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銀色のナイフ、暗闇でもそれが妖しく光私めがけて振り下ろされ――……
「……ハッ!」
殺される……! その恐怖で私は飛び起きた。
目を覚ました私の視界に映ったのは見覚えのない天井。辺りを見渡すと、ベッドと机がある簡素な部屋だという事が分かった。そして、私の横で小さな寝息を立てて眠るリースの姿があった。
私は起き上がり、乱れた髪をかき上げる。
何が起きたのか思い出そうとするが頭がズキっと痛む。
「エト……ワール?」
私の名前を呼びながら、リースは目を覚まし安堵の笑みを私に向けた。
「起きたのか、良かった……今すぐ医者を呼ぼう」
「待って、あの……」
彼は、慌てた様子で立ち上がると、私が止める間もなく部屋から出て行った。
私は、そんな彼の様子に唖然としながらどうにか思考を巡らせ昨晩のことを思い出した。
パーティーの会場を後にし、屋敷に入ったはいいものの部屋が分からずたまたま入った部屋で殺人現場に居合せそこでアルベドと……
そこまで思い出して、あの時の恐怖が一気に戻ってきた。
足下に転がった赤い血を流す冷たい人、私にナイフを向け殺そうとしたアルベドの姿。それらが鮮明に浮かび、思い出し私は震える身体を両手で押さえた。寒気と目眩も遅れてやってくる。
そうして、暫くすると、数回のノックの後医師らしき人物がリースと共に部屋に入ってきた。
「……聖女様、顔色が悪いですが」
「ああ、えっと……混乱してるだけで。その痛いところとかは……ないです」
と、心配そうに私の顔色を伺う医者に私は今できる精一杯の笑顔を作って貼り付けた。
その後、簡単な診察を受け、特に問題が無いと告げられた。医師が退室した後、リースは心配そうな表情を私に向ける。政務やらなんやらあるだろうに、戻らなくていいのかと言ってしまいそうになったのだが、彼はそれらを後回しにして私を心配し見に来てくれているのだろうと察し、私はリースを見つめた。
長いまつげの下からのぞくルビーの瞳は、昔と変わらずとても綺麗だったが、不安げでいつもきりりとしている顔も何だか弱々しく見えた。
彼が……遥輝もそうだったが、彼がそんな顔をするのはあまりにも珍しく、私は思わず顔を背けた。
「具合は……」
「さっき、医者に診て貰った通りよ。大丈夫」
「だが、顔色が」
そう言って、私に近づき頬に触れようとした彼の手を私は反射的に払いのけてしまった。パシッと乾いた音が響き、一瞬の間が流れる。
驚いたような表情を浮かべた後、悲しげに笑う彼に胸が締め付けられる。
嫌だったわけじゃないと訂正しようとしたが、言葉が出ず私は俯いた。
そんな私を横目に彼は小さくため息をつくと、 椅子に座り直し私から視線を逸らすように窓の外を眺めた。
何を話せば良いか分からない沈黙が続き、私はどうしたものかと考えあぐねていた。
しかし、リースは一向に口を開こうとはせずただ外を見ているだけ。いや、私の事を気にして何も聞いてこない、話しかけてこないだけかも知れない。そう思うと、申し訳なくなり私は重い口を開き、彼に尋ねた。
「ここにいてイイの? 皇太子なんだから、仕事だって一杯あるはず……」
「お前が心配で手がつかない」
そう返してきたリースは、呆れたように笑った。さも当然であるかのようにいったが、リースは今皇位継承の危機でもある……多分、ゲームでもそうだったから。
なのに、公務をおろそかにしていいのかと私は言いたくなったが、心配で。の一言で私は何も言い返せなくなってしまった。
私が元気にならないことには、彼も仕事が手につかないだろう。
「そう……ごめん」
「何故謝る? 謝るのは俺の方なのに」
「……え、どうして?」
私は首を傾げた。
リースは何に対して謝っているというのだ。寧ろ助けてくれたんだから感謝こそすれど、謝罪される覚えはない。
すると、リースは私の方を向き直ると、真剣な眼差しで私を見据えた。
