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「食欲ねえのか?」
「えっ、いや、そんなことないけど……あはは」
デジャブ。いや、アルベドとはこんなことなかった。あったのは、リースだ。だからこそ、思い出すというか、ちょっと胸が痛いというか。
(貴族の朝食って感じ……こう、長机で向かい合って……)
出されたサンドイッチはおいしそうで、私の胃のことを考えてか、かなり軽い食事ばかりだった。確かに、今は食べる気分にもなれないし、落ち着かない。アルベドはそれを理解してくれているのだろう。コック長にもお礼を言わなきゃなあ、なんて見も知らない料理人たちのことを考える。
私は、サンドイッチに手を伸ばし、ひっこめた。それを、アルベドは見て、手を止める。
「おい」
「何よ」
「食べねえと、倒れるぞ」
「大丈夫よ。これくらい……」
「……」
心配させたかな? と思いながらも、私はもう一度机の上に手をのせる。アルベドと、こうやって食事をとったことがなかったのもあって、なんだか新鮮で、それでいて、この状況がリースを思い出させるから。なんてことは、アルベドは分からないと思うし、分からないままでいてほしい。
私は、心配させまいと、サンドイッチを口にする。しゃきっとしたレタスに、こぼれるチーズとハム。塩っ気が絶妙で、パンも香ばしかった。
「おいしい」
「そりゃよかった」
「……心配かけてごめん」
「別に謝ることねえだろ。まあ、食べられるんなら、これ以上心配する必要はねえかもな」
と、アルベドは安心したように笑っていた。その顔を見るだけで私も安心する。
サンドイッチはすぐに平らげることが出来て、オレンジジュースをがぶっと飲む。さすが、ラスター帝国、オレンジがおいしい。なんて感想を抱きながら、ちらりとアルベドを見た。いつもとは違う位置で髪の毛を束ねていて、オフのアルベドって感じがする。いや、オンのアルベドというものがあるのかないのかとか聞かれたら、まあそれも微妙なのだけれど。
「そういえば、フィーバス卿のもとに行くって言っていたけれど、いついけそうなの?」
「まだ、手紙出したばっかりだしな。かえってきしだいってところか」
「やっぱり怖い?」
「何がだよ」
「ブライトもそうだったけど、フィーバス卿って、恐れられてる?」
「まあ、難しいやつだからな。俺も、あまり得意じゃねえ」
アルベドがそんなことを言うのは珍しいな、と私は目を丸くする。
フィーバス卿、氷の辺境伯。もう聞けば聞くほど、怖くて、そんな人の養子になるのかと思うと今からぞっとする。でも、これからのためを思ったら、腹をくくらなければならないと思った。仲間に引き入れることが出来たら、簡単にはエトワール・ヴィアラッテアも手を出せないだろう。
(そうよね……光魔法の辺境伯と、闇魔法の公爵家が手を組んだら、さすがにそこに宣戦布告何ていう馬鹿な真似はしないだろうし……)
エトワール・ヴィアラッテアもそこまで馬鹿じゃないと思う。いや、賢くて、悪知恵が働くから、まんまとはめられてこんな風になっているんだけど。思い出すだけで苦しくて、私は考えないようにした。
アルベドも、食事を終え、口元を拭いている。私は、今日は何をすればいいのか、アルベドが何かをするなら、その手伝いはできないかどうか聞こうと思った。私もすることがなくて、暇していたところだし。
「アルベド。今日は何をすればいい?」
「何をって。フィーバス卿の返事が返ってくるまでは、大人しくしとけ」
「ええ~」
「まだ、身分としたら、お前は平民だしな。帝都に行くにもここからじゃ距離があるだろ。他の奴に会いに行こうってまさか、思ってるんじゃねえだろうな」
「まさか!私だって、みんなに会いたいけれど、今あってもどうしようもないってわかってるから」
「わりぃ、言い過ぎた」
