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「ど、どうも本日はお招きに預りマシテー」
チエゴ国・王都エタート―――
そこのフェンリルに与えられた屋敷で、
やや薄い黄色の短髪、片眼鏡、八の字のヒゲの
アラサーの男が、緊張気味に答える。
「ああ、そう構えんでもよい。
ウチが呼びつけたんやし」
狐目をした、ロングストレートの銀髪女性が、
片手をひらひらとさせながら、ラフに話す。
「ええと、前もって聞いたお話では―――
とある棟から地下室が見つかったとか……」
男の隣りに座っている、息子であろう
少年が遠慮がちにたずねる。
父親より濃い黄色をしたショートボブ風の
髪型をし―――
やや伏目で、十歳を超えたあたりに見えた。
実は彼らは侯爵家の父子であり……
父親は隠居して、すでに息子に当主の座を
譲っているとの事。
(まさかあのダシュト侯爵と、こんな形で
再会するとは)
同室には、ルクレさんの隣りに夫予定の
ティーダ君が、
その後ろには彼の母親が、
そして側面のソファには私と、妻二人が
座っていて―――
先立って自己紹介は済ませていた。
(ラッチは使用人に預かってもらっている)
そして、ルクレさんに与えられたこの屋敷と
いうのは―――
目の前にいるダシュト侯爵家のものだったらしい。
推測に過ぎないが、ダシュト侯爵は
ウィンベル王国に留学したメンバーに、
魔物をおびき寄せる魔導具の腕輪をさせた
黒幕である。
ウィンベル王国内でチエゴ国の留学生が
死傷する事があれば……
それを盾に和平や同盟交渉で優位に立てると
画策したのだろう、それがジャンさんの
見立てだった。
しかし、私が魔導具を無効化した事で
その計画は失敗。
また私とジャンさんとで、彼の帰りの馬車に
こっそり魔導具の腕輪を戻してあげたところ、
ちゃんと魔物に襲われてくれた。
(■97話 はじめての あんぜんかくほ
■98話 はじめての 3たい1参照)
恐らくそれで魔導具の件は明るみに出ただろうが、
公にはされていない。
水面下で両国が手打ちにしたのだろう。
そしてダシュト侯爵家はその責任を問われ、
懲罰的な意味で王都のこの屋敷を没収され、
それがルクレさんに与えられた……
という流れか。
「今、まだ調査中ですけれど―――
どうもクルズネフ・ダシュト前侯爵様の
お祖父様の時代に作られたものらしく、
珍しい魔導具や美術品が多数見つかって
いるとの事です」
やや日焼けしたような褐色肌の、犬耳・
アーモンドアイをした黒髪の少年が、
書類を見ながら説明する。
「そ、そうデスカー」
「ええと、それで……
こちらへ呼ばれた理由は」
元侯爵の父親と、現当主の少年が相槌を
打ちながら話を進める。
「あー、ええと……
ノルト・ダシュト侯爵?
君が今のダシュト侯爵家の当主なんだっけ?
