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第4話:0.4秒の沈黙(しじま)
「ここから先は、笑えなくなるよ」
そう言った女性は、水銀のような銀髪をうなじで束ねていた。
黒に近いダークグリーンのコート。まるで外界の音をすべて拒絶するような、耳全体を覆う深型ヘッドホン。
名前はマネカ・ユカノ。
EDM試聴管理官、通称“沈黙係”。
彼女は、ツグルの初仕事の立会人だった。
ツグルの今日の任務は、
未認可EDM「code_L4」の初回試聴。
仮タイトルは《0.4秒の沈黙》。
長さたった0.4秒。
だが、前任者は再生から0.2秒で昏倒した。
「音を“聴く”というより、“音に飲まれる”ような感覚です。耐性がなければ、記憶が焼かれる」
それが、前任者の最後の言葉だった。
部屋の中には、音響隔離ブースが設けられていた。
中にはツグル一人。
ジャケットに、耳元だけが露出するよう髪をまとめ、特製のノイズフィルターつきヘッドホンを装着している。
呼吸のリズムが、心拍と一緒に記録されていく。
「再生、3……2……1……」
——再生。
何も、聴こえなかった。
だが、脳が一瞬だけ“言葉にならない揺れ”を感じた。
静寂のなかで、“感情”だけが逆流するような衝撃。
ツグルは、膝をついて座り込んだ。目から一滴、涙が流れていた。
「……0.4秒、生きてる音だった」
収録後、ユカノは彼にコーヒーを差し出した。
「EDMって、やっぱり“死”のための音なの?」
ツグルの問いに、彼女はゆっくり答える。
「いいえ。“生”を削る音よ。
ドラックミュージックが感情を演出するなら、
EDMは感情を処理するの。
記憶、思考、意志。
何もかも、音が“片付けて”くれるのよ」
帰り道。
ツグルのイヤホンには、別の音が流れていた。
ドラックミュージック——
《afternoon_blank》という、短時間だけ“何も感じなくなる”街中用トラック。
「午後のカフェタイムにおすすめ」
「仕事帰りに空っぽでいたいあなたへ」
音は穏やかで、でも確かに、笑顔を誘ってきた。
耳の奥が、ゆっくりと麻痺していく感覚。
頭の中で、再生時間のカウントだけが淡々と進んでいく。
ツグルはそっと停止ボタンを押し、イヤホンを外した。
「——やっぱり、俺は作る側じゃなきゃ無理だ」
その夜、
ツグルは父の残したEDMデータ群の中から、ひとつのファイルを開く。
ファイル名:「smile_filter_test01」
そこには、**“ドラックの笑顔を打ち消すためのEDM構造案”**が書かれていた。
——誰かが笑って死ぬ前に、
この音で、その笑顔を止められないだろうか?
🌀To Be Continued…