と、アルベドは謝ってきた。そんなに謝ることじゃないのに、と私も首を横に振る。やっぱり、お互いの距離感がおかしくなっているような気がした。私が死んで、再会するまで、アルベドの中で何か変化があったのだろう。だからこそ、こんな風に、分かっているつもりでも分かり合えていないというか。
なんかちょっと息苦しい。そう思っているのは私だけじゃないんだろうけれど。
まともに顔が見えなくて、それがもどかしくて、辛かった。
アルベドは、一気に水を口の中に含んで、がしっと口元をぬぐっていた。全く、貴族と思えないその行動にあきれてしまう。それが、アルベドだってわかってるんだけど、やっぱり他と違うなとは感じてしまう。それがいい……うん、そうではあるんだけど。
「アンタもうちょっと、貴族らしくできないわけ?」
「貴族らしくってなんだよ。てか、今更だろ」
「なんとなく……まあ、貴族がみんなそうってわけじゃないのは、分かってるんだけど、こう、なんというか!」
話題を探していたのかもしれない、変な言葉ばかり出てきて自分でも混乱した。それを感じ取ったのか、アルベドはプッと噴き出して、腹を抱える。
「変なこと言ってないでしょうが!そんな、笑わないでよ」
「いーや。お前は、何の罪悪感も感じなくていい。俺問題だ。だから、普通にしてろ。俺も、お前に距離置かれると悲しいからな?」
「……わかってて」
「ああ。よそよそしかったからな」
見抜かれていたんだ。いや、そうか。と、自分で納得する。アルベド……リースも多分今のわたしを見たら、おかしいなって気づくと思う。
わかっている自分でも。
「アルベドも」
「は?」
「ノチェが、アルベドが私のせいでおかしくなったって言った。だから、私が死んでから、こうして再会するまでの間何かあったんじゃないかって、私のせいで、アルベドが苦しんだんじゃないかって思ったら、辛かった。顔を向けられない」
「……」
「アンタは教えてくれないんでしょ?」
私がそう聞けば、アルベドは優しく微笑んだ。
「ノチェがそんなこと言ったのか」
「まあ……」
「気にすんな。あと、かっこわりぃから言わねえ」
「かっこ悪いって、アンタはいつも――」
そう言いかけたとき、アルベドの周りにぶわりと魔力が広がった。髪が逆立ったような、ピリッとした感覚に私は違和感を覚える。何? と後ろを振り返ろうとすれば、長机の上を走って、私の方まで来たアルベドは、庇うようにして私の前に出る。
「ある……」
「おい、そこにいんのは分かってるからな」
「ん?」
何かまずい状況? と、アルベドの豹変に驚いて、彼の背中から顔をのぞかせれば、そこには、先ほどこの部屋に入ってきた扉があるだけで、誰もいなかった。でも、確かにかすかに魔力を感じる。それも、私の見知った魔力。
(は?なんで?いや、おかしくはないんだけど……このタイミング?)
私も目を見開いた。少しの間離れていたけれど、だいぶん誰の魔力か感知できるようになった私は、その魔力の持ち主が誰かとすぐに分かった。恐ろしいものだな、と思いながらも目を見張る。
けれど、彼がいるはずがない、というか、こんなところで出会うなんて想像もしなかった。だから、嘘であってくれと。
「ほーんと、すぐ気づくなあ。兄さんは。俺もまだまだってところかな」
ふわりと優しい風が巻き起これば、目を閉じていた数秒の間に、彼は姿を表した。くすんだ紅蓮の髪に、淀みのある満月の瞳を持ったハーフアップの青年。
アルベドは私を隠すように魔力の壁を作る。バチバチと二人の間で火花が散っている気がして、私も一歩後ろに下がった。恐れる必要なんてないはずなのに。
「久しぶり、兄さん」
「ラヴァイン……」
「ラヴィ……?」
ぴりついた空気は、私じゃどうしようもなくて、ただ久しぶりに会ったアルベドの弟、ラヴァイン・レイを見つめることしかできなかった。