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「うまい! 辛い! 熱い!
でもうまい!!
あっマヨネーズとタルタルソース?
というのも追加でお願いします」
冒険者ギルド・支部長室で―――
ストレートの金髪ロングの、エルフっぽい女性が、
グリーンの髪とエメラルドの瞳を持つ少年が
給仕を行うのを満足そうに眺めつつ、
様々な料理を頬張りながら調味料を注文する。
これほどまでに残念美人という言葉がピッタリな
人も、そうそういないだろう。
同室には土精霊様の他に、ご指名である……
外見は5・6才の少年、ベージュのような
薄い黄色の髪を撒き毛にし、涼し気な目をした
魔王・マギア様が―――
そして配下の四人の魔族が控えていた。
そして私とこの部屋の主であるジャンさんも、
状況を把握するために同席していたのである。
ちなみにレイド夫妻は例の綿花畑を、私の妻
二人と共に見張りに行ってもらっている。
「ムグムグ……
しかし、本当にアンタが魔王・マギアなの?」
「だからそう言っておる。
余が魔王・マギアだ」
対峙しながら二人は語り合う。
「しかしビビったわー。
もう結婚して子供もいるのかと思った」
「余は未だに独身だ」
扉側のソファーに魔界王『フィリシュタ』さんが、
その正面に魔王・マギア様が―――
それとは対照的に左右に私とギルド長が座り、
両側の壁際にイスティールさんとオルディラさん、
そしてノイクリフさんとグラキノスさんが両手を
後ろに回して、監視するように立っていた。
そして魔王マギア様と魔族の方の現状説明は
終わり、魔界王とやらの事情聴取に入って
いたのだが―――
「それでいったい何をしに来たのだ?
まさか600年も前の事を蒸し返しに来た
わけではあるまい?」
「600年前?」
白髪交じりで眼光の鋭いアラフィフの男が、
一つのワードを聞き返す。
「何言ってんのよ!
モグモグ。
あの時はねー!
ムグムグ。
痛み分けだったでしょ!
負けてはいないんだから!!
ゴクゴク」
飲み食いしながら、フィリシュタさんが反論する。
「ああ……」
「ていうか本当にそのために来たんですか」
パープルの髪をやや外ハネにし、ミディアムボブに
した、モデルのように目鼻立ちがクッキリとした
女性と―――
もう一人の女性、漆黒の肌と対照的なロングの
白髪を持つ魔族が、ため息をつく。
「まだ諦めてなかったのかよ」
「ある意味、その執念深さには脱帽します」
短い茶髪の細マッチョといった感じの青年と、
細長いタイプの眼鏡をかけた、青みがかった
短髪を持つ、執事といった雰囲気を持つ
魔族男性陣が眉間にシワを寄せる。
「……600年も前に、何があったんですか?
それに前は確か千年前だと」
私がおずおずとたずねると、
「んー?
あ、千年前って言ったのはそっちの方が
カッコいいかと思って。
まあそんなにたいした事じゃないんだけどね。
アタシ、その頃に魔界を征服し終わったんで、
地上もついでにと思ったのよ」
微妙な空気が室内に流れる中、彼女は話を続け、
「そしたらさあ。
魔界のどこに隠れていたのか、マギアを始め
そこにいる連中がやって来て……
地上進出を止めに来たのよ。
そんで魔界に押し戻されちゃいました☆
あん時ゃマジで焦ったわー」
「そういえばあの時、我らも地上に降りたので
あったな」
さらりと人類の危機であった事を聞いて、私も
ジャンさんも複雑な表情になる。
「つまり―――
魔王・マギア様を始めとした魔族の方々が、
地上の危機を救ったと……」
フゥ、と幼い外見の魔王は一息ついて、
「あの時の人間たちは、今ほどまとまった国も
無かったし。
我らの加勢が無ければなす術なく滅んでいたで
あろう」
「……なぜ人間の味方を?」
ギルド長の質問に、彼はチラリと魔界王と自称する
女性に視線を向ける。
「格調高く言えば―――
弱者を一方的に屠るその姿勢が、余の美学に
反していたからだが……
多分、心のどこかで同郷の者として、
『ヨソに迷惑かけるな』という気持ちも
あったのかも知れぬ」
※■真実は往々にしてみみっちいものである―――
「何それー!?
