テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「えー、本日は忙しい中お集り頂き……
ありがとうございます」
公都『ヤマト』冒険者ギルド支部―――
普段は訓練場であり模擬戦の舞台ともなる場所で、
私は司会者のように話していた。
集まったメンバーは主に冒険者ギルド所属で、
二百は下らないだろう。
会場となった訓練場には、テーブルと各種
料理・飲み物が用意され―――
立食パーティーの様相を呈している。
すでに飲み食いも始まっているようで、
いったん片手を上げてこちらに注目させると、
「あ、そのままでお願いします。
今回、皆様を労うためにお呼びしましたが、
お伝えしたい事がありまして……
結論から申し上げますと、今月、皆様の
賃金にいくらか追加されます。
それで混乱をきたさないようにと―――」
と、私の説明の途中で訓練場内がプチ騒ぎになる。
『マジでか!?』
『増えるって言ったんだよな、今!』
『さすがシンだぜ!』
そこで―――
妻の一人である、セミロングの黒髪をした
東洋系の顔立ちの女性が手をパン!
と叩いて、
「はいはいー。
注目注目」
「シンの説明がまだ終わっておらぬぞ?」
今度はロングの黒髪を持つ、欧米ふうの顔立ちの
長身の女性が続く。
そこで静かになった会場で私は話を続け、
「なぜ追加したのかと言いますと、これは
故郷の風習で―――
臨時収入があったり、仕事がうまくいって
売上が上がった時にはいくらか、働いている
方々に還元するというものです。
カーマンさんの商会や冒険者ギルド関連で、
長期契約をしている方々限定ですが」
もっとも―――
よほどの事情が無い限り、最長の一年契約を
みんな結ぶので、あまり限定に意味は無い。
「今月はまあそういう事ですので、
お受け取りください。
受け取る金額は期間によって異なりますが……」
ゴクリ、と喉の音があちこちから聞こえてくる。
「1年以上働いた方には―――
金貨100枚が追加されます」
そこで一瞬静まり返った後、どよめきが
起こった。
『え? 何? 今なんつったの?』
『100……100!?』
『おおお、おち、落ち着いて』
茶髪のミドルロングをした、20代半ばの
童顔の丸顔の女性に―――
その右隣りにいる、大人びた雰囲気の細顔の
赤茶のポニーテールの同性、
さらに左隣にいる、ライトグリーンの
ミディアムショートヘアーのボーイッシュな
女性。
三人組の女性が、中心の彼女の腕をつかんで
固まっていた。
(あー……
ファリスさんにスーリヤさん、ラムザさん……
氷魔法の使い手3人組の彼女たちなら、
余裕で1年以上働いているだろうしな)
彼女たちを緊張させたままだと気の毒なので、
私はそのまま説明を続け、
「1年に届かなくても、半年以上の方には
金貨80枚―――
三ヶ月以上働いている方には、金貨60枚。
それ未満の方には金貨30枚が追加支給
されますので」
あちこちで歓声や叫び声が上がる中、
「あ、あのっ」
おずおずと、まだ成人したてであろう、
少年のような外見の男性が手を挙げる。
「ぼ、僕は10日くらい前に契約したん
ですけど……
僕でもそれはもらえますか?」
遠慮しがちな声で質問する彼に、
「1年契約しているのであれば、三ヶ月未満の方は
先ほど申し上げた通り―――
金貨30枚の追加支給です。
他に何かご質問は」
ここに招待された時点で、長期契約者という事には
違いないから、絶対もらえるんだけど……
信じられない、というように口をパクパクと
させている彼を横目に、
「ええと、還元と言いましたが―――
これは人材流出を防ぐためでもあります。
『ここで長く働いていれば、いい事が
ありますよー』
という宣伝でもあるんです。
ですので皆様、今後とも長期契約で
お願いいたします」
方々で顔を見合わせたり、または放心状態に
なったり……
中にはもうお金の使い道を話している人もいる。
「じゃー取り敢えず!」
