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“おれ、考え事する時ここよく来るんだよね”
中一の、まだ俺たちが出会ったばかりの頃、そう言って(名前)が教えてくれた公園のベンチ。
部活終わりに何度もそこで二人の時間を過ごしたし、ずっと一緒って約束した場所もそこだった。
(名前)が俺の事を嫌ってたとしても、きっとそこにいるんじゃないかって勝手に期待してるんだ。
居なかったら、俺はもう諦めて帰ろう。
緊張と不安で小走りになる心臓を抑えようと深呼吸しながら、公園に向かった。
公園の入り口から見えたベンチには、やっぱり俺の見たかった後ろ姿があった。
ベンチの左端、あの頃と変わらない定位置に座っている(名前)の隣に腰をかけると、(名前)は俺に気がついたのか、俯いて顔を背けた。
「(名前)、やっぱりここに居た」
「りん……角名」
俺がこの帰省中、毎日(名前)の家まで行った事を知っているからか、(名前)はベンチから立ち上がって帰ろうとはしなかった。
「…なんで来たんだよ」
最初に沈黙を破ったのは(名前)だった。
「…(名前)に、謝りに来た。
インハイの時のお前見て、急に兵庫行ったりその後も連絡しなかった事後悔してたんだ。
あんなに悲しい顔させるなんて、俺思ってなかったから。
ごめん、(名前)。」
「…そんなん、別にいいよ。もう気にして無いし。あんだけインターホン押してた用事はそれだけ?」
(名前)はまだ俯いたままだ。
重力で垂れ下がった髪は(名前)の顔を隠していて、見ることを許さなかった。
「…あと、着信拒否、解除してほしい」
(名前)の肩がピクリと動いた。
どうやら、(名前)もその話は少し気まづい様だった。
「それだけは無理」
「なん、で」
ハッキリと断られたことがショックで、思わず吃ってしまった。
それだけはと強調された言葉の意味がよくわからなかった。
ただただ悲しくて辛い鬱の様な感情だけが、俺の脳内を渦巻いていた。
「…いらないだろ。お前連絡してこなかったんだし」
「それ、なんでの返答になってないから。教えてよ、(名前)」
「……暑いから帰るね」
俺のその質問には答えを返さずに、(名前)はその場を去ろうとベンチから立ち上がった。
俺の前を通る(名前)の左腕を、このまま返すまいと思いっきり掴んだ。
「待って…まだ答えてもらってない。
ねぇ、なんでそれだけは無理なの。連絡しなかったこと、本当にごめん。すごい後悔してる。
これからはたくさん連絡する気だし、俺、(名前)と連絡とって前みたいに仲良くしたいし」
まだたくさん言いたいことがあった。
でも、目の前にいる(名前)の顔をみて頭が真っ白になった。
「(名前)…」
「…もう、やめてくれよ。俺の事追いかけないでくれよ。
俺がどんな思いで、お前と連絡取れない様にしたと思ってんだよ!
お前が稲荷崎でバレーに専念できる様に、俺の事忘れて頑張れる様にって思って切ったのに!
過去の思い出も倫太郎の事も全部、忘れようとしてたのに…!」
大粒の涙が溜まっている目元は、何日も泣いたと思わせるほど赤く腫れて、頬には泣いた履歴が残されていた。
(名前)の痛々しい目元が、この状況をさらに辛いものにした。
(名前)の腕を掴んでいた手はいつの間にか力が抜け切っていて、(名前)が公園から出ていくことを止めることができなかった。
俺は絶望した。
こんなに悩ませて、傷つけさせてしまっていたと感じたから。
この関係に亀裂が入ったのも、(名前)をあんなに苦しそうな顔にさせてしまったのも、全て俺の軽率な行動からだったと自負したから。
もう、元通りには戻せないのだという現実が、俺を襲ったから。
…本当はもう一つだけ、伝えたいことがあったんだ。
(名前)のことをどうでもいいなんて思った事はないって。
俺の中ではずっと優先順位の一番上にいる存在で、片時も忘れた事はないって。
伝えたかったんだ。
誰もいなくなった公園のベンチで、嗚咽混じりの泣き声を発した。
さっきまで公園を包み込んでいた蝉の声は、不自然なくらい遠くに聞こえた。
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