まあ、さっきティーダが言った通り、
そちらのご先祖様が残した物が出てきたから、
それは返すのが筋だと思ってさ」
期待はしていたが、同時に望みが薄いとも思って
いたのだろう彼らは互いに顔を見合わせ、
「いや、しかしデスネ」
「それはフェンリル様に献上した物ですし……」
言葉を選びつつ、一応断りを入れて来る。
「ウチがもらったのは『住まい』やし。
その財産やお宝までは違うと思うけどなぁ」
「フェンリルのルクレセント様は、
人間の物の価値にさほど興味はありませんし。
なので、引き取って頂けたらと」
夫婦予定のフェンリルと獣人族がメインで
受け答えする。
「そ、そういう事デシタラ」
「願ってもない話で―――」
侯爵家の父子が揃って頭を下げると、
「それで、ちと頼みがあるんや」
ルクレさんの言葉に、二人がバッと頭を上げる。
「失礼ですが、この元侯爵家の屋敷と比べ、
今住んでいるところはどれくらいの広さで
しょうか」
ティーダ君の質問に、クルズネフ元侯爵も
ノルト君も固まる。
この屋敷から追い出されたも同然の身―――
少なくともここ以上ではないだろう。
「だ、だいたい……
ここの1/3ほどでしょうか。
でも、それが何か」
おずおずと現当主の少年が聞き返すが、
「それならちょうどいいんじゃない?」
「ここは広過ぎると、
ルクレも言っておったしのう」
黒髪セミロングとロングの―――
東洋系の顔立ちをした妻と、西洋系の掘りの深い
顔の妻が会話に入る。
「お義母さまはどうでしょうか?」
フェンリルの質問に、彼女の背後の―――
肩口くらいまで黒髪を伸ばした犬耳のアラサーの
女性は、
「そうですねえ。
確かにここは何かと大き過ぎて……
それくらいであれば、私もティーダも
ルクレセント様のお世話を滞りなく
出来るようになるかと」
侯爵家の父子は、意味がわからずに困惑する。
「あの、先ほどから何を仰られているノカ」
「意味がよくわからないのですが……」
そこでルクレさんは上半身をテーブルの上へ
乗り出させ、
「ウチが今住んでいるこの屋敷と―――
そっちが住んでいるトコ。
交換せえへんか? っちゅー話や」
意味がわかるまで時間がかかったのか、
二人はしばらく茫然としていたが、
「こ、このお屋敷を返……
いえ、交換してくださるト?」
「そ、それは望外の話で―――
しかし、この屋敷はその」
現当主の少年の言葉が詰まる。
言うなれば罰・仕置きも同然で手放した屋敷。
それを返してもらってもいいものかと思案して
いるのだろうが、
「あー、王家の方にはウチから話通して
あるから。
『フェンリル様に一任します』だって」
「ですので、問題はありません。
それにその方が、地下から出て来た物も
いちいち運び出さなくて済みますし。
ダシュト侯爵家が同意してくださるので
あれば、ですけど」
ルクレさんとティーダ君の言葉に対し、
口をパクパクとさせたままの先代当主に代わり、
「ぜ、是非とも仰せの通りに!
フェンリル様の計らいに感謝いたします―――」
息子が深々と頭を下げると、気付いたように
父の方も追随した。
「まあ、感謝するならウチではなく、
ティーダとシンさんにな」
するとノルト・ダシュト侯爵様が正面と
側面のこちらへ視線を投げ、
「お、お礼は必ず!
どのようなものでも……!」
「ぼ、僕は異変に気付いただけでして……
それを解決し、また地下を発見したのは
シンさんです。
なので、何かお礼をするのはシンさんの方へ」
ティーダ君からそのまま丸投げで対応を任され、
「えーと……
お礼と言いましても。
私がやった事は、声や音を壊れかけた魔導具だと
見破っただけでして―――」
と言ったところで、やはり何か要求するものが
あった方が、あちらの精神衛生上いいんだろうな。
涙目で懇願してくるような当主の少年を見て、
私は少し考え……
「……料理」
「?? え?」
ボソッと言葉に出てしまったのだが、
聞こえていなかったのか予想外だったのか、
彼は聞き返し、
「ええと、ダシュト侯爵家にもお抱えの料理人が
いると思いますが―――
その料理を見せて頂く事は可能でしょうか。
私、各国の料理や調味料に非常に興味が
ありまして」
「い、いるにはいますガ……
そんな事でいいんデスカー?」
ようやく我に戻ったのか、父親が対応に
入ってくる。
「あー、言っておくけどね。
そこのシンさんは―――
ソース、マヨネーズ、タルタルソース、
魚醤や醤油の発案者やで?
