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アステリア――
種族共存の街。その美しい石畳の上に、焦げ跡が残っていた。
「“魔王を招いたから、ここがおかしくなったんだ”……」
アルルが地面に落ちたチラシを拾いながらつぶやく。
それには黒いインクでこう書かれていた。
> 「やさしさは侵略だ」
「静かに染まるより、声を上げろ」
――市民グループ「アステリア防衛団」。
街の一部の人々が、魔王トアルコに“穏やかに侵略された”と感じはじめていた。
「ぼくのせいで……街が壊れていくのは、いちばん……見たくないのに……」
トアルコは噴水の縁に腰をかけ、両手をぎゅっと握っていた。
茶色の髪に花びらが落ちるのも気づかない。
彼の背中に声が届いた。
「“責任”を取る気はあるのか?」
立っていたのは、アステリア市議の青年・ヴォルグ。
白銀の短髪に、黒いジャケット。目元は鋭く、けれどその声には怒りよりも戸惑いがあった。
「君の名前が広まってから、“善意の定義”がねじれ始めた。
誰もが“正しさ”を語るが、誰も“聞こう”としない。……それを、どう思う?」
トアルコはしばらく黙ってから、ゆっくりと立ち上がった。
「……ぼくの言葉が、誰かを“縛る理由”になってるのなら……それは、ぼくの責任です」
「じゃあどうする。出ていくのか?」
「……いいえ」
トアルコは微笑んだ。
「出ていかないで、そばにいます。
怖がってる人に、“怖がってもいいですよ”って言うために」
「謝るために来たんじゃない。聞くために来たんです。
“どこが痛いか”を教えてもらうために」
ヴォルグは目を見開いた。
「君は……本当に、“魔王”なのか?」
「はい。やさしい魔王で、“ただの土下座担当”です」
「おい、急に弱いな」
後ろからリゼの鋭いツッコミが飛ぶ。
その夜、アステリアの広場で「意見交換会」が開かれた。
主催はヴォルグ。壇上に立つのは、魔王トアルコ。
彼は演説もしない。ただひとりひとりの話を、黙って、丁寧に聞いていた。
そして最後に、こう言った。
「……今日話してくれて、ありがとうございます。
ぼくは、まだ“やさしさ”の形を探している途中です。
だから、これからも、そばにいていいですか?」
拍手も、喝采もなかった。けれど――
その後、“防衛団”の一部が自主解散を申し出た。
「正しいより、優しい方が、迷えるってことを思い出した」と。