そんな理由でアタシの地上進出を
邪魔したの!?」
「ならば聞くが、どうして地上を欲した?
人間たちを支配した後どうするつもりだった?
その後の計画は?
魔界との関係性はどのように?
文化や風習の差は考えていたか?」
するとフィリシュタさんは頭を抱え、
「ちょっと待って。
そんないっぺんにいろいろ言われても」
「……まず、どうして地上を支配しようと
したのか聞きたい」
やや疲れたような顔をしてマギア様が
会話を続行する。
「だって魔界は支配したしー。
それで新しく地上ってところがあるって
聞いたので」
「地上を支配した後は?」
魔界王の彼女に魔王は次々と質問を重ね、
「えっと、ホラ……アレよアレ。
アタシの支配下でなんかこういろいろとね?」
『絶対何も考えてないな』という共通認識が、
彼女以外の人間と魔族と精霊の間で成される。
魔王・マギア様はこちらへ振り向き、
「まあ、こんな感じなのだ。
良い悪いではなく、魔族にはこういった種の者が
多くてな……」
困ったような諦めのような表情で幼い外見の
彼は語る。
「暴走するトップと―――
それを止めるストッパー役ですか。
どこの世界にも、似たような構図は
あるんですね……」
「それで今さら地上に再侵攻ってか?」
私の後に、ジャンさんが話を本題に戻らせる。
「いやそれなんだけどね。
何かアタシ、魔法が使えなくなってんのよ。
魔力はあるっぽいんだけど―――」
「ああ、シンが無効化させたからな。
何やらぶっそうな事を話していたみたいだし」
ジャンさんの言葉に、フィリシュタさんは
料理を食べる手を止め、
「……は?」
「そういう事だ。
そこにいる御仁はこの世界の魔力・魔法を
否定・無効化させる力を持つ」
この支部長室に彼女を案内したのは、
そういう事である。
魔王・マギア様の旧知であるし―――
魔法は無効化させたので、彼と会って話をして
もらい、
安全であるかどうか、敵対意思を捨ててくれるか
経緯を見守る事にしたのである。
「マジで何してくれてんのー!?
これじゃ地上侵攻出来ないじゃない!」
「それをさせないために無効化させたんです。
敵対しないというのであれば、解除して
差し上げますよ」
すると彼女は片手で顔を覆うようにして、
「クックック……!
だが甘い!
今食べたデザートよりもさらに甘い!」
「ちなみにそれ、シンさんが作ったものですよ」
「マジで!?
何者なのアンタ!」
イスティールさんのツッコミに律儀に答える
魔界王。
「それより―――
甘いというのはどういう事だ?」
ノイクリフさんが意味を問い質すと、
表情を不敵な笑みに戻して、
「アタシが魔界から通ってきたゲート……!
あれはマギアの魔力を辿って作ったもの。
本来ならアタシが脅威を排除した後、
こちら側からさらにゲートの幅を広げ、
魔界から軍を連れて来る予定だったのよ。
今は1人か2人しか通れないけど、
時間をかければ……!」
そこでオルディラさんとグラキノスさんが
顔を見合わせ、
「……確かあの場所、アルテリーゼさんが
見張っていませんでしたっけ?」
「魔界王である貴女ならともかく―――
ドラゴンに匹敵する強さの者が、他に
いるんですか?」
「え? 何それ怖い」
次々と指摘される事実に、彼女はなおも反発し、
「ま、まあ、ホラ。
そのドラゴンとはうまく交渉してかわして、
共闘とか持ち掛けてね?
敵対しなければ部下だって―――」
「そのドラゴンの夫がそこにいるシンなんだが」
「おうふぅ♪」
ギルド長から即座に対案を否定され、
フィリシュタさんは奇妙な声を上げる。
彼女は片手を挙げて、
「ちょっと待ってね。
状況を整理させて?
最高戦力であるアタシの魔法は封じられて、
ゲートを広げる事は出来ず、
人数的にはまだ魔界にたくさんいるけど、
少人数しか通れない状態で、通ったところで
ドラゴンが待ち構えている……」
そこでしばらく沈黙の時間が訪れ―――
「あれェ?
