さんたちって今日、車で事務所まで来てるよね?」
「え、はい」と優奈。
「そう」
それだけ聞くと、また猫語が再開した。
そこで、香夜が気づく。
猫の集団、路地裏、髪がぐちゃぐちゃ。
「……さっき、『探偵事務所来る前に猫の集団とお話してたから遅刻した』って言ってましたけど」
碧生も手を叩く。
「ああ、あの猫集団ってこの子たち?」
「せーかい」
人差し指と親指で輪っかを作るが、視線は猫たちの方にしか行っていない。
しばらく、猫語だけがこの場の沈黙を埋める。真剣に猫と向き合い、時に微笑み、時に顔をしかめる詩夕に誰も口出しなんてできない。
五分程度の猫語聞き込みの後、詩夕は無言で立ち上がった。抱えていた猫を離すと、「よろしく」と敬礼のポーズを取る。
それが、詩夕と猫たち以外にはよく分からなかった。
「え?よろしくって……何するの?」
碧生が戸惑っていると、詩夕が「え?」と素っ頓狂な声を出した後、当たり前のことのように言った。
「わかるでしょ、案内してもらうんだよ〜?」
ジロリと、碧生の背後にいる夫婦を見た。
二人の肩が、ほんのわずかに揺れる。
詩夕は口角を上げた。
「場所、わかったから」
猫集団、詩夕、朝間兄妹、夫婦の順番で並んで歩いていく。猫が案内役で、人間たちはそれにゆっくりついていく。
猫たちは迷いなく住宅街を進み、人間たちはその後ろを列になって歩く。
道行く人々は何事かと足を止め、買い物帰りの主婦や子どもたちが、不思議そうにその一団を目で追っていた。
「あの、この先に本当に白夜がいるんですか?」
と優斗。この状況がいまいち呑み込めていない。
「いるよ、そう言ってる」
「えっと……猫屋敷さんって、そういう訓練でも受けてるんですか?」
詩夕はきょとんと首を傾げた。
「訓練?」
「はい。動物行動学とか……」
「違うよ」
詩夕は当たり前のように笑う。
「わたし、猫だよ?」
「あ、なるほど」
優斗が話をするのを諦めたのか、曖昧な返事を一瞬で返す。会話を終わらせたいのが見え見え。
その後ろで、詩夕の返答が真っ直ぐなあまり、碧生は吹き出しそうになって慌てて口元を押さえた。
「猫屋敷さん……そういうことじゃないですよ」
香夜が面倒くさそうにそう言うが、それでも詩夕はこう言い続ける。
「でも、猫だし」
「……そうですか」
香夜も諦めた。碧生は猫どうこうよりも詩夕が面白くて仕方がない。夫婦は完全に詩夕を変な人認定し始める。
すると、その時だった。
猫集団が突然、右へ折れた。
そこにあったのは、人ひとり通れるかどうかという細い隙間。
左右を高い塀に挟まれ、昼間だというのに薄暗い。
「あれ?」
慌てて人間組は足を止める。
「ここ、通る気……?」
猫たちは吸い込まれるようにその隙間に消えていく。案内している人間を置いて、マイペースに進んでいってしまう。
「あ、待てー」
普通ならここで「別の道行こうか」などと言うのだろうが、詩夕は違った。
一緒に、ついて行ってしまったのだ。
「え、ちょっと」
詩夕は器用に身体を捻って、隙間をスラスラと歩いていってしまう。あまりの速さに、碧生が止める前にどこかに行ってしまった。
「詩夕ちゃーん!?」
叫んでも応答がない、既に奥まで入ってしまったようだ。
残ったのは、朝間兄妹と夫婦。ぽつんと、そよ風が吹く。
だが、ここで終われない。探偵とは常に、標的がどこに向かっているかを推理しながら尾行するものだ。
今回は詩夕の向かう場所。
一度、目を閉じて、碧生は思考に浸った。
住宅街の地図を、頭の中で思い浮かべる。
この辺りは袋小路が多いが、一本向こうの道へ出られる細道があったはずだ。
