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第5話:エモーション・キル
「感情は、ただのノイズだ」
そう言って音を鳴らす女がいた。
名はイチカワ・メノ。
契約EDM作曲者。年齢不詳。黒髪は耳の下で直線的にカットされ、唇は青白い。
防音素材で作られた灰色の和服のような衣装に身を包み、首元には古いアナログのメトロノームを下げている。
彼女は、ある精神医療機関向けに「感情切除用EDM音源」を提供している。
今日納品するのは、《Emotion_Kill.ver.3.2》。
効果は、「悲しみ・後悔・怒りを30分間だけ消す」こと。
その頃、病院の隔離室にいた少年、ミナセ・トオル(15)は、
Tシャツにジャージ、左手に常時取り付けられたモニター付きの耳機をつけていた。
トオルは、感情起伏による強迫行動障害に苦しみ、
定時にドラックミュージックを処方されていた。
再生中の曲は、《soft_reset_d》──
副作用は「過笑い」と「感情反転」。
「もういやだ……笑ってるのに、全然楽しくない……!」
トオルは叫ぶが、顔は笑っている。
泣きたいのに、ドラックの効能で“笑顔だけが貼り付いている”。
担当医は言う。
「この子、ドラックがもう効かなくなってきてるんです。
でも、感情そのものを切るのは倫理的に……」
「それ、ドラックで壊してきた側が言う?」
メノは静かに返した。
「私は“切るだけ”。
あなたたちは“演じさせてきた”。
違う?」
納品準備。
メノはEDM音源の最終調整を行う。
音は“無音に近い連続微振動”。
人間の“感情生成域”を振動で撹乱し、一時的に無感状態をつくる構造。
彼女は言う。
「EDM作曲者はね、“感情が壊れてる”から作れるんだよ。
泣いたあとに笑えなくなる人間が、音で他人の感情を止めるんだ。皮肉でしょ?」
再生。
トオルの耳に、《Emotion_Kill》が入る。
はじめは反応がなかった。
が、1分後、彼は笑うのをやめた。
「……あ、何も、感じない」
笑っていない。
けれど、泣いてもいない。
ただ、目を開けて、壁を見ている。
メノはファイルを閉じて言う。
「それが“エモーション・キル”の効き目。
笑顔で死ぬよりは、ましでしょ?」
その夜、トオルは紙にこう書いた。
「笑顔がないと、 自分が“いない”気がした。」
そしてメノは、帰り道の電車で、
ドラックミュージックが流れる車内広告を見上げた。
「今日の笑顔、保ててますか?」
彼女は答えず、
メトロノームをひとつ鳴らした。
カチッ……カチッ……
感情のない音が、静かに揺れる。
🌀To Be Continued…