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「ごめん、恵ちゃんの住まいを悪く言いたいわけじゃないんだ。その家に決めるまで、場所や家賃や間取りとか、こだわったポイントはあっただろうし」
こうして気を遣ってくれるのは、実に涼さんらしい。
今の住まいに決めたのは、朱里が住んでいた西日暮里の物件まで、交通機関を使って二十分で行けるからだ。
住んでいる所は商店街のある下町情緒溢れるところで、大型スーパーがないのと沿線なので少し騒音があるのが難点だけれど、まあまあ住みやすい。
朱里がまだ田村と付き合っていた時は、私の家で三人でタコパをした事もある。
結局あいつはクソ男だったと分かったわけだけれど、色んな問題が表に出ていなかった時代は、割と穏やかに過ごせていた。
「……心配してくれるのはありがたいですし、涼さんの家と比べると防犯が甘いのは分かっています。……なるべく早めに同棲できるように気持ちをシフトしていきますから、もうちょっと待っててください」
そう言うと、涼さんは自分に言い聞かせるように、何度か頷いた。
「……分かった。出会って四日目で『今日から一緒に住もう』っていうのも変だしね」
「あはは」
気持ち的には勢いのまま「同棲したいです」と言いたいけれど、少し冷静になれば私たちが出会ったばかりである事を思い出す。
家族にも彼氏ができたと報告していないし、朱里と会議を開いて彼女の意見も聞きたいところだ。
「家族に涼さんを紹介したら、めっちゃ驚かれそうです」
「ぜひ紹介してもらいたいな」
「……順を追って」
快諾できないのが心苦しいけれど、今はとりあえずそう言っておく。
「そうだね。俺はちょっと焦りすぎている」
自嘲した涼さんを見ていると、とても我慢させているように思えて申し訳ない。
でも私もかなり浮かれていると思うから、もう少し冷静になって問題がないか確認してから、自分にゴーサインを出したい。
涼さんを疑っているとかではなくて、二人とも熱に浮かされたような感覚で大きな決め事をするのは危険だからだ。
食後のコーヒーを飲み終えたあと、私は外の景色を見て溜め息をつく。
それから、涼さんに向かって微笑みかけた。
「そろそろ帰りますね」
告げると、涼さんは悲しそうな表情で笑ってから「うん」と頷いた。
ボストンバッグに入っていた、元々自分が持っている服に着替えようとすると、「せめて今着ている服だけでもつれて行って」と言われ、見るからにブランド物! じゃない、シンプルなTシャツとジーンズなので、ありがたくそうさせてもらった。
「家まで送っていくよ」
「いいんですか?」
目を瞬かせると、涼さんは「勿論」と笑って車のキーを手に取る。
「じゃあ、お世話になりました」
玄関でペコリと頭を下げると、涼さんに「これ、どうぞ」とブランド物のショッパーを手渡される。
中身を見ると、お風呂に入る時に使わせてもらったボディケア類、それに基礎化粧品やコスメがぎっしり入っている。
「俺の家で使う分はまだあるし、ぜひ普段から使ってほしいんだ」
「あー……、ありがとうございます」
確かに沢山の服を持っていけないけど、多少のコスメならなんとかなるかもしれない。
それにずっと使っていたファンデーションやアイシャドウが、そろそろ底見えしていたので、次があるのはありがたい。
「お泊まりは週末って言ったけど、気軽に夕ご飯とか食べに来てよ。食材はたっぷりあるし、冷蔵庫の中にある作り置きを勝手に食べてもいいし」
「勝手に人の家に上がって、冷蔵庫の中身をあさる人にはなりたくありませんよ」
思わず言い返すと、涼さんはまたショボン……としてしまった。すまない。
六本木のマンションから東十条にある私の賃貸アパートまで、車で三十分ほどの道のりだった。
「ここかぁ……」
涼さんは商店街の近くにある、年期の入った三階建ての建物を見上げ、吐息混じりに言う。
……うん、何を言われなくても、彼の言いたい事は分かる。
彼が住んでいる物凄いマンションに比べて、セキュリティはザルだし、色々言いたい事があるのは分かる。
「今度、家の中を片づけたあとなら来てもいいですよ」
「分かった!」
そう言うと、涼さんはパッと笑顔になり、私を抱き締めてきた。
「またね、恵ちゃん」
「はい。色々お世話になりました」
挨拶をしたあと、涼さんはもう一度私をギュッと抱き締めてから、路駐していた車に乗って走り去っていった。
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