第19話:アステリアの火種
アステリア――
種族共存の街。その美しい石畳の上に、焦げ跡が残っていた。
「“魔王を招いたから、ここがおかしくなったんだ”……」
アルルが地面に落ちたチラシを拾いながらつぶやく。
それにはインクでこう書かれていた。
「やさしさは侵略だ」 「静かに染まるより、声を上げろ」
――市民グループ「アステリア防衛団」。
街の一部の人々が、魔王トアルコに“穏やかに侵略された”と感じはじめていた。
「ぼくのせいで……街が壊れていくのは、いちばん……見たくないのに……」
トアルコは噴水の縁に腰をかけ、両手をぎゅっと握っていた。
茶色の髪に花びらが落ちるのも気づかない。
彼の背中に声が届いた。
「“責任”を取る気はあるのか?」
立っていたのは、アステリア市議の青年・ヴォルグ。
白銀の短髪に、ジャケット。目元は鋭く、けれどその声には怒りよりも戸惑いがあった。
「君の名前が広まってから、“善意の定義”がねじれ始めた。
誰もが“正しさ”を語るが、誰も“聞こう”としない。……それを、どう思う?」
トアルコはしばらく黙ってから、ゆっくりと立ち上がった。
「……ぼくの言葉が、誰かを“縛る理由”になってるのなら……それは、ぼくの責任です」
「じゃあどうする。出ていくのか?」
「……いいえ」
トアルコは微笑んだ。
「出ていかないで、そばにいます。
怖がってる人に、“怖がってもいいですよ”って言うために」
「謝るために来たんじゃない。聞くために来たんです。
“どこが痛いか”を教えてもらうために」
ヴォルグは目を見開いた。
「君は……本当に、“魔王”なのか?」
「はい。やさしい魔王で、“ただの土下座担当”です」
「おい、急に弱いな」
後ろからリゼの鋭いツッコミが飛ぶ。
その夜、アステリアの広場で「意見交換会」が開かれた。
主催はヴォルグ。壇上に立つのは、魔王トアルコ。
彼は演説もしない。ただひとりひとりの話を、黙って、丁寧に聞いていた。
そして最後に、こう言った。
「……今日話してくれて、ありがとうございます。
ぼくは、まだ“やさしさ”の形を探している途中です。
だから、これからも、そばにいていいですか?」
拍手も、喝采もなかった。けれど――
その後、“防衛団”の一部が自主解散を申し出た。
「正しいより、優しい方が、迷えるってことを思い出した」と。
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