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「あのう、あれは何でしょうか」
薄黄の、ショートボブのような髪型をした
少年がおずおずとたずねる。
チエゴ国・王都エタート―――
フェンリルのルクセントに与えられた屋敷。
そこへ元の持ち主である侯爵家、その現当主の
ノルト・ダシュト様が来ていたのだが……
中庭にいる二十頭ほどの牛や山羊の群れを見て
困惑していた。
「紹介して頂いた一団から、乳の出る牛や山羊を
融通してもらったのです」
「あ、あれがそうなんですか!?
しかし、それらがどうしてここに」
まあ彼の疑問はもっともだろう。
返却予定である屋敷に、見た事も無い動物が
たくさんいるんだから……
「シンの話だと、アレ飼えるみたいなんだよね。
そしたら、いつでもあの乳製品が食べられるし」
「まあ、ここは一時的に貸してもらっている
だけじゃ。
邪魔になるようなら、ウィンベル王国へ
帰国する際、持っていくからのう」
「ピュー」
私の家族―――
アジアンティストの黒髪セミロングの妻と、
ロングの黒髪をした、対照的に掘りの深い
顔の妻が、ドラゴンの子供と共に話に入ってくる。
「か、飼えるんですかあれ?」
「私の故郷では、酪農と言って普通に
飼われていましたね。
今、交易先の人にも何人か来てもらって、
世話の仕方も教えてもらっているんです。
ダシュト家の料理人のみなさんも学んで
いますので、大丈夫かと」
放牧・狩猟を主とする彼らから―――
ビッグホーン三頭のお礼にと、牛のペア3組、
山羊のペア3組、さらにその子供たちをもらい……
何回か往復してここに移動させた。
そこへ、荷物を移動をさせていた侯爵家の
人間とノルト様が訪れ―――
この機会に説明させてもらう事にしたのである。
「ノルト様!」
ダシュト侯爵家の料理長が姿を現し、
彼に一礼する。
「料理長も来ていたのか。
あの動物の世話は大丈夫そうか?」
「そうですね。
手間も思ったよりかかりませんし。
もし御許可頂ければ、シン殿が作られたような
料理を、いつでも食べて頂く事が出来ます」
あくまでも一時的にここを貸してもらっている
だけなので―――
当主が『ウン』と言わなければ、話はここまで
なのだが……
少年は両目を閉じて悩み始め、
「でも、匂いが……」
そこに荒々しい獣臭がただよってくる。
動物だし、その匂いはやはり強烈だ。
ドラゴンや魔狼、ワイバーンのように
お風呂に入ってもらう事も出来ないし。
「まあ、今はねー」
「きちんと体を洗ってやれば、抑えられると
思うがのう」
「ピュピュ~」
家族たちが擁護するように話すが、彼の表情は
複雑なままだ。
やっと帰って来られると思ったら家畜付き……
そりゃ思うところはあるだろう。
「はは……
まあ、もしダメでしたら全て持って
行きますから。
あと料理長さん。
今日の分の乳は取れましたか?」
「は、はい。
それを持って今日は帰ろうかと」
アラフィフの男性は、気まずいのか話を
切り上げようとするが、
「少々お待ち頂けますか?
それを使ってまた新しい料理を作ろうと
思いますので―――
それをノルト様のご両親にも」
「えっ?
あ、ありがとうございます」
こうして、当主様にはしばらく待ってもらう
事にして―――
私は家族・料理長と共に厨房へと向かった。
「さてと……
じゃあルクレさんとお母さんも見ていて
ください」
厨房には料理人たちに加え、新たに長い
シルバーのストレートヘアーをした、
狐目・狐耳の女性と―――
獣人族特有の犬耳と、黒髪ロングの女性が
参加していた。
「ウチもやるでー!
