セレスティア魔法学園の星光寮は、初夏の朝陽に照らされ、木製の廊下が柔らかな光で温かく輝く。
レクトは自室のベッドに座り、膝を抱えて窓の外を見つめる。
黄緑の髪が初夏の風にそっと揺れ、
カーテンが波打つ。
第24話での永遠の果樹園の恐怖が、頭から離れない。
パイオニアの炎の鞭、「苦悩の梨」の冷たい輝き、服従の果実の不気味な脈動。
そして、ミラの言動——
彼女がなぜパイオニアを止めたのか、その謎が心に重くのしかかる。
(ミラ…なんで俺を庇ったんだ?)
パイオニアの偽りの愛、
ゼンの死を「必要な犠牲」と呼んだ冷酷な声、
毒林檎の実験。
すべてが父の策略だった。
だが、ミラの行動が新たな疑問を生む。
彼女はサンダリオス家のスパイとして冷徹に任務を遂行してきたのに、
なぜ「苦悩の梨」を前にパイオニアを止めたのか?
「やりすぎです」と呟いた彼女の目に光った涙が、レクトの胸を締め付ける。
拷問器具への嫌悪か、レクトへの微かな情か——その理由はまだ分からない。
あの後、ミラがどうなったのかも不明だ。
(父さんと…また家族に戻りたい。でも、今の父さんじゃ…無理だ。)
家族への渇望と拒絶が、胸の中でせめぎ合う。
パイオニアの次の襲撃がいつ来るか分からない恐怖が、頭を支配する。
レクトはベッドから立ち上がり、制服のボタンを留める。肩の裂けた跡が、永遠の果樹園での戦いの傷を思い出させる。
彼は鏡で自分の顔を見る。
疲れた目が揺れている。
ドアが軽くノックされ、ヴェルの明るい声が響く。
「レクト! 朝だよ! 食堂でごはん食べよ」
彼女の声に、レクトの心が少し軽くなる。
ヴェル、
ビータ、
カイザ、
フロウナ先生、
アルフォンス校長——
仲間たちの絆が、果樹園の絶望を乗り越えさせた。
「うん、すぐ行く。」
レクトは深呼吸し、部屋を出る。
星光寮の食堂は、朝の活気で満ちている。
木製の長テーブルに生徒たちが集まり、焼きたてのパンの香りが漂う。
窓から差し込む初夏の光が、ステンドグラスの色を床に散らし、虹色の模様が揺れる。
レクトはヴェル、ビータ、カイザとテーブルを囲み、トレイに盛られた朝食を見つめる。
オレンジジュース、クロワッサン、フルーツの盛り合わせ——
普段なら心温まる光景だが、果樹園の記憶が果実を見るたびに胸を締め付ける。
「レクト、暗い顔してないで食べろーっ!
フルーツ魔法のエネルギー補給だろ?」
カイザが陽気に笑い、電撃でフォークをパチンと鳴らす。
ビータが冷静に言う。
「パイオニアの動きを時間遡行で監視してる。
今のところ寝たきりだけど、油断できない。」
ヴェルがスプーンを握り、目を輝かせる。
「大丈夫! 私たちがいるんだから! レクト、絶対守るよ!」
彼女の保護欲に、レクトは小さく微笑む。
「ありがとう、ヴェル…みんな。」
ヴェルが講堂での話を振り返る。
「ミラ…なんでパイオニアを止めたんだろうね。なんかパッとしない……」
彼女の声には嫉妬が混じる。
レクトは目を伏せる。
「分からない…。ミラはサンダリオス家のスパイなのに、拷問器具を嫌がったって…おかしくない? 」
ビータが言う。
「時間遡行でミラの過去を見ようとしたけど、彼女の心は複雑すぎて読めない。
パイオニアへの忠誠と…何か別の感情が混ざってる。」
カイザが拳を握る。
「どっちにしろ、パイオニアがまた来たらぶっ飛ばすぜ!」
会話が進む中、
厨房のスタッフが「レクト専用」のプレートを運んでくる。
「サンダリオス家からの特別食です」
と渡される。
プレートには色とりどりのサラダに、フルーツが混ぜられている。オレンジ、ブドウ、そして——
レクトの目が凍りつく。「これ…!」
(服従の果実? 無限の果実? 禁断の果実?)