ウィンベル王国から入ってきた料理は、
ほとんどその人が作ったモンや」
「「……は?」」
ルクレさんの説明に―――
父と息子は同時にポカンと口を開けた。
「あ、あの『料理神』に来て頂けるなんて
光栄です!!」
「どうか私どものご指導をよろしく
お願いします!!」
翌日―――
私は今のダシュト侯爵家の屋敷に招かれていた。
話は通してあったのだが、門をくぐるなり
いきなり料理人らしき人たちに連行され、
「じゃー私たちは侯爵様にあいさつに
行くからー」
「頑張ってくるのじゃぞー」
「ピュー!」
家族の温かい声援を受け、そのまま厨房へと
連れて来られたのだった。
「可能な限りの材料は揃えてございます!」
「どんな指示でも従います!」
「どうか腕前を評価して頂きたく!!」
すでに暑苦しくなっていた調理場で、とにかく私は
彼らと距離を取り、
「い、いえあの。
腕前と言いましても、皆さんどれくらい
出来るのかわかりませんので……
まずは一品、何か作ってもらえると」
すると料理人たちは顔を見合わせ―――
「そ、そうでした!」
「ではしばらくお待ちを!」
そして厨房は慌ただしくなった。
「ではこちらを!」
「お、俺が先だ!」
次々と皿で運ばれてくる少量の一品を食べながら、
やはり貴族のお抱え料理人のレベルを実感する。
金をかけているところはそれなりに技術が高い。
いくつかの結婚式で貴族の料理に触れる機会が
あったが、新たな調味料を受け入れたそれは、
現代の地球とほぼ遜色のないものだった。
考えてみれば洋食は国外から入ってきたものだし、
ソースやらマヨネーズやら導入さえ出来れば、
完成度としては地球の世界と同等、もしくは
少し劣る程度なのだろう。
「では、私はこちらを―――」
と、最後に料理人の中では一番身分が高そうな、
アラフィフの男性が皿をこちらへ差し出す。
どうやらスープのようだが……
私はスプーンでそれをすくい、口に入れると、
「…………!」
懐かしい感覚が蘇ってくる。
匂い、感触、舌触り―――
地球では普通にあった味。
これは……
「何かの、動物の乳が入ってますね?」
それを聞いた料理人たちはざわめき、
「まさか、あの食材を!?」
「ずるいですよ料理長!」
「あれは門外不出で―――」
当の眼前の料理長は目を丸くして頭を下げ、
「さ、さすがは『料理神』様……!
一口で見抜かれましたか!
これはここより北方の、狩猟を主とする一団との
交易で手に入るものでして」
「りょ、料理長!
そこまで言っては!」
他の料理人がトップである彼に注意するが、
「バカもの!!
たった一口でこの方は―――
中身を言い当てられたのだぞ!
今さら隠しても意味は無い!」
一喝して部下たちを黙らせると、
「それで、この獣の乳なのですが、
他にどのような使い方が?」
おおう、結構知識欲が貪欲だな。
まあそのために厨房に連れて来たんだろうし。
しかし交易で手に入るという事は―――
多分家畜系だろう。
「とにかく一度、その素材を見せて
頂けますか?」
「はい! 氷室に保管してあります!
お前ら、さっさと持ってこい!」
こうして私は、この世界でようやくミルクと
対面する事になったのだった。
「おお、これですか」
ボウルに入った、文字通り乳白色のそれは―――
匂い、色、質感ともに牛乳を思わせる。
「ではまず、いろいろと作ってみましょう。
プリンとパンケーキからいきましょう」
「そ、それはウィンベル王国から入ってきた
料理法ですが……
それにこれを?」
料理長が驚きと期待外れが相まった
声のトーンで聞き返してくる。
「私の故郷では、本来はそれを入れて作るもの
だったんですよ。
風味や味が段違いになります。
それと―――
この中で、身体強化が一番使える人は?」
「ブ、身体強化ですか?
一応、私でも出来ますが……」
料理長がおずおずと答える。
「ではあなたには……
デザートを作って頂きましょう」
「は、はいっ!!」
そして料理がスタートした―――
「おーシン、やっと来たー」
「待っておったぞ!」
「ピュ!」
応接室らしき部屋で、家族―――
そしてダシュト侯爵父子が待っているところへ、
私と料理長とその部下たちは、『新作料理』を
持って部屋に入った。
「ン? これハ―――」
「パンケーキにプリンですね。
何度か食した事はありますが」
拍子抜け、という感じで彼らは首を傾げるが、
「どうか一口、食べてみてください」
「『料理神』様のご指導により作りました。
ご満足頂けるものと思います」
お抱えの料理人たちが頭を下げるの見て、
家族ともども、その料理に手を付け始めた。
「……ンッ!?