これ、詰んでない?」
「気付くのが遅過ぎる、バカ者。
そもそもお前が封じられている時点で、
勝ち目などなかろうが」
やれやれ、というようにマギア様が両目を閉じ、
「こう言っては何ですが、シンさんに出会った
時点で詰みかと」
話の邪魔にならないよう、部屋の片隅に
移動していた土精霊様も同意する。
すると彼女は両腕を組んでソファに座り直し、
「ええい!
アタシも魔界王!!
こうなりゃ煮るなり焼くなり―――
好きにするがいい!!」
「シン、ついでに魔力も無効化してやれ」
「あ、ごめんなさい今のやっぱ無しで」
ジャンさんの言葉に深々と頭を下げ―――
ようやく場は落ち着きを取り戻した。
「ははあ別世界の?
ほほう神の手違いでこの世界へ?
って誰が信じるっちゅーねん!!
……と言いたいところだけど、現に魔法が
無効化されているしなー」
フィリシュタさんに事情を説明し、彼女とも
私の能力の秘密を『共有』する。
あっさり秘密をバラしたのは―――
彼女が組織のトップである事、
中途半端に情報を隠すのではなく、全て話して
おいた方が、『こちらには絶対に勝てない』と
正確に判断してもらうためである。
「私としては、敵対しないと約束して頂ければ、
無効化を解きますけど」
「ホント!?
じゃあ、そこの超絶美形の精霊1人で
手を打っても―――
あ、ウソですごめんなさいだからそこの
オジさま怖い顔しないで」
強面のギルド長がさらにすごむと本当に
怖いからなあ……
「しかし、こう言っては何ですが―――
フィリシュタさんの指示で、軍や部下は納得
しますか?」
「そのヘンは大丈夫だと思うよ。
このアタシが魔界の支配者だからね。
徹底した実力主義だし、上の言う事には
絶対逆らわないから」
魔王・マギア様を始め―――
魔族の方々がウンウンとうなずく。
「それに、地上にこんな美味しい物があると
知ったら、攻め滅ぼそうなんて考えないと
思うわ。
いつの間に人間は、こんな料理を考え
出したんだか」
「付け加えますと、さきほどのデザートは
元より―――
貴女が食べた料理はほとんど、シンさんが
別世界から持ち込んだ物ですからね」
魔界王は目を大きく見開き、
「ウッソマジで!?」
「ははは……
今ここを中心に、周辺各国にも広めています。
だから戦争になったり、攻められたりするのは
困るなあ、と」
私の言葉を聞いた後に、マギア様がその小さな
体をテーブルの上に乗り出させ、
「今、我らは―――
それらを元に人間と交易をしておる。
魔界も考えてみぬか?
そのためなら余も力添えしてやるぞ。
シン殿の料理、毎日食べてみたいと思わぬか?」
「ぐぬぬぬぬ……
それはなかなか魅力的な提案―――
部下たちも実際に食べてみれば、
納得するだろうし」
その言葉を聞いた魔界王は、ふと正面の魔王に
目をやり、
「ん? ならば―――
魔王マギア、アンタ今でも独身って
言ってたよね?」
「そうだが?
確かに余はまだ妻帯した事はないが」
意図が読めずに彼は聞き返す。
「それじゃーさ!
このアタシと結婚なんてどーよ?」
フィリシュタさんが軽いノリで話すと同時に、
瞬時にイスティールさん、オルディラさんが
マギア様の両端に密着し―――
「いきなり何言っているんですかー!!」
「そうですよ!
どこからそういう話に!?」
二人の抗議にも似た声に対し彼女は、
「いやーだってさ?
すでに地上に拠点を構え、人間と交易を
行っている魔族の集団がいるじゃん?
そこと組むのであれば婚姻が一番
手っ取り早いじゃない?
幸い、アタシもまだ独身だし。
つーわけで結婚とかどうよっ?」
確かに人間世界でも、勢力や同盟を増やしたい時に
縁続きにするため、結婚はよくある手段だが……
「気軽に申すな。
そんな、『夕食は何にするか』のような感覚で
決められてはかなわん。
それに第一、余とそなたは敵対していたで
あろうが」
正論で返す少年の外見の魔王に、両隣りに来た
女性二名は胸を撫で下ろす。
それを見て魔界王の彼女は頭をかき、
「まー言われてみればそうか」
「言われなくてもそうだろうが」
「侵略しに行ったら結婚して戻ってきました
なんて、部下にしてみたら混乱という話じゃ
ありませんよ……」
魔王・マギア様の部下の男二人が、呆れるように
反応と感想を口にする。
「というわけだから、余とそなたは―――」
「まずは友だちから、だな!」
あらヤダこの人ポジティブだわ。
笑顔で意気込むフィリシュタさんは続けて、
「じゃあさっそく魔王・マギアの魔族領と、
魔界の友好同盟の交渉からいってみようか!
