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空気が重たい村だった。
谷間に沈んだその集落――ルース村は、
一年中、有毒の霧に包まれた“毒使いの村”として知られていた。
村に入った瞬間、リゼが手を止めた。
「……空気が刺す。呼吸が浅くなる。毒の濃度、異常」
「zzz……でも、ここ……ぼくのふるさと……」
ネムルは眠たげな目をしながらも、歩みを止めなかった。
細身の体にくったりした外套、肩にはいつもの毒壺。
だが今は、背中がほんの少しだけ伸びていた。
村の広場では、住人たちが冷たい視線を向けていた。
「戻ってきたのか、“裏切り者”が」
「毒を“無害にしよう”とした馬鹿が、何しに来た」
トアルコが一歩前に出る。
「こんにちは。魔王のトアルコです。今日はネムルさんの案内で……」
「魔王……?」
一気にざわつく村人たち。
「魔王に従うとは、毒を恥じることか!」
「毒を“やさしい”などと……!」
ネムルは、静かに毒壺を地面に置いた。
「ぼくは……毒を、誰かのために使いたかったんだ」
「痛みを減らしたり、怖がる人を眠らせたり……毒って、怖くなくてもいいって、そう思ったの」
「でも、村はそれを“裏切り”だと……」
トアルコはそっと、彼の隣に立った。
「ネムルさんの毒で、救われた人がいます。
“怖くない毒”って、ぼくもそう思いました」
ネムルは村の子どもたちの方を見た。
「昔のぼくみたいに、毒を怖がってる子がいたら……その子のために、毒を“やさしく”してみたい」
その言葉に、ひとりの老薬師が前に出た。
「……ネムル。お前がそういう“毒”を使えるなら……村に教えてくれないか?」
ネムルは目を丸くして、そして、やさしく笑った。
「……うん。ぼくでよければ。……眠らせる毒、痛くない毒、安心できる毒……教えるよ」
夜。
村の広場に、小さな灯りがともった。
村人たちは毒の知識を囲み、ネムルは子どもたちに毒草を安全に扱う方法を語っていた。
トアルコは、そんな光景を見ながら、ゆっくりとスープをかき混ぜる。
「……やさしい毒って、あるんですね」
リゼが隣で言った。
「いや、ネムルがやさしいだけだ」
ネムルがこちらに気づき、眠たげに微笑む。
「zzz……ちょっとだけ、起きててよかった……」