「乾杯じゃー!!」
メルとアルテリーゼの強引な号令で―――
会場内は大いに盛り上がった。
「ダンダーさん、ブロックさん。
飲んでますか?」
その後、一通り会場内を歩き……
見知った顔に声をかける。
「ハハハ、言われずとも!」
「タダで飲み食い出来るとあっちゃあ、
聞かれるまでもありませんぜ!」
六十に手が届こうかという年齢の、古傷が目立つ
好々爺といった感じの老人と―――
私と同じアラフォーの、しかし筋肉質の体で
ベテラン冒険者とわかる男性が豪快に答える。
「しかし、ここが建物の中とは。
どこに行っても涼しい風がふいておる」
「おかげで、熱々の料理でも美味い事
この上ないですよ!」
訓練場は完全屋内型で、あちこちに氷柱が設置
されている上、先日導入した魔導具の扇風機が
冷たい風を送る。
湿気さえガマン出来ればこの上なく快適だ。
「ああそうそう、シンさん。
ワシ、シルバークラスになりましたので……」
不意にダンダーさんが自分の事を語る。
シルバークラスになる、というのは二通りの
意味がある。
一つは実力で昇格する事。
もう一つは……
年齢による引退だ。
一つのギルドで長年ブロンズクラスをやってきた
冒険者は、引退間際にシルバークラスになる事が
認められ……
月金貨十枚が支給されるようになる。
そして三年くらいで、冒険者ギルドを完全に
辞める事になるのだ。
いわば年老いた冒険者への退職金のような物だが、
当然、その後のアテは無い事が多い。
しかしそれは通常であればの話だ。
「それではダンダーさん。
私の提案を考えてくれたんですね?」
「ああ、公都における……
冒険者ギルドへの農作物関連の依頼―――
その窓口になってくれ、という事でしたかの。
ぜひお受けさせて頂きます」
私は頭を振りかぶって下げ、
「ありがとうございます!!」
「あ、頭を上げてくだされ、シンさん。
むしろ下げねばならないのはワシの方で」
周囲がざわつくので、慌てて姿勢を立て直す。
「窓口って何をするんですかい?」
ブロックさんが何気なくフォローに入る。
「今まで、収穫とか苗を植えるだとか……
畑の手伝いに関するものですね。
今後、公都から冒険者ギルドへそれらの
依頼が出される時―――
その依頼はまずダンダーさんのところへ
持ち込んでもらうんです。
それでダンダーさんが、必要な魔法や人員、
日程などを計算・管理した上で、ギルドへ
提出するという感じです」
「意外とやる事多そうだなあ……」
ボリボリと頭をかきながら、ブロックさんが
つぶやく。
「当たり前じゃ、これも仕事―――
楽なものなどありゃせんて」
「ダンダーさんは、この道ウン十年の
ベテランですからね。
私が導入した米や果物に関しても、いち早く
対応してくれましたし。
この公都での農作物の生き字引とも言える
方ですし、農業関係者からも信頼が厚い―――
まさにうってつけの人材です」
私の言葉に、ダンダーさんは照れくさそうに
苦笑して、
「確かに、長いは長いですな。
くたびれた生き字引ではありますが」
それからしばらく二人と談笑していたが、
妻二人がやってきて、
「シンー、
ギルド長が支部長室まで来て欲しいって」
「時間が空いたらでいいそうじゃが」
「ん? じゃあ……」
私がダンダーさんとブロックさんに視線を送ると、
「別にこちらは大丈夫じゃよ」
「行ってきてくれ、シンさん」
私は彼らに一礼すると、
「では失礼して……
メル、アルテリーゼ。後はお願いするよ」
「りょー!」
「任せておけい」
こうして私は『会場』を後にすると―――
同じ施設内の指定された部屋へ向かった。
「おうシン、スマンな」
まず部屋の主である、白髪交じりのそれなりに
シワが顔に刻まれているアラフィフの男が
出迎える。
「お疲れ様ッス」
「すごい盛り上がりでしたね。
こちらまで声が聞こえてきましたよ」
次期ギルド長の―――
黒の短髪に褐色肌の夫と、ライトグリーンの
ショートヘアに丸眼鏡の奥さんも同室にいた。
「それでどうだった?