ティーダにご馳走するんやー!!」
「頑張りましょう、ルクレセント様」
気合いを入れるフェンリルの女性を前に、
料理教室はスタートした。
「おおー、ドロドロしてきた?」
「果汁を加えるとこんなふうになるのか」
「ピュッピュッ」
一度沸騰させて殺菌し、冷やした牛乳……
それに火にかけて沸騰寸前で止め―――
そこに柑橘系の果汁を入れる。
弱火にしてかき混ぜる事1分程度で、
ボロボロした塊が分離・浮かんでくる。
それをザルなどで濾し、固形部分だけを
取り出すと……
「これは……何とも不思議な」
料理長がまじまじと出来たそれを見つめる。
氷水で容器ごと冷やした後、今度は形を
整えるようにしてまとめ……
「これで完成です。
もう一度ザルで濾してまとめ、さらに
冷やすと美味しく頂けます」
出来上がった、白いおにぎり大の一塊。
これは、カッテージチーズもどきである。
本来なら発酵して作るのだが……
その発酵の元となる物質はある。
子牛・子山羊の胃の中に。
両方いる。いるけど。出来るけど―――
無理。
メルとアルテリーゼも全力で拒否するだろう。
なのでこの形に落ち着いた。
まあ蘇という、牛乳を煮詰めて煮込んで
煮まくって作る昔のチーズもあるけど……
あれも発酵させていないので、厳密にはチーズと
呼べないらしい。
ただ今作っているものもそうだが、
牛乳が元となっているので栄養価は段違い、
さらに3日程度なら保存も効く。
こうして完成したチーズもどきを持って、
ノルト様、ティーダ君の待つ応接室へと
向かった。
「味がかなり濃厚ですね。
匂いもありますが、嫌なものではありません」
まずは侯爵家当主が口に運び、
「ほんのりと甘く酸っぱい……!
これが動物の乳から出来ているのですか」
褐色肌・黒髪犬耳の少年が感想を口にする。
取り敢えず好感触のようでホッと胸をなでおろし、
「沸騰させれば安全に使えます。
いろいろと使い道はありますので―――」
「……そ、そうですね」
ノルト様はふぃっと軽く目を反らす。
うーん、これはここに牛や山羊を置くのは
難しそうだな……
特に貴族階級として生きてきた人間に、あの
匂いはかなりくるだろう。
ましてや、具合の悪い母親もいる事だし。
「(……ん? そういえばお母さんが……)」
そこで私はある考えにたどり着き―――
チーズもどきを手に取りながら、
「まあ、公都に持ち帰ったらまずは、
パックさんに見せてみるかな」
独り言のようにつぶやくと、妻たちが反応し、
「パックさんに?」
「研究対象としてか?」
「ピュ?」
聞き返してくる家族に対し、私は周囲に
説明するように語る。
「もともとこれは、薬の代わりになるくらい
高い栄養があると言われているんです。
病人や病弱な人間がこれを食べて、
良くなったというのは故郷ではよく聞く
話でして」
ハッとなって、侯爵家の当主の少年が頭を上げる。
お母さん、明らかに夏バテだったし辛そうだった
からなあ……
「そ、それなら母上も……!
シン殿、是非ともお願い―――」
そう彼が答えそうになったところで、
「ン? 誰か体が悪い人でもおるん?
そんじゃ直接パックさんに診てもらった方が
良くない?」
ルクレさんが火の玉ストレートで切り込んできた。
いやまあ、確かに前侯爵夫人の事を考えれば、
それが一番ベストな解決策なんだが……
別段そこまで緊急という状態でも無いし、
単なる夏バテだと思うし。
そもそも本題はチエゴ国にも酪農を根付かせ
たかったというのが―――
微妙な空気になる中、当人はキョトンとして、
「なんかウチ、変な事言った?」
「いえ、何も変な事は」
ティーダ君も彼女の疑問を否定し、
「パックさん、シャンタルの夫やろ?
アルテリーゼと同じドラゴンの―――
多分ウィンベル王国では、一番腕のいい
お医者さんや。
知り合いだし、何ならウチが話通すで?」
「え? え?