それくらいならいーでしょ?」
「む、むう……」
話の流れにマギア様は反対の言葉は出せず、
「こ、交渉はあくまでも友好同盟のものです
からね!」
「マギア様の婚姻とは別ですよ!?」
念を押すようにイスティールさんと
オルディラさんは言い返す。
「ぶーぶー、何よー。
だいたいアンタたちだってねえ、600年も
何してたの。
それに、別にアタシは夫に何人女がいようが
容認するわよ?
マギアなら1人の女に縛られる器じゃ
ないしー」
「んなっ!?」
「べべべ別にわた、わたくしどもはそんな事」
急に発生した恋愛イベントを前に―――
私とノイクリフさん、グラキノスさんは口を
出せないでいたが、
おもむろにジャンさんが片手を挙げながら、
大きく息を吐いて、
「お前ら……
痴話げんかならヨソでやれ」
呆れるような声で正論を突き付けられ―――
ようやく場は収まったのであった。
「お! シン」
「話は終わったのか?」
フィリシュタさんと共に綿花畑まで戻ると、
同じ黒髪の、セミロングとロング―――
アジアンチックな目鼻立ちをした妻と、西洋系の
モデルのような顔の妻、二人が出迎えてくれた。
「ああ、何とか。
見張ってくれてありがとう。
メル、アルテリーゼ。
ダンダーさんとボーロさんも、お疲れ様でした」
老人だが、やや体の傷が目立つ好々爺といった
感じの男性と―――
ずんぐりした体形の、男の熊タイプの獣人も
手を振って、
「マギア様とは会えましたかの?」
「しかし、すごい荷物だべな……」
彼らの視線の先には―――
フィリシュタさんが背負っている、巨大な袋が
あった。
無効化を解除して身体強化を使えるように
なったのと、
お土産を要求してきたので、それなりに持たせて
一度帰らせる事にしたのである。
「フィリシュタさん、出来ればこのゲート、
別の場所に移す事は出来ませんか?」
「あー、確かにジャマっぽいもんね。
でもどこに移せば?」
そこでメルとアルテリーゼが、
「この辺なら、あそこらあたりじゃない?」
「壁近くになるがまあ―――
通行や運搬の邪魔にはなるまい」
そう聞くとフィリシュタさんは、
「あいよー、ちょっと待ってて」
そのままゲートに飛び込むと、向こう側から
話声が―――
『ま、魔界王様!
よくぞご無事で。
ゲートを大きくすると仰っておりましたのに、
いつまで経っても―――』
『あ、その事なんだけど、このゲート
もうちょっと横に移動してもらえない?』
『は、はい?
いえあの、このゲートは繋げるのにかなりの
魔力を使っておりまして。
それに制御も大変労力がかかるもので。
別の場所に繋げるのでしたら時間が』
『いやちょっとずらしてもらうだけだから』
『そういう単純な話では』
『い・い・か・ら・や・れ』
何かシクシクと泣くような声と共に、
ゲートが目の前から消える。
「おりょ?」
「む?」
妻二人が首を傾げ、
「消えた?」
「ずらすとか言っていたようだべが」
ダンダーさんとボーロさんも周囲を見回す。
そして待つ事十分ほど―――
「うぉ~い。お待たせー」
声の方向に振り返ると、メルとアルテリーゼの
指定した場所に、フィリシュタさんがいた。
身軽になった彼女の後ろには、あのゲートが
移動している。
「ここでいい?」
「あ、ハイ。
もし用事がありましたら、先ほどの建物……
ギルド支部に行けば誰かいますので」
どうやらゲートは広げないでそのままに
しておくらしい。
軍を移動させないなら必要はないか。
こうしてようやく『魔界王』は去り―――
やっと公都に平穏が訪れたのであった。
「ほーん」
「魔界のう。
地上とは異なる世界か」
冒険者ギルドの支部長室に妻と一緒に戻り、
改めて情報を共有する。
いかにも若くワイルドな風貌の―――
黒髪・褐色肌の青年が髪をかきあげ、
「最初に出会ったのがシンさんッスからねえ」
「ある意味、運が良かったんじゃないですか?