『ぼーなす』とやらは。
まあ、あの反応で嫌でもわかるけどよ」
「増える分に関しては、文句は無いでしょうから。
出来れば1年に1回以上のペースで
やっていきたいですね」
ジャンさんの質問に答えると、今度はレイド君が、
「シンさんの世界では、アレが当たり前
だったんスか?」
「全部が全部、というわけではありませんが……
『ちょっと大きい』店を持っている商人なら、
どこもやっていました。
こちらの世界に来る前は不景気が長引いて
いたので、控えているところは多かった
ですけど」
次いでミリアさんが続き、
「そういえば訓練場には―――
ラミア族の方や獣人族といった人が少なかった
ように見えましたが」
「今回はあくまでも、私やカーマンさんの商会と
長期契約をしている方限定でしたから。
ラミア族やボーロさんを始めとした獣人族の
方は……
取引相手ですので」
彼らとは雇用主と労働者の関係ではなく―――
『対等』な存在である事を強調する。
まあ後で、何らかの名目で資金を渡す事は
考えているが。
それは、公都の猟や漁に使うザル、
魔物鳥『プルラン』を入れる箱……
お風呂やトイレ、『施設整備班』の消耗品を
作ってくれる店々に対しても同様だ。
「そういえば、どうして呼ばれたんでしょうか?」
ここへ来た本題を切り出すとギルド長が、
「あー、ダンダーの事だが。
ようやくシルバークラスになる事を認めて
くれたんだけどよ」
「あ、それはちょうど聞きました。
それと例の―――
冒険者ギルドへの農作物関連の依頼窓口に
なる事も、了承してくれましたよ」
そこでジャンさんは安堵したように
大きく息を吐く。
「ああ、前からダンダーさんに勧めていた
話ッスね」
「薬草集めも、プルランの回収も―――
大勢で一気に出来るようになりましたが、
その分人数が増えて……
なので、まとめ役の人が増えるのは
本当に有難いです」
レイド夫妻も肯定する。
「しかし、こんな雇用対策もあるとはなあ」
「そういう面があるのは否定しませんが、
双方に取って良い事でもありますので」
「ん?」
疑問で返すジャンさんに、私は続けて、
「依頼している方々は、それこそ野菜やら
果物やら何やら―――
多岐に渡るでしょうけど、長年やってきた
ダンダーさんは、それらを全部把握している
わけでして。
もしダンダーさんが完全に引退したとなると、
依頼先に一から教え込まないといけなく
なります」
「まあ、そうだな」
そう言ってアラフィフの男は両腕を組む。
「引退後もダンダーさんが窓口になって
くれれば、そちらの手間も省けます。
それに、ブロックさんから聞いたんですが、
『そろそろアレの収穫時期だぞ』とか、
『どこそこの苗を植える依頼がそろそろ来るぞ』
とか、いろいろ伝えてくれていたそうで……
そういう人が依頼主と冒険者ギルドを仲介
してくれれば、仕事はスムーズになるでしょう」
「おおー、そんな事まで」
「そこまでやって頂ければ、ギルドとしては
すごく助かりますね」
レイド君とミリアさんは素直に感心する。
一番の狙いは……
冒険者ギルドでやってきた経験や実績―――
いわゆるノウハウを引き継げる、という事だ。
もう一つあるが、それは精神論的なものに
なってしまうので、口に出せないでいたが、
「それに―――
ダンダーが窓口になってくれりゃあ、
『冒険者がする仕事』の見方も変わるだろう。
自分が冒険者ギルドでやってきた仕事は、
経験は、長年の蓄積は……
決して価値の無い事では無かったのだと」
ギルド長が代弁するかのように語る。
基本的に冒険者ギルドに対する依頼は―――
ある意味、『誰でも出来る仕事』が多い。
シルバークラスやゴールドクラスなら、護衛や
魔物討伐の依頼があるだろうが、
九割を超えるブロンズクラスには、縁の無い話だ。
だからこそ、ブロンズクラスがしてきた仕事でも、
ダンダーさんのように生き字引、専門と呼べる域に
達すれば―――
それは『誇り』となるはず。
さすがに組織のトップであるジャンさんは、
その事に気付いていたようだ。
すると彼はこちらに向き直って、
「まあそれも、長年の積み重ねがあってこその
話だがな。
これからも長期契約やら雇用対策やら頼むぜ」
ニカッと笑ってプレッシャーをかけてきた。
「ハハハ……善処します。
ダンダーさんの件については、今後も農作物に
ついて、頼りにしていくつもりですので」
一応、話に一区切りをつける。
そこでミリアさんが片手を挙げて、
「あ、それとですねシンさん。
チエゴ国から例の返事が来てます。
今いる留学生たちの里帰りについて、
ドラゴンでの移動許可が下りました」
「まあ一時的なモンですし―――
人数もそれほどじゃないから、
アルテリーゼさんの『乗客箱』だけで
事足りるんじゃないッスか?」
そういえば彼らの希望で、一時帰郷の準備を
進めていたっけ。
あの人数だけなら『乗客箱』で往復すれば
十分だが―――
「問題はお土産の量ですね。
人だけ運ぶなら確かに問題は無いんですけど」
そこで室内の人間が『あ~……』という表情に
なり、シャンタルさんの『病院箱』も検討するか、
お土産の制限をつけるか等が話し合われた。
「すごい……!