「お前を一人にしたこと。凄く後悔している」
「ああ……」
リースが頭を下げそうになった為、私は急いでそれを制した。
幾らリースでも、彼がどれだけ後悔の念に駆られていたとしても皇太子に頭を下げられたら、いや彼が頭を下げる必要も後悔する必要も何もない。
リース様は、私の理想の皇子様はそんなことで頭を下げてはいけない。
そんな思いと、単純にリース中身元彼であっても全く謝罪する意味すら持たないことに頭を下げられてはたまった物ではないと私は、彼を止めようと必死になった。
そして、なんとか彼の行動を止めた後、私はリースに告げた。
「アンタは悪くない。それに、私が一人でいいって言ったんだし……謝る必要はないんじゃない?」
「だが……結果的にお前を一人にして、危ない目に遭わせた」
「死んでないんだしいいじゃん」
そう言うと、彼は眉間にシワを寄せ不機嫌そうな顔を見せた。
そうして、ふと彼の握っている拳を見ると酷く震えているのが見えた。
死んでないからいい……なんて、口では言ったが正直思っていない。
きっと、あの日の出来事は一生脳裏から離れず悪夢として私を苦しめるだろうから。それに、あの日感じた恐怖は今でも気を抜くと襲い掛かってくる。それぐらい怖く、恐ろしく、強烈な出来事だった。
そう、下手したら死んでいたかも知れない。
私はヒロインじゃないから、死ぬ可能性だってある。そんなこと分かってるし、昨晩思い知らされた。
「俺がどれだけ心配したと……」
「別に、心配してなんて言ってない……あっ」
そこまで口に出して、私は自分の失言に気付き思わず手で口を覆った。
しかし、もう遅い。
私の言葉はしっかりと彼の耳に届いていた。彼は傷ついたような顔をした後、悲しげに笑い私を見た。
ピロロンと機械音と共に、頭上の好感度が下がる。
今すぐ、自分の口から出た失言の撤回と言い訳を考え彼に伝えなければならない。
私はいつも後先考えず発言して、そして相手を傷つける。友達がいないのはきっとそのせいだろう……と今更ながらに思った。
それに、別れたとは言え元彼だ。私が何もしてあげられなかった元彼……その上傷つけて。
「ごめん、違うの。違う……ごめんなさい、心配してくれてるのに、ほんと、ごめん…なさい……」
口から出るのはごめんなさいの言葉だけ。
肝心なことは何も言えず、目を見て話すことすら出来なかった。リースが今どんな表情を浮べ、私を見ているのか。怖くて確認すら出来ない。
また、暫くの間沈黙が続いたが、リースは溜息をつくと私に向かって手を差し出した。
完全に呆れられた……と思い私は彼を見上げる。すると彼は優しく微笑み、口を開いた。
しかしその言葉は、私の想像していたものとは全く違っていた。
「分かってる……お前のことぐらい。四年間……いや、付合う前からお前のこと見てきたから理解しているつもりだ」
そう言われて、私は驚きを隠せなかった。まさか、彼にこんなこと言われるとは思ってもいなかったから。
しかし、付合う前からずっととは?と同時に疑問が浮かんだ。
彼と話し始めたのは、付き合い始めたのは高校3年生からだ。それまで、彼の存在は知っていても話したことなど一度しかなかったのに……
「え、えと……えっと……」
「だが……さすがにさっきのは傷ついた」
私が彼の言葉に気を取られていると、リースはサラッと傷ついた。と一言私に告げた。
リースのその言葉で、更に罪悪感が増す。
そうだ、私は何であんなことを言ったんだろう。ただでさえオタクで人と接しず接した際には失言ばかりで、これ以上彼に対して不快な思いをさせてしまうなんて……最低過ぎる。
どうしよう、どうやって謝ればいいんだ。
「ごめ……その、本当は嬉しくて」
そう言いかけた時、部屋の扉が開き何人かの騎士らしき人達が部屋に入ってきた。
何事かと身を乗り出してみると、騎士の一人と目が合った。
「失礼します。ウンターヴェルト男爵の事について、聖女様にいくつかお聞きしたいことがありまして」