あ……ハイ。お願いします」
あれよあれよという間に、母親を他国の
医者に診せる事が決定し―――
ノルト様は話をそのまま了承した。
話は一段落し、当初の酪農の件は引っ込めて
帰ろうかと思っていると、侯爵家の当主が
改めてこちらの方を向き、
「あの、シン殿」
「?? ハイ、何でしょうか」
「牛や山羊の件は―――
ボクの方から父に説明しておきますので。
それでよろしいでしょうか」
最後の最後でノルト様が空気を読み……
今後の事を少し詰めて、話し合いは終了した。
「じゃあ、家畜の運搬はワイバーンの
皆様にお願いします。
留学組の皆さまは一度集まってください。
今回、ルクレさんとティーダ君……
それに他2名ほど新たに参加しますので」
数日後……
正確にはチエゴ国に着いてから一週間目の日。
アルテリーゼの乗客箱で各地を回り―――
留学生たちを乗せて、ルクレさんの屋敷に
集まっていた。
家財の運び入れはほぼ終わり、後は細かな
物だけが残っている状態で……
そんな中、応接室に皆、集合してもらう事に
したのだが―――
「??」
「どなた……でしょうか」
応接室に入ると―――
ルクレセントさんとティーダ母子の他、
留学組が、初めて顔合わせするであろう、
貴族らしき母と子に目を向ける。
すると息子の方から、意を決したかのように
口を開き、
「ダシュト侯爵家現当主―――
ノルト、と申します」
「先代侯爵夫人でありノルトの母、ルイーズと
申します。
ウィンベル王国へ同行させて頂く事に
なりました。
よろしくお願いします」
二人が一礼すると同時に、室内の空気がサッと
変わる。
前侯爵―――
クルズネフ・ダシュトと留学組は面識がある。
それも最悪の印象で。
(■97話 はじめての あんぜんかくほ参照)
「え、ええと……
今回、彼も留学する事になりまして」
私は話しながら彼らの様子を伺う。
アンナ伯爵令嬢が奥二重の丸い目を狭め……
他の子たちも一瞬、警戒した態度を見せるが、
フゥ、と一人がため息をついた後―――
「よろしくお願いいたします、侯爵様」
彼女がうやうやしく頭を下げると、横にいた
青みがかった短髪の少年、それに赤茶の髪と
ふさふさした尻尾を持つ獣人族の少年も続き、
他の一同も、何事も無かったかのように
頭を下げた。
「あ、あれ?」
「それでいいのか?」
「ピュウ?」
同行していた家族も、あっさりとした態度の
留学組に拍子抜けするが、
「シンさんの事ですから―――
何か事情がおありになるのでしょう。
それはそれとして……」
「あの公都で揉まれまくりましたから。
もう、たいていの事は動じないと言うか、
気にならないと言いますか……」
ムサシ君とイリス君が苦笑しながら答え、
「それに、シンさんが了承しているので
あれば―――
何も問題は無いかと」
こうして、侯爵家の母子の緊張は解け……
改めて事情を説明する事になった。
「なるほど……
元々ここはダシュト侯爵家の土地・お屋敷で、
ルクレセント様の意向で返還する事になったと」
「交換という形でだけどね。
まあ、ウチもここは広過ぎると思ってたし」
「人間のお姿ですと、どうしても」
イリス君がルクレさん・ティーダ君と
会話を交わし、
「夏バテですか。
ウィンベル王国はここより南ですけど―――
あそこは暑さ対策はバッチリですからね。
パック先生も名医ですし、心配なさる事は
ないかと思います」
アンナ・ミエリツィア伯爵令嬢が、
やや熱く語り……
「国外なんて出た事ありませんから、
不安だったんですけど……
精霊様の他に―――
魔狼や他の種族、その子供たちも
いるんですか。
会うのがとても楽しみです」
ルイーズ様も笑顔で話に聞き入る。
他も和気あいあいとした雰囲気で―――
情報共有がてら語り合っていた。
「しかし、またシンさん新しい料理を……!」
「メレンゲとは違うこの食感―――
これは公都でもウケますよぉ~!!」
この機会に、留学組にも乳製品を味わって
もらおうとお披露目したのだが、こちらも
好評のようだ。
「取り敢えずダシュト侯爵家でも、牛と山羊1組、
その子供を育てる事にしました。
他2組ずつ―――
それにその子供たちは、このままシンさんが
公都に持ち帰る予定です」
ノルト様が補足するように語る。
あの後、話を詰め―――
侯爵家を中心に酪農を進めてみる事と、
また今まで交易をしてきた北方の一団とは、
そのまま取引きをキープし、
出来れば牛と山羊の入手先としても押さえて
おく事、
ノルト様は公都へ行くので……
彼の父であるクルズネフ様が当主代理として、
当面、留守を預かる事になる事などを
聞かされていた。
ちなみに北方の、放牧や狩猟を行っている
一団だが……
牛や山羊を提供して、
『今後の交易に不安は無いのか?』
と確認してみたところ、
彼らの他にも同じような一団は複数あり、
今回のドラゴン様から獲物を下賜されたと
いうのは、他の一団に対してアドバンテージに
なるらしく、
決して損になる事は無い―――
というような答えが返ってきていた。
「公都に戻ったら、さっそくこれの作り方を
覚えなくちゃ」
留学組の一人が、さっそく新料理の獲得に
意気込む。
「えーと……
説明が遅れましたが、今出ているパンケーキと
プリン―――
クリームのフルーツ盛り合わせを作ったのは、
ノルト様だったりします」
元々は印象改善のために彼に作らせたのだが、
留学組が思ったよりもあっさりと彼を受け入れた
ため、あえて話す事も無いと思ったが―――
一応明かしてみると、
「ホントですかー!?」
「すげぇ! ノルト様すげぇ!!」
「侯爵様の手料理……!