何度か目にはしていましたけど、乗ってみると
こんなに高いところを飛んでいるんですね」
赤茶の髪とふさふさした尻尾を揺らしながら、
狐耳の少年が興奮しながら語る。
「ムサシ君にも何度か乗ってますけど、
こうして空にいるのは不思議な気分ですわ」
紫の長いウェービーヘアーをした少女が、
奥二重の目を丸くして、外の景色を見つめる。
「チエゴ国に到着するのは、恐らく夕方以降に
なると思うけど―――
少なくとも夜になる前には、全員実家に
帰省出来ると思う」
「途中何度か着陸して休憩入れるけどね。
トイレに行きたかったり、気分が悪くなったら
遠慮なく言ってねー」
「ピュイッ!」
留学生たちを前に、私とメルで改めて予定を
確認するように説明する。
あれから数日後―――
私とメル、そしてチエゴ国の留学生たちは、
アルテリーゼの『乗客箱』で空の上にいた。
「アルテリーゼ、変わった事はない?」
『順調ぞ。
ムサシ君の一家もちゃんとついてきておる』
伝声管を使って、もう一人のドラゴンの方の
妻と話す。
今回―――
ワイバーンのムサシ君の家族も同行しているのだ。
理由として、まずムサシ君の将来の嫁である
アンナ・ミエリツィア伯爵令嬢の家に挨拶に
伺うためと、
留学生たちのお土産を運ぶためである。
彼らの一時帰郷に向けて、公都で何度か調整と
話し合いが持たれたのだが……
ハイ・ローキュストの群れの時と違って、
アルテリーゼとシャンタル、ドラゴンが二人も
いなくなるのはどうかと、慎重な意見が見られ、
シャンタルさんの派遣は見送られた。
それは同時に、『病院箱』の使用が不可能に
なった事を意味し―――
チエゴ国留学組が希望していた、お土産の量を
運搬する事が難しくなってしまった。
そこでムサシ君の両親が、
『息子の嫁の仲間が困っているのであれば』
と名乗り出て、
ハイ・ローキュストの群れとの戦いで用意した
コンテナのような箱で、彼らのお土産を運搬して
くれる事になったのである。
「もう君たちが来てから半年くらいになるのか……
早いものだね。
公都の子供たちや、ラッチと仲良くしてくれて
ありがとう」
「いっいえ!
お礼を言うのはむしろ僕たちの方で―――
お土産の件も、わがままを聞いて頂いて
感謝しています!」
イリス君が席についたまま頭を下げる。
基本的に、飛んでいる最中はベルト着用なので
立ち上がる事は出来ず―――
その場でペコペコと繰り返す。
ちなみに、お土産の中で一番人気は空調服だ。
本来は門番兵長となった、ロンさんとマイルさんに
何かプレゼントを、と考えて発注していたのだが、
完成が秋口になってしまい、そのまま重曹を作る
人たちに配られ……
実用性は証明されたので、今年の夏に空調の
魔導具を付けた鎧をプレゼントしたところ、
ものすごく喜ばれた。
ただ、留学生たちが要求した空調服の数は
かなり多く―――
どうも家族は元より、家にいる使用人や
料理人たちにも使わせたいとの事で、
服に取り付けるのは後にして、魔導具部分だけを
大量に用意した。
「まずはナルガ辺境伯様のところへ―――
その後、各領地を回ります。
最終的には私たちがチエゴ国王都……
ええと」
「王都エタートですね。
フェンリル様もそちらにいらっしゃいますから、
よろしくお伝えください」
里帰りの報告や調整はすでに終わっており、
『今回は留学途中の一時帰郷であり、
家族水入らずで過ごさせるのが望ましい』
とのウィンベル王国の『考え』も伝えられていて、
大仰な出迎えや式典などは無い。
まあ裏では……
『ハイ・ローキュストの大群はこちらで処理した』
『救援を出さないでくれてありがとう』
『その事で留学生たちに圧力をかけたり余計な事を
企むなよ』
という政治的なプレッシャーもあると、公都から
出る前にジャンさんから聞いた。
大人の世界って怖いね。
そんな事を考えつつ―――
私と留学生たちは空の旅を続けた。
「おー、アルテリーゼ!