損害が出てからだと、一方的に蹂躙していたかも
知れませんし」
ライトグリーンのショートヘアの、丸眼鏡・
タヌキ顔タイプの妻が、夫と一緒に感想を
述べる。
ミリアさんがサラッと怖い事を言ったような
気もするが……
確かに死傷者が出てしまった後なら、和解も
何もなくなる可能性はあるからなあ。
そういう意味では、確かに運が良かったとも
言える。
「という訳だから、レイド。
詳細を認めた書類を王都まで届けてこい」
「ウィーッス……あだだだだ」
ジャンさんから嫌な顔一つせずに彼は受け取る。
まあワイバーンだとひとっ飛びだし。
同時に制裁がミリアさんから入ったけど。
「それはそうと―――
シンさん、新しく畑を作ったんですよね?
食べ物ではないと聞いてますが」
「あ、そう。
アレ何なの、シン」
「我らも聞きそびれておったな」
奥さん方が、綿花畑について聞いてくる。
「用途は結構幅広いですが……
糸のようなものですね。
衣服や布団に使うものです」
「??
服や布団なら別にそれほど困ってないが」
ギルド長が不思議そうにたずね、
「まあ、まだ寒くは無いですし……
取り敢えず布団から作ってみましょうか」
こうして、綿製品の導入に向けて動き出す
事になった。
数日後―――
「調子はどうでしょうか、ダシュト侯爵様。
それにルイーズ様も」
児童預かり所で新規に留学組に加わった、
ノルト様とその母親にあいさつする。
「よ、ようやく慣れてきました」
「私も、すっかり具合が良くなりました。
いつでも風を起こす魔導具のおかげで、
本国にいる時より、いくぶん快適に過ごさせて
頂いておりますわ」
黄色いショートボブ風の髪型をした、
十歳くらいの少年と……
薄い赤のロングヘアーをした女性が、共に
伏し目がちの視線を向けて来て―――
「母上、元気になってくださったのは
嬉しいんですけど。
ラッチやレムちゃん、魔狼にラミア族、
ワイバーンの子供たちに夢中になり過ぎ……」
「だ、だって仕方ないじゃありませんか!
あんなに可愛い生き物がこの世にいるなんて
思わなかったんですもの!」
ルイーズ様は結局―――
二日だけパック夫妻の病院に入院した後、退院。
保護者として児童預かり所に移った後、
職員さんの仕事を手伝い、留学組や他の子供たちの
面倒を見てくれる事になった。
また、泊まり込みで働いてくれる女性は重宝され、
添い寝もするので、各種族・亜人の子供たちに
懐かれたのだが……
「まったくもう。
母上、可愛がるのは結構ですけど、
別れが辛くなるだけですよ」
「わ、わかってはいるんですが……」
そもそも彼女は―――
『病人』で、ウィンベル王国には『治療』のため
来ているという事になっている。
逆に言えば、体が健康になったら留まる
理由は無くなるのだ。
「ノルト、あなたも誰かと付き合う気は無いの?
そうしたら娘が増えるでしょ」
「なんでそういう話になるんですか」
我が子を背中から抱きしめながら、ルイーズ様は
からかうように微笑む。
「そういえば、他の留学組とはどうですか?」
わだかまりのようなものはもう無かったと
思うけど―――
一応、念のため聞いてみる。
「同じくらいの年だからか、すぐ打ち解けられたと
思います。
それと女子からは、あの『クリーム』とやらを
しょっちゅうねだられまして……」
「あらあら。
まだ色気より食い気なのかしらねえ」
乳製品も教え始めてはいるものの、なにぶん
量が少な過ぎるからなあ……
それですでに作り方をマスターしている彼に、
集中するのも仕方が無い。
そこへ―――
室内なのにぶわっ、と一陣の風が吹く。
同時にひらひらと白い布のようなものが
視界の上から降りてきて、
「やほー、シンさん」
「風精霊様―――」
薄茶の長髪に、少女のようなまつ毛の長い目。
そして白いローブのような衣装をまとった子供が
足から着地する。
その中性的な外見とは裏腹に、自分の眷属を
捕らえられたお返しに、マルズ王国の裏の
諜報部隊を壊滅させた―――
『売られたケンカは買う』タイプの精霊だ。
マルズ国王都・サルバルで魔力収奪装置に
利用するため捕まっていた、彼の眷属を助けた
お礼にと公都までやって来て、それ以来滞在して
いたのだが、
(■115 はじめての たいぐん参照)
「今日はどうしました?」
「あー何かね。
どうも南の方からさ、知っている匂いが近付いて
きているみたいなんだよね。
多分、この前ここまで案内してもらった……
あの3人じゃないかなー?