王家に献上出来ますわよ」
主に甘味好きの女子から称賛の声が上がり、
羨望の視線が侯爵家当主に向けられる。
こうして公都『ヤマト』への帰還を前に―――
留学組と新たに追加で入ったメンバーの顔合わせは
無事に終わった。
「どうでしたか?
久しぶりの実家は―――」
「私は一度、ムサシ君と里帰りしてますので、
そこまで久しぶりという感覚では無かった
ですが……
ムサシ君と私の家族とで顔合わせして、
結構盛り上がりました」
公都行きの『乗客箱』の中で―――
自然と留学組の代表っぽくなったアンナ嬢から、
帰郷の様子を聞く。
「そういえば、ムサシ君の家族は全員、
人間の姿になれるんだっけ」
『すっかり家族ぐるみのお付き合いが
出来ておるのう』
「ピュ~」
伝声管を通して、アルテリーゼも会話に
参加する。
「他の方々は……」
『乗客箱』の中を見渡すと、
「あの風魔法の魔導具―――
すっごく喜ばれましたー!!」
「ソーメンは奪い合いになりました」
「『帰ってこなくていいから、領地にどんどん
物送って』って言われました……」
うーむ。
まあ、お土産に関しては好評のようで何より。
こうして私と留学組一行は途中、ナルガ辺境伯家に
立ち寄った後……
公都『ヤマト』へ帰ったのだった。
「おう、お疲れさん」
「どうもです」
白髪交じりの、体に比べ顔は精悍な
アラフィフの男が労いの言葉をかけてくる。
公都に戻って―――
私は、ギルド支部・支部長室でギルド長と
対峙していた。
留学組の無事帰還と、ノルト・ダシュト侯爵、
そしてその母が追加として来た事、
ここに来る前にそのノルト様の母、ルイーズ様を
パック夫妻の病院に案内し、
また、乳製品確保のため……
牛と山羊を持ち帰ったことなどを報告した。
「動物を飼うのはいいんですけど、
どこで飼うッスか?」
褐色肌・黒い短髪の―――
ちょっとアウトサイダーっぽい感じの
長身の青年が質問してくる。
「今のところは私が住んでいる西側地区の南、
魚や貝、鳥を扱うエリアに運び入れてあります」
「シンさんの言う通り、動物や魚を専門に扱う
エリアを作っておいて良かったです」
レイド君の妻―――
ライトグリーンのショートヘアを持つ、
丸眼鏡・タヌキ顔タイプの女性が続く。
「しっかし、動物の乳ねえ……
生臭くはねえのか?」
「まあそれは、食べてみてからの
お楽しみという事で」
ジャンさんが訝しげに話し、私が苦笑して返す。
と、そこにノックが聞こえ、
「支部長、お客様が―――」
「シンー、いるー?」
「ご注文の品、届けに上がったぞ」
「ピュー」
職員の声と一緒に家族の声が聞こえ、
料理と共に迎え入れた。
「これは―――
見た目もすげェが」
支部長がスプーンですくいながら話し、
「いや、これ……
絶対チビたち喜ぶッスよ!」
レイド君が食べながら感想を口にし、
「まだこんな物があったんですね!
これはスイーツの革命ですよぉ~♪」
ミリアさんが満面の笑顔でそれを頬張る。
クリームが出来る事はわかったので―――
今度はそれを、フルーツパフェ風にしてみたのだ。
出来たクリームを動物の皮袋に入れて、
星型に切った口から絞り出す。
そうする事で、かなり本格的なクリームの形に
近付ける事が出来……
見た目もそれなりなパフェを再現出来たのである。
しかし気の毒なのは、それを見せつけられている
女性職員で―――
そもそも今の分は、チエゴ国から持ってきた
分しかなく、とても大量には作れなかったのだ。
するとメル・アルテリーゼが、
「これ、職員で分けてー」
「今回はこれでガマンせい」
「ピュ!」
ミニカップのような容器を10個ほど、
トレーに載せて女性職員に差し出した。
「それは?」
私の質問に妻二人はイタズラっぽく微笑み、
「プリン作って、その上にちょこんと
クリームだけ載っけてみた」
「プリンはいつものじゃが、これなら
クリームも分配出来ると思ってな」
彼女たちの差し入れに、職員は頭を深く下げ、
「ありがとうございます~!!