待っておったでー!!」
「久しぶりだな、ルクレセント」
切れ長の目に、銀髪のロングストレート、
いかにもな狐の擬人化のような女性が、
黒髪ロングで堀が深く整った顔の、大人の
色香を持つ女性に元気よく抱き着く。
留学生の最後の一人をその領地まで送り……
王都エタートに着いた時には、すっかり日が
暮れていた。
連絡はついていたので、門外で『乗客箱』を
置いて、そのまま王都の中へ。
そしてルクレさんのいるお屋敷へと案内され、
ドラゴンの妻と旧知のフェンリルは再開を
喜んでいた。
そこで後ろから、やや褐色の黒髪の犬耳少年―――
ティーダ君が、母親とともに姿を現す。
「お、お久しぶりですシンさん」
「ようこそいらっしゃいました」
母子揃って頭を下げ、
「こんばんは、ティーダ君」
「奥様も、ナルガ辺境伯様の結婚式以来ですね」
「ピュウ」
私もメルと共に、頭を下げて返礼する。
「まーまー、疲れているだろうしまずはあっちで
何か飲み物でも飲みながら話そうでー」
ルクレさんに強引にまとめられ、奥の部屋に
通された。
「ハイ・ローキュストの件については聞いてた
けどなぁ。
ウチも加勢したかったんやけど、王様やら
王族が縋りついて来てどーにもならんかった。
まあでも、何とかなったようで何よりや」
「ルクレさんはチエゴ国の最高戦力でしょうから、
おいそれとは出せないでしょう。
それは仕方ないですよ」
外から見た屋敷の外観から、かなり大きい事は
わかっていたけど……
日本人の感覚で、ビジネスビルのまるまる
ワンフロアのような広間で、ルクレさんが話す。
周囲には監視役も兼ねているのだろうが……
メイドや執事と思われる人たちがおり、
まさにVIP待遇というところだ。
「ところで、いつまでチエゴ国にいられるんや?」
「1週間後、それぞれの領地を回って留学生たちを
迎えて、帰還する予定です」
ちなみに、ムサシ君一家はミエリツィア伯爵家に
滞在している。
これを機に、両家の親交が深まればいんだけど。
「それよりさー。
ワイバーンの女王、今はヒミコっつーんだっけ?
あいつが彼氏作った事の方が驚きだよ。
ずーっと生涯独身貫くんやろうなあって、
ウチ思ってたから」
「ティーダと婚約して以来、お前もずいぶんと
余裕出来てきたものよのう」
「ピュッ」
ルクレさんとアルテリーゼの会話を、私もメルも、
ティーダ君母子も―――
周囲もまた、どのような顔をしていいかわからず
困っていると、
「あ、そうそう。
それよりティーダ、例の件―――
シンさんに相談してみたらどうや?」
彼女の言葉に、夫(予定)である獣人族の少年に
視線が集まる。
「??