何かすごくしっとりしてる!」
「これがあのパンケーキかや?
ほうほう、獣の乳を使ったと……
これはまた新しい食感と味じゃなあ」
「ピュー!!」
本来、パンケーキもプリンも牛乳が必要
だったからなあ。
どちらかというとこちらが完成形の味だ。
もちろん、浄化魔法は使えないので一度熱処理を
加えているが。
牛乳と同じ使い方が可能だった。
「柔らかいというかフワッとしているとイウカ……
とにかく美味しいデース!!」
「父上。
これなら母上も食べてくれるのでは」
ノルト様の言葉に、ン? と室内を振り返る。
「そういえば、お母様のお姿が見えませんが」
「今、妻は―――
この暑さで体調を崩したのか、横になって
おりマシテ」
「食欲も無いんです。
これでしたら、きっと食べてもらえるかと」
この世界―――
大人であれば身体強化さえ使えれば餓死する事は
ないものの、
病気やケガの場合は、やはり食事を摂った方が
治りが早いと、パックさんが言っていた。
「ではお呼びになってください。
まだありますので―――」
こうして、先代の奥様にも食べて頂く事になった。
「とても優しい味でした……
これなら喉を通ります。
中にある、フルーツとメレンゲも
冷えていてとても美味しかったです」
線の細そうな、まだ二十代後半に見える
先代侯爵家夫人は、上品に食事を終えた。
ほんのりと紅が差すような薄い赤の長髪を
揺らし、伏し目がちの二重が、ノルト様が
母親似である事を認識させる。
「病人の食事にはお粥というものもありますので、
後ほどその作り方を料理人に教えていこうと
思います」
「何から何まで―――
感謝いたします」
現当主の少年が頭を下げる。
そこへノックがされ、
「デザートをお持ちしました。
よろしいでしょうか?」
「あ、はい。
こちらへ」
そして白い器に盛られたそれが、テーブルの上に
並べられていく。
「まだあったんだ」
「でもこれは―――
メレンゲとフルーツの盛り合わせ?」
「ピュ~」
家族がまた、呆気にとられたように
感想を述べる。
確かに見た目的にはそう見えるだろう。
しかし、彼らがそれを口につけた途端、
「ンンッ!?
こ、コレハ―――」
「冷たいです!
それに、とても甘い……!」
「口の中でさらりと溶けていくよう……」
侯爵家の親子は驚きをそのまま言葉にする。
「違う! これ違う!」
「これも獣の乳というのか……!?」
「ピュッピュッ!」
家族は夢中になってそれを口に入れていく。
これはお菓子・デザートの基本―――
クリームだ。
今まではメレンゲで代用していたのだが、
ミルクがあった事で、ようやく乳製品としての
クリームが完成したのである。
作り方は―――
牛乳にシュガーを入れてかき混ぜ、そこに
片栗粉を投入。
本当はゼラチンが必要だったのだが、家庭科で
片栗粉でも代用可能と教えてもらった事を
思い出し、それでいく事に。
弱火で沸騰しないように温め続け、
トロミが出てきたら火を止める。
氷水を入れたボウルで容器ごと冷やし、
その後氷室で1時間ほど置いて……
こうしてお披露目となったのである。
「とても堪能いたしました……
しかしシン殿へのお礼として、望みに叶うものは
ありましたか?」
不安そうにノルト様が聞いてくる。
「はい、それはもう。
こうして、秘伝とも言える素材を教えて
頂けましたし」
「ですがそれは交易で手に入る物です。
代々継承してきた館を交換とはいえ、
取り戻して頂いた上……
母上まで世話になり―――
お礼がそれだけでは申し訳ありません。
他に何かございませんか?」
とは言われてもなあ……
この世界で乳製品が作れるとわかっただけでも
大収穫だ。
後は酪農とか、安定して供給してもらえる
システムとかあればベストなのだが……
「……獣の乳は交易で手に入ると仰られて