さっそくみんなに配ってきます!!」
彼女は退室し―――
後にはいつものメンバーが残され、
雑談がてら情報共有がなされた。
翌日……
「ルイーズ様のお体を診ましたが……
単なる夏バテかと」
「この公都で十分な栄養と休息を取っていれば、
直に治ると思います」
中性的な細面と長髪を持つ薬師と、夫よりも長い
シルバーの長髪を持つ、女医といった感じの妻が
報告がてら説明する。
公都『ヤマト』、西側地区の南側―――
貝や魚、卵用の魔物鳥『プルラン』を飼育する
エリアで、私はパック夫妻と会っていた。
「ありがとうございます。
それで―――
あちらにいるのが乳製品の元となる、牛と山羊
なんですけど」
簡易的に立てられた柵で仕切られた土地、
その中にいる家畜を指さしながら話す。
ちなみに家畜がいる場所は、魔物鳥『プルラン』を
食肉用として各地に分散させた時に余った土地で、
魚の完全養殖用の水路も別の場所に作ったので、
再利用としてはちょうど良かった。
「野生動物にしては、匂いもあまりありませんし」
「ちゃんと体を洗ってあげていますからね」
パックさんの質問に、私は満足気な笑顔を向ける。
人間のような匂い対策は出来ないものの、それでも
毎日お世話して清潔にしていれば、それなりに
抑えられる。
そして何より―――
「あと少し汚い話になるんですが、思ったよりも
排泄しないんですよね」
「そうなんですか?」
シャンタルさんはきょとんとして返してきた。
実際、今この公都にはラミア族や魔狼、
ワイバーンといった亜人・別種族がいるのだが……
トイレ問題で悩んだ事があるので、
そちらの事情には詳しくなっていた。
わかった事は、どんな巨大な生物も大人に
なっていた場合―――
排泄の量はむしろ抑えられていたという事。
これは恐らく、魔力が関係しているのだろう。
この異世界で初めて会ったジャイアント・ボーアも
そうだけど……
まずあの巨体を維持出来るほどの生態系は、
あの森には無いと分析。
人間と同じく、大人になってからは魔力でその体を
維持し、また食料も地球と比べれば比較にならない
くらいの量で十分という結論に至った。
食べる量が少ないという事は、出る分もそれなりの
量だという事で―――
そこについては安堵していたのである。
「しかし乳製品ですか。
確かに栄養価は高そうですね」
「わかりますか?」
パックさんの言葉に思わず聞き返す。
「子供を育てるためのものですから―――
子供に必要な分が全て揃っている、と考えるのが
妥当でしょう」
「そういう事でしたら確かに、栄養としては
申し分ないですね」
夫婦で推測しながら話し合う。
学者肌だからか、さすがにそのあたりの理解は
早いようだ。
「そういえば、酪農というかそういう事は、
この世界でも行われていたんでしょうか」
するとパック夫妻は考え込み、
「北方で、そういう事を行う勢力や集団が
いるという事は聞いた事がありました。
しかし何分、国外の事ですし本や見聞きした
だけの知識です」
「動物の群れと一緒に移動する人間の集団
ですよね?
何度か空から見かけた事はありますが、
そういう場合はたいてい逃げ惑うばかり
でして―――」
「それは何と言うか……」
どんな顔をしたらいいかわからなかったが、
気を取り直して、
「で、では―――
記録や研究の方をお願いします」
何とか本題を夫妻に頼むと、
「お任せください」
「乳製品もそうですが、家畜も研究対象として
いいんですよね?」
パックさん・シャンタルさんの聞き返しに、
「もちろんです。
あ、でも解剖とかはやめてくださいね」
私は冗談っぽく笑ったが、
「え~……」
「え~……」
と、残念そうな声を出す二人。
「いやあの、殺す方法ではない方向で」
「大丈夫です!
死んでいない限り生き返らせる事が
出来ますから!」
「パック君の治癒魔法なら全然いけます!」
私の言葉に即答する二人。
おかしいな、こんなキャラだっけ?