何か問題でもあったんですか、ティーダ君」
「え、ええと……
問題と言いますか」
そこで彼から、詳しい話を聞く事になった。
「声や物音がする、ですか」
「は、はい。
獣人族は気配や音に敏感ですので―――」
彼の話によると、王都エタートでフェンリルに
与えられた屋敷……
今いるここは一番大きな棟で、他に数棟あると
いうのだが、
その中の一棟で、夜中に奇妙な物音や声が
聞こえるのだという。
「ただ、屋敷を用意してくださった担当の人や、
お屋敷の周囲に住んでいる方々に聞いたの
ですが―――
妙な噂は聞いた事が無いとの事でして。
そもそも、そんなお屋敷をフェンリル様に
提供するはずもありませんし」
ティーダ君のお母さんも、やや困ったように話す。
「そもそもここは、どういう経緯で
ルクレさんに?」
そこで獣人族の少年が、
「以前はもう少し小さな屋敷にいたのですが、
とある侯爵様から、代替わりを機に献上すると
申し出があったので」
「別に、誰かが死んだとか不幸があったとか
いう事はなく……
後を継いだ侯爵様は、もっと自然に近い場所が
いいと引っ越されたそうです」
話を聞くに、確かにおかしな経緯とか因縁とかは
なさそうだ。
「気配……と言いましたが、それはどのような?」
私がより情報を詳しく聞こうとすると、
ティーダ君は首を横に振り、
「それが、どうも奇妙な感じで……
声や物音はするのですが、気配がわかりません。
察知出来ないというか、何とも変な感じで」
「私も音は聞いた事があるのですが、どうにも
気配はつかめませんでした」
お母さんの方も、となると、気のせいという
事ではないだろう。
「ティーダやお義母さまがウソついているワケは
無いし……
かと言って騒ぐほどの事でも無い。
でも気になるっちゃ気になるんや。
シンさんなら何かあってもどうとでも
なるやろ。
ちゃちゃっと調べてきてもらえん?」
「お化けや幽霊とかだったら、私にもどうにも
ならないんですけど……」
とにかく今日はいったん休み―――
翌日、改めて現場を調査してみるという事で
話は落ち着いた。
「こちらでございます」
執事のような一人の男性に案内され、
問題の建物の前に到着する。
時刻は日暮れ過ぎ―――
現象が起こるのは夜中だという事で、その時間に
調査を開始する事にしたのだが、
「他の屋敷の方々は、音を聞いたり何か感じたり
した事は?」
私の質問に、彼は懐中電灯のような魔導具を
建物に向けながら、
「い、いえ。
そもそも、この棟は物置代わりといいますか、
あまり使われていなかったようなのです。
ですので、ここに来る用もほとんどなく……
ティーダ様は、ルクレセント様の住まう
場所だからと、念のためお調べになられた
ようですが」
実際、近付き難い雰囲気はある。
多分ルクレさんのために買い取った際、
少しはリフォームしたんだろうけど。
「……ん? ちょっと待って」
メルが人差し指を立てて、シーッと静かに
するようジェスチャーする。
聞き耳を立てると、
『……ヒヒ、は、フフフ……』
と、どこか機械音声のような声が聞こえてきた。
声の先は目の前の棟で―――
「ででで、出たあ!!
わ、私はこれで失礼いたします~っ!!」
と、案内してくれた執事さんらしき人は、
ダッシュで走り去ってしまった。
魔法のある世界でも、お化けや幽霊は怖いの
だろうか、と考えていると、
「で、では行きましょうか旦那様」
「ララ、ラッチ。
離れるでないぞ」
「ピュイ?」
二人の妻が私の両腕にしがみつき―――
そのまま建物の中へと入る事になった。
「中はまあ、それなりに綺麗かな?」
「物置代わりって言ってたし……
譲り受けた時に、掃除くらいはしただろうしね」
「しかし、物がごちゃごちゃと多いのう」
魔導具の照明を頼りに、先へ進んでいく。
するとギシッ、と何かがきしむ音が聞こえ、
『フ、フフッ、このさき~、デス!!』
妻二人がしがみつく力を増していき、
「いいい、いざとなれば我の炎で焼き払えば」
「いや待ってアルちゃん!
物理的に解決しようとしないで!!」
さすがにそれはシャレにならん。
落ち着くように、アルテリーゼの頭を撫でる。
「しかし、シンはよく落ち着いているね」
「さすがは我が夫、度胸もあるのう」
「ピュ!」
家族の言葉に、私は周囲を魔導具で照らしながら、
「多分これ、魔導具か何かの仕掛けによるものじゃ
ないかなあ。
何か意思を持っているというか……
そんなふうに感じないんだけど」
「そういえば……」
「ティーダも、気配は感じなかったと言って
おったしのう」
「ピュウ~」
落ち着いてきた二人を少し放し、
無効化を試みる。
相手が精霊とかだったりするとマズいので、
あくまでは人工物、物質に限定し、
「まあ手っ取り早く確認しよう。
魔法や魔力で動く仕掛けなど……
・・・・・
あり得ない」
私がそう言葉を発すると同時に―――
『ゴン!』『ドサッ!』という音が聞こえた。
それはどう考えても足の下からで、
「今の音、何?」
「地下があるのかのう?」
「ピュ?」
そこで私たちは、その辺りの荷物をどかし始め、
調べてみると―――
「ピュ? ピュー!」
ラッチが何か見つけたらしく、
「ここら辺かや?」
騒ぐ辺りを念入りに調査していくと、
明らかに仕切られた跡のある床を発見。
アルテリーゼによってそこが無理やりこじ開け
られると、下へと続く階段が姿を現した。