おりましたが―――
その交易先を教えて頂く、という事は
出来ますか?」
「料理長、可能か?」
彼は即答するように、お抱えの料理人へ
声をかけ―――
「当主様の命であれば」
ダメ元で聞いてみたのだがあっさりと通り、
こうしてミルクの入手先と交渉する機会を
得たのだった。
翌日……
私とメル・アルテリーゼはとある草原地帯にいた。
(ラッチは預けて来た)
北方の狩猟を主とする一団―――
彼らとは年に数回交易で顔を合わせる程度でしか
無いが、
付き合い自体はもう何世代にも及ぶようで、
今彼らがどこにいて、どのようなスケジュールで
動いているのかは把握しており、
その場所を目指し―――
ドラゴンとなったアルテリーゼに運んでもらったの
だが……
「取引き出来ない?」
「どういう事じゃ?」
交渉相手である一団は無事発見出来た。
というより、200頭近くいるであろう
ヤギや牛の群れと一緒に行動していたので、
難なく見つけられ、
ドラゴンの飛来には一時パニックになったものの、
チエゴ国でフェンリルの婚約発表があった事、
また新たにワイバーンと婚約した女性がいる―――
そういう噂は知っており、
アルテリーゼの事はすんなりと受け入れられた。
では何が問題なのかと言うと……
「あなた方の目的―――
牛やヤギの乳、わかります……
今は無理です。
どちらも乳、出ないです。
エサの確保が今、無理」
長老らしき人が申し訳なさそうに話す。
「しかし、これだけの規模となると放牧……
あちこちを巡っているんですよね?
どこかでエサが枯渇したとか、
何かありましたか?」
「……ビッグホーンの群れ、出た。
牛、ヤギ、みんな恐れて近付かない。
乳も出ない」
ビッグホーンというのは……
一本角を持った牛のような魔物であるという。
話の内容から察するに、エサ不足とストレスで
家畜の乳が出なくなっているのだろう。
「ドラゴン様、お願いします。
群れ、追い出す出来ますか?」
それは当然そういう流れになるよなあ。
私と妻二人は顔を見合わせ、
「追い出すって出来る? アルちゃん」
「倒してはならぬのか?」
私が長老に振り返ると、
「むやみに倒す、良くない。
ビッグホーンの群れ、他の魔物、追い払う。
出来る限り、追い払って欲しい」
なるほど―――
その群れは他の魔物を近付かせない役割も
果たしているという事か。
だから被害は最小限に食い止めてくれ、と。
私はメルとアルテリーゼに顔を近付け、
「(ドラゴンの姿になったアルテリーゼで、
威嚇した後……
それでも逃げないヤツがいたら、私が
『無効化』させる、でどうだろうか)」
「(それが一番被害が少なさそうだね)」
「(全て逃げてくれる事を望むがのう)」
こうして話はまとまり―――
ビッグホーンの群れの場所を聞いて、そちらへ
向かう事になった。
「シンー、アルちゃん。
アレじゃない?」
「ふーむ。
50頭はいるのう」
飛び続けて十分もすると―――
眼下に言われていた群れが見えて来た。
牛を二回りほど大きくさせた生物に、
頭の額に角を付けた魔物。
以前、ホワイト・バイソンという牛の魔物と
遭遇した事があるが、あれは体高5メートル
ほどはあった。
(■86話 はじめての おとぎばなし参照)
しかし今回はそれほどでも無く、ドラゴンの
アルテリーゼを視認したのか、すでに逃げる
体勢に入っているものもチラホラいた。
「気付いたようだね。
いい感じに遠くまで行ってくれると
助かるんだが―――」
群れではあるが、突然のドラゴンの来襲に
統率された動きを見せる事はなく、文字通り
散り散りに走って行く。
「ちょっと待って。
アレ、ヤバくない?」
「どうしたのだ、メルっち。
……ン!?」
メルが指さした方向、そこには―――
三頭ほどのビッグホーンが全速力で駆けていて、
「あの方向……!