と思っていると―――
「こちらも冗談ですって、冗談」
「シン殿の冗談に返しただけですよ」
パック夫妻は意地悪そうに笑い合った。
「あー……良かった。
では私はこれで……
次、果実・各種野菜のエリアに呼ばれて
いますので」
こうして私は夫妻と別れ―――
今度は西地区の北エリアへ向かう事となった。
その際、背後で二人の話し声で……
『ちょっと個体数が足りないよね』
『ええ、この数だと失敗出来ませんから』
と聞こえて来たのは気のせいだと思う事にした。
「ダンダーさん!
それにボーロさんも」
目的地に到着すると、そこには―――
私を呼んだ人物が立っていた。
「おお、シンさん」
「お久しぶりですだ」
歴戦の古傷といった痕が目立つ老人と、
体形から熊タイプと思われる、ブラウンの短髪の
獣人族が手を振って出迎えてくれて、
「さっそくで悪いのじゃが……
その目で見てもらった方が早いじゃろう」
「そうだべな。
では、シンさんこちらへ」
そう言って二人に案内された先は、
「こ、これは……」
一見して、白い花のお花畑のような光景が
目の前に広がっていた。
「あ、シンさん」
そこへ、緑色のサラサラした髪をなびかせ、
濃いエメラルドの瞳を持つ、中性的な
10才くらいのが少年が―――
山猫に馬のように乗って歩み寄る。
「土精霊―――
今回の件、ありがとうございます」
「いえ、ボクの出来る事でしたら何でも。
でもこれは何に使うのですか?」
これは、ボーロさんが香辛料と同時に
採集してくれた綿だ。
(■113話 はじめての かれー参照)
一面に咲き誇るように実を付けた綿花を見ながら、
私は彼らに説明し始めようとしたところ……
急に綿花畑の中に、縦に長い楕円形のような光が
形どられ―――
「な、なんじゃ!?」
ダンダーさんが身構え、
「ま、魔力だべ!
それもすさまじい……!」
「この膨大な魔力は……!?」
ボーロさんと土精霊様も、突然の事態に
うろたえる。
私たちが見守る前で、その光の中から
白と金の中間の色をした長髪に、エルフのような
長い耳をした、17,8歳と思える外見の少女が
現れ―――
「……魔王・マギアの復活は確認しました。
このフィリシュタ、魔界より―――
今再び地上の覇権を賭け、千年の時を経て
舞い戻ってきました」
何やらぶっそうな事を言っているが、
マギア様の名前を知っているという事は、
彼の関係者っぽいが……
すると彼女はこちらに気付いたのか、私たちの
方へと視線をよこし、
「今この時を以て、あなたたちの平穏は
崩れ去りました。
今度こそ、魔王・マギアを退け、人間界を全て
我が手中に収め―――
魔界王『フィリシュタ』によって、この世の
全ては支配されるのです」
魔族の関係者ではあるものの、あまり良い仲では
無いっぽいなあ。
私は彼女の方へ手を振って、
「あのー、魔王・マギア様なら確かにこちらに
いらっしゃいますが……
よろしければ案内しましょうか?」
私の提案に、魔界王『フィリシュタ』とやらは
うなずき、
「よい心がけです。
ふむ、中には私に仕えるにふさわしい、
美麗な精霊もいるようですね。
気に入りました。
ここは滅びの運命から外して差し上げましょう」
綿花畑から出て来た彼女に、私は小声でそっと、
「(魔界王が魔法を使うなど―――
・・・・・
あり得ない)」
と、彼女限定で魔法を無効化させ、次に
ダンダーさん、ボーロさんの方へ振り向き、
「(ホラ、あの……
最近特に暑さがぶり返してましたから)」
「(ああ、熱射病でおかしな事を口走っている
可能性があるのう)」
「(だ、大丈夫だべか?)」
人間の40代と60代、そして獣人族の
アラサーの男はヒソヒソと話し合い、
「(とにかく、刺激しないように私が公都の
中央まで連れていきますので。
どうもマギア様の知り合いっぽいですし。
後でメルとアルテリーゼを呼んできますので、
ここでまた変な人が来ないか、見張っていて
ください)」
そして今度は土精霊様を呼んで、
「(あと何か、土精霊様を気に入っている
ようですので、同行願えますか?
魔法は無効化させたので危険は無いかと)」
「(わ、わかりました)」
こうして私と土精霊様は、魔界王とやらを連れ……
魔王・マギア様の下へと案内する事になった。