「こっち!」
碧生は別の道を指差すなり、駆け出した。
「あっちに抜けられるはず……!」
香夜も夫婦も、慌ててその後を追う。
真夏の住宅街に、四人分の足音だけが響いた。
一方、その頃。詩夕は。
「ははーん、こっちに白夜がいるんだにゃ?」
先頭を歩く三毛猫が「にゃあ」と鳴く。
「了解、隊長」
再び敬礼のポーズをし、向かう先を予想し始めていた。
ーー猫は、あまり人が多いところには行きたがらない。狭いところが好き。暑いから涼しいところにいるはずだよね。
歩いて歩いて、その歩数に応じて詩夕の心臓がドキドキと鳴る。鼻歌歌うのも堪えられない。いつもなら、歌うと香夜の注意が入るが、今ここに注意するものなんていない。
浮き足立ち、スキップし始めたところで、足を止めた。
行き止まりに出会った。高い、コンクリートで出来た塀。
今度は、ぽっちゃり体型で茶色い毛並みの猫が、軽々と塀の上へとジャンプして登った。その後に続くように、他の猫もぴょんぴょん跳んでいく。
詩夕は猫たちがみんな乗り越えるのを確認すると、
「よっこいしょ」
助走もつけずに塀へ飛びついた。
指先を引っ掛け、身体を軽く持ち上げる。
猫たちの真似をするように、ひらりと塀の向こうへ消えていく。
着々と目的地に近づく猫組。
だが、肝心の人間組は、遠回りしてとにかく走り回っているだけだった。
「もう……っ!単独行動はやめてって前にも言ったのに!」
「碧生がもっと注意してよ」
汗だくで半分ゆで上がったような碧生と、グチグチ文句を垂れる香夜。夫婦も必死についてきているものの、足も全然動かないので、暑さに負けてナマケモノ化していると言える。
人間組がまだ住宅街を全力疾走している頃には、詩夕はもう猫たちに囲まれて、のんびり話していた。
苦しい呼吸。ジリジリと焼ける腕。
大量の汗が服の中を伝い、ベタリとまとわりつく。
酷暑日、とまでは行かないが、いつ倒れてもおかしくない。それでも依頼はこなさなければならない。
干からびる寸前の人間たちは、必死に足を動かす。
「詩夕ちゃん……なんで、置いて行くの」
「普段から碧生がもっと注意してくれれば、こんなことには……!」
全速力で走りながら、朝間兄妹は会話をする。
後ろを着いていく佐々木夫婦は、走ってすらいない。ノロノロと、全身の骨がない軟体動物になっている。白夜を心配する余裕すら、残っていなかった。
もはや、飼い猫を探していることすら忘れているのではないか。
そう思ってしまうほど、二人とも魂の抜けた顔をしていた。
曲がり角を折れると、真っ先に人の気配がない家屋が目に入った。
木造の建物は雑草に囲まれ、 人が出入りした形跡はどこにもない。
後ろを振り返ると、香夜と佐々木夫婦もなんとか追いついてきていた。
「詩夕ちゃーん!どこー!」
上がる息を整えながら、返事を待った。
すると、能天気な返事が、どこからか返ってくる。
「わたしはぁ、ここー!」
「ここー!じゃなくて、置いてかないでよ……」
香夜がすぐさま声の方に駆けていく。碧生は太陽にやられて、その場にしゃがみ込んだ。
肺が焼けるように熱い。息を吸っても空気まで熱を帯びていて、喉がひりつく。
視界がぐらりと揺れ、額から流れ落ちた汗が目に入り、思わず目を細めた。
夫婦が心配そうに「大丈夫ですか」と声をかけてくるので、「香夜について行ってください」とほほえんだ。その裏で、「水をちゃんと持ってくればよかった」とぼやく。
佐々木夫婦が頷いて、走っていく背中を見送ると、 碧生は自分の頬をぱちん、と叩いた。
「……よし」
無理やり気合いを入れ直し、重くなった足を前へ出す。
その瞬間。
