やがてカラランと音がして、男性のお客さんが入ってきた。立派な装備に腰には剣を携えている。どうやら勇者らしい。カウンター席にどっかりと座ると、大きなため息をついた。
「とりあえずビール」
「ずいぶんお疲れのようね」
「今日のモンスターは手強くてね。なかなかにハードワークだったよ。ビールでも飲まなきゃやってられないよ」
ママに愚痴るそのお客さんはどうやらこの店の常連のようだ。ママは手際よくビールを準備して、ぼんやり立ち尽くしているわたしに突きつける。
「ほら、ビールとお通しを運んで」
「え?」
「アンタここで働いて食べた分返すんでしょ?」
「え、あ、はいっ」
突然降ってきた仕事に私は慌てる。ビールとお通しと呼ばれる小鉢を持ってお客さんの前に差し出した。
「あ、えと、どうぞ」
「何、ママ。若い子雇ったの?」
「ヤダヤダ、すぐ鼻の下伸ばすんだから」
よく見れば小鉢には先ほど私が強制的に切らされたきゅうりが乗っている。ママったらいつの間に盛り付けたのだろう。まさかこれを作るために包丁持たされたのだろうか。
男性勇者はきゅうりを摘まむと一枚口に放り込み、ポリポリと小気味よい音を立てながら咀嚼した。そして突然カッと目を見開くと唾を飛ばす勢いで叫んだ。
「旨い! こんな旨いもの初めて食べた。やっぱりママの料理は最高だな」
「あらやだ、これ作ったのアタシじゃないのよ。この子よ、マリちゃん」
ママは顎でわたしを指す。店内にいるお客さんの視線が一斉にこちらに向くのがわかって心臓がドキリと音を立てた。
「へ~、そりゃ大したもんだ」
「マリちゃん、俺にもそれ出してよ」
「マリちゃん、俺もビール頼んだけどそれ出してもらってないよ?」
「え、ええっ……」
なぜか他のお客さんも次々と頼み始め、店内は賑やかに騒ぎ始めた。
ママが結構な力でわたしの背中を叩く。
「あいたっ」
「ほら、追加で作りなさいよ。アンタの担当でしょうが」
「えっ? えっ?」
言われるがまま包丁を持ちトントンときゅうりを切る。そしてママ曰く魔法の粉を振りかけ少しモミモミし、小鉢に盛って配膳をした。
「お待たせしました」
「おっ、待ってたよ。どれどれ……うん、旨い!」
お客さんは満面の笑みできゅうりを頬張り、さらにビールを追加注文して気分よく騒いでいる。急に忙しくなった店内はママの指示に従ってわたしもお手伝いをし、その後閉店の時間までこき使われ、お客さんたちは大盛り上がりだった。
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