背後でフロウナ先生が咳き込みながら近づく。
「レクト、それ……ただのおかずじゃないかも」
彼女の顔は青ざめ、
果物アレルギーで鼻を押さえる。
レクトがサラダをよく見ると、果実が不気味に光り、腐ったような甘い匂いが漂う。
黒い果実は服従の果実、
紫色は無限の果実、
虹色は禁断の果実——
永遠の果樹園の呪われた果実だ。
「父さん…! こんなところにまで…!」
彼の手が震え、トレイを床に落とす。
果実が転がり、床で脈打つ。
食堂の生徒たちがざわめき、ヴェルが叫ぶ。「何!? パイオニアの仕業!?」
ビータが果実を拾い、時間遡行の魔法で調べる。
「…この果実は永遠の果樹園から持ち込まれた。パイオニアがレクトに学習させようとしてる。遠くからでも企み続けてる。」
カイザが拳を叩きつける。
「ふざけんな! 食堂にまで毒仕込むなんて、最低だ!」
フロウナが咳き込みながら言う。
「レクト、食べてなくてよかった…でも、パイオニアの執念、厄介ね」
レクトの胸に恐怖と怒りが渦巻く。
「父さんは…俺を完全に兵器にしたいんだ。……今の父さんは、仕方ない……っ」
彼は席を立ち、食堂の窓を見つめる。
初夏のグランドランドの地平線に、シャドウランドの暗雲が広がる。
戦争の足音が、静かに近づく。
昼過ぎ、セレスティア魔法学園の講堂。
ステンドグラスから差し込む光が、木の長椅子を虹色に染める。
レクトはアルフォンス校長の前に立ち、拳を握る。
ヴェル、ビータ、カイザ、フロウナがそばで見守る。
講堂の空気は重く、果樹園の瘴気の記憶が漂う。
レクトは深呼吸し、声を絞り出す。
「校長…俺、もっと強くしてください!
父さんはきっとまた襲ってくる。
次は…負けたくない!
父さんの道具にならないために、俺のフルーツ魔法を…もっと強く、
制御できるようにしてください!」
「……ん?レクトってもう放課後校長先生から授業受けてるんじゃないの?」
そこでヴェルが指摘する。
「あ……いやまぁそうなんだけど!
もっと!!ってことだよ、、、……。
このままじゃ間に合わないというか、もっと早く強くなりたくて……!」
アルフォンスは記憶の鏡を手に、落ち着いた眼差しでレクトを見つめる。
鏡の表面が揺れ、レクトの過去——
5歳の時に食べた毒林檎、
ゼンが倒れた瞬間——が一瞬映る。
「レクト、君のフルーツ魔法はすでに『創造』の域にある。だが、永遠の果樹園の瘴気で暴走したように、やはり制御が課題だ。
パイオニアの執念は、君の心を試している。」
アルフォンスが続けて厳かに言う。
「レクト、君の魔法は君自身だ。パイオニアの道具ではない。
強くなるためには、まず自分を信じなさい。」
講堂のステンドグラスが、
初夏の光を虹色に散らす。
レクトの心は、父の執念と仲間への信頼の間で揺れる。
パイオニアの次の襲撃、ミラの真意、戦争の足音——すべてが彼を試す。
だが、仲間たちの温もりが、希望の光となる。
レクトは自分自身の魔法を磨くために、
自分に正面から向き合おうとする。
サンダリオス家の屋敷。
パイオニアは広間の棚を眺め、
レクトの幼き写真を握る。
「レクト…お前は私の息子だ。必ず私のものになる。」
窓の外、シャドウランドの暗雲が広がる。戦争の足音が、静かに近づく。
次話 10月11日更新!
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