「白夜!!」
夫婦の歓喜の声が、碧生の耳に入った。
それだけで、見つかったんだと、碧生はひと足早く安心した。
「見つかった……感じかな」
身体は休めと悲鳴を上げていた。それでも歯を食いしばり、一歩、また一歩と足を前へ出す。
呼吸は乱れたまま。それでも、走った。
現場につくと、そこには。
縁側で、詩夕の膝の上に包まる白夜がいた。昨日からずっと家出していたとは思えないほど、その毛並みは綺麗だ。
詩夕を案内していた猫軍団は、既にどこかに行ってしまっている。きっと、いきなり走ってきた香夜たちにびっくりして、逃げていったのだろう。
詩夕が幸せを噛み締める顔で、白夜を撫でている。優奈は顔を手で覆って涙し、優斗は妻の肩を支えていた。
そんな様子を、後方で腕組をして眺めているのは、香夜。
詩夕は「やっと会えたねぇ、白夜ちゃんにずっと会いたかったんだよ」と笑っていたが、碧生の存在に気づくと、少しだけ申し訳なさそうに眉を下げた。
「あ……碧生さん。遅いね、暑さにやられた感じ?」
「まぁね。それより、白夜ちゃん見つかったんだ、よかった」
「うん、床下。怪我もなさそう。……それはそれとして、超可愛い〜!」
猫吸いを始めそうな勢いだったが、さすがに依頼人の猫様ということで、言葉で尊さを爆発させるだけだった。
白夜も詩夕に懐いているようで、喉を鳴らして「もっと撫でて」というように顔をスリスリする。
「なにぃ?もっと撫でて欲しいの?そうにゃの?でも、佐々木さんのとこ戻ろうね?」
最後にちょこっと撫でた後、詩夕は泣いている優奈に、白夜を引き渡した。
碧生と香夜も一緒に、白夜に怪我がないか確認したが、何もなさそうという結論に至った。
優奈が、幸せそうに白夜を抱きしめる。優斗も、「よかった」と安堵のため息を漏らした。
「本当に、ありがとうございます」
優斗が、深々と頭を下げる。
「いえいえ、そんな」全国の子どもに見本として見せたくなるようなお辞儀に、やや碧生は戸惑った。
「僕は特にすごいことなんてしてないです。凄いのは、詩夕ちゃんです」
頭を上げた優斗と、白夜を抱きしめる優奈が、同時に詩夕の方をちらっと見た。縁側で寝転び、疲れたぁと伸びる彼女を苦笑する。
「まさか、猫語で猫に聞き込みする探偵がいるなんて思いもしてませんでした」
「僕もびっくりですよ。でも、可愛いでしょう?うちの招き猫です」
愛おしそうに、口角を上げる碧生に、優奈は何を思ったのか。ふふっと口元を押えた。
「いいですね、羨ましいです」
しばらく、日向ぼっこをしている詩夕を眺めた。
だが、いきなり詩夕がひょいっと起き上がった。
「言い忘れるところだった」
そそくさと立ち上がると、夫婦の方に歩み寄り、肩を掴んで強引に引き寄せる。
香夜が目を丸くして止めようとしたが、碧生が手で制す。
夫婦も、あまりに急な接近に身体が固まる。そんなことお構いなしに、詩夕はこう囁いた。
「怪我は無い。でも万が一のために病院には連れて行ってあげてね」
「あと」と付け加え、微笑む。
「ことが済んだら、事務所、来て。もちろん、白夜ちゃんも連れて。
ーー全部、わかってるもんね」
二人の笑顔が、ぴたりと止まった。
白夜を抱く優奈の腕に、わずかな力が入る。
優斗は言葉を失ったまま、詩夕の笑顔だけを見つめていた。
次回。
第一章/四話 「猫屋敷のショータイム」
#お悩み相談室
ruruha
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コメント
2件
白夜さん。見つかってよかった……でも、まだ謎がありそうですね。猫集団に混ざりたい🥰