他にもいるっぽいけど」
となると……
アラウェンさんにフーバーさん、そして
ルフィタさんかな。
正式に賠償が決まったのだろうか。
まあ、他にも来ているというから、個人的な事じゃ
ないっぽいけど。
今の時点で何もわかる事はなく。
とにかく来てから考えよう―――
「ねーねー、風精霊さん。
ウチの子なんてどうかしら?」
「んー?
まあ悪くないかな?」
「えっ」
勝手に恋愛トークで盛り上がる精霊と母子の会話を
聞かなかった事にして現実逃避し……
私はひとまず頭の片隅にその情報を置く事にした。
「う~……
暑いなあ、もう。
そろそろ夏も終わりだってのに、何でこんなに
暑いんだよ。
公都じゃ風を起こす魔導具で涼しいって
話じゃん。
早いとこマルズでも導入してくれんかね」
馬車に揺られ―――
赤髪の短髪をしたアラサーの男が、寝ぼけたような
半眼をしながら、不満を口にする。
「しっかりしてください、アラウェン総司令」
「今回は密使の役目もあるんですから―――」
白髪混じりの、灰色の髪を持つ歴戦の戦士といった
風貌の、アラフォーの男と、
薄茶のショートヘアーをした、まだ十代後半
くらいの、三白眼の少女が同じ馬車の中で
揺られながら話す。
「つーかさあ。
何で今俺、諜報部隊の総司令になってんの?
いやわかるよ?
裏の実行部隊は風精霊に全滅させられたし、
暫定的にも裏表まとめる人材が必要ってのも。
選りに選って何で俺?
マジ大丈夫かあの国」
ぶちぶちと文句を言う上司に部下たちは、
「昇進おめでとうございます(棒」
「これまでの功績から考えて妥当かと(棒」
「おう……
せっかくだからありがとう」
そして彼は、現実から目を背けるようにして
馬車の窓に視線を移す。
「(参ったね。
魔族関係の資料を漁ってたら―――
マルズ帝国初代皇帝と、その参謀についての
記述が出てきやがった。
何でこう『当たり』を引くかね俺は)」
彼は窓の外を見続け、思考を巡らせる。
「(初代皇帝の参謀……
突然歴史の表に出て来るまで、あらゆる
経歴が不明。
ただ強大な魔力と尋常ではない魔法を持ち、
戦略や兵器系統の概念が先鋭的。
その考えは、技術が発達した現在でも、
実現可能か疑われるシロモノだ)」
フー、とため息をつくと部下の男女から、
「どうしたんですか総司令。
似合わない真面目な顔してため息なんかついて」
「そうですよ。
今の地位だって暫定的なものなんですから、
すぐに降格されますって」
「だから酷くねお前ら!?
今回、お前らだって足突っ込んじまって
いるってのに―――」
その言葉にフーバー、ルフィタは苦笑し、
「そんなの今さらですよ」
「我々は片腕とも言うべき部下ですよ?
どこまでもお供しますって」
彼らに対し、アラウェンも苦笑で返し、
「ったく……
それもこれも、ランドルフ帝国に亡命した
あのバカのせいだ。
アイツ自身はどうでもいいが―――
『参謀』の資料まで持ち出しやがって。
どうせ今頃、自分が考えたものですとか
言って、優遇されてんだろうな」
腰かけに座り直し、今度は馬車の天井を見上げる。
「(……『境外の民』、か。
別世界から現れ、異なる文化や思想を導く者。
しかしその結果はたいてい―――
……シンさん。
アンタはどっち側だ?)」
そこで彼は思考をいったん止め、両目を閉じた。