家畜を連れた一団がいた方向か!?
マズい、アルテリーゼ!
追って止めてくれ!」
「わかった!」
言うが早いか、速度を上げて三頭を追いかける。
「そっちはダメだってばー!」
「くぬっ! このっ!
わからぬかっ!!」
アルテリーゼが上空から急降下してみたり、
また爪で空を引っ掻くようにして脅したり―――
先回りして方向を変えさせようとするが、
そのどれもが空振りに終わり、むしろこちらが
追い立てているかのように、ビッグホーン三頭は
速度を上げ続ける。
「うぬう……シン、火球で仕留めるか?」
「いや、ここは家畜のエサ場らしいし、
火事になるのはちょっと」
メルもいるからすぐ消火出来るだろうけど、
何せエサ、イコール草だからな。
鎮火するまでにどれだけ燃え広がるか
わからないし。
「アルテリーゼ、もう一度急降下して
接近してくれ。
それで『無効化』してみる」
「わかったぞ」
上空から、三頭目掛けて高度を落として行き―――
「その巨体で、その手足の大きさで……
それだけの速さで走る四足歩行の哺乳類など、
・・・・・
あり得ない」
その私の言葉が終わると同時に、
「プギーッ!?」
「ピギィイイッ!!」
「ブモオォオオッ!?」
と、走っていた三頭は……
一頭は回転するように転がり、
一頭はその巨体を横に倒し、
もう一頭は急ブレーキでもかけたかのように、
その場で縦に転がって止まった。
「こっちにさえ来なければ……」
地上に降りて、メルとアルテリーゼが
彼らのトドメを刺す。
なるべく追い払うようにと言われていたが、
結局は被害を出してしまい、複雑な心境に
なるが、
「まー仕方ないよ」
「一団のいる方向へ逃げたのが、
こやつらの運の尽きじゃ」
メルが水魔法で、飛び散った血飛沫が付いた
自分とアルテリーゼを洗いながら話す。
「それよりコレどうするー?」
「さすがに放置は出来まいが……」
三頭の死骸を前に、私も両腕を組んで考え込み、
「……アルテリーゼ、運べる?」
「まあまだ小さいしの。
抱えて持って行けば何とか」
こうして、まずはビッグホーン三頭を持って、
いったんあの一団の元まで戻る事にした。
「うむう……
3頭、ですか」
「結局、殺してしまって申し訳ありません」
一団の長老に会い、事情を説明して頭を下げる。
「いえ、思ったより被害少ない。
ドラゴン様のする事、全滅さえしなければ
思った。
この程度で済んだ事、感謝しております」
少し長老との間に認識の差があったようだ。
確かにドラゴンに任せた以上―――
それなりの被害は覚悟していたのだろう。
三頭なら許容範囲というところか。
「それで、お詫びというわけではないですが、
持ち帰ったビッグホーン3頭、そちらで処分
してもらって構わないでしょうか」
「あ、アレをですか?
もちろん異存ない。
しかしビッグホーン追い払ってもらった。
その上獲物までもらえる。
そこまでして頂く事は……」
長老は申し訳なさそうにするが、
「こちらが持ち帰っても荷物になるだけですし。
今後、取引きする事もあるでしょうから。
その時にオマケでもして頂ければと」
持ち帰れない事は無いだろうが―――
そもそも当初の目的はミルクや乳製品の交渉に
来たのだ。
それが入手出来なかった以上、長居は無用だし、
余計な心配や気配りをさせる事も無いだろう。
長老は何かしばらく考えている様子だったが、
「ドラゴン様から獲物を下賜された。
一族、その恩応える。
ビッグホーンいなくなった。
ヤギも牛も間もなく乳、出る。
それらを何頭か受け取って頂けないでしょうか」
「へ……!?」
長老の申し出に、私はポカンと口を開けた。