「……いらっしゃい。ってか、こっち、仕事で来たんじゃないの?」
店に入って来たラフな格好の岩本を見て、思わず翔太が驚く。てっきりまた出張か何かで来たのだとばかり思っていたが…
「今日はプライベートだよ。有給溜まってるから、消化しに来た」
ビジネスホテルに滞在の手続きをしてまでわざわざ来たらしい。岩本の少し固い表情からは、強い意気込みのようなものが感じられた。
「これを機に亮平とも仲良くなりたいし、翔太とも過ごしたいし」
「……後半、正直かよ」
翔太の顔が、困惑からまんざらでもない笑顔に変わる。
なんだかんだと岩本は犬のように自分にまとわりついてくる。そんな彼は、翔太から見て、学生時代の岩本を見ているようでなんだか懐かしく、可愛く感じられた。
しかし、そんな笑顔も、たった今入って来た客を見て固まる。
「涼太…」
「………照?」
宮舘の上げた手が、空中で止まった。
聞き覚えのある声に岩本が振り返ると、一瞬時が止まったかに見えた。翔太の目に緊張が走る。
「舘さんじゃん!!!」
しかし、何も知らない岩本は破顔して、無邪気に出張?と訊く。スーツ姿の宮舘は、気を取り直し、笑顔を見せると、最近越して来たんだ、と岩本の隣りに座った。
カウンター席で、テーブルを向かいに、ちょうど三人が揃う。
しかし、タイミングよく、奥のテーブルから翔太に指名が入り、また後で来る、と翔太は何事もなかったかのように笑顔を作り、席を外した。
去って行く翔太の後ろ姿を同じような熱量で見守る二人は、翔太を見送った後、どちらかともなく差し出されたグラスを合わせた。
「転勤って、いつ頃の話?」
岩本の目は恨みがましく、少し宮舘を責めているようだ。
翔太がここにいることに先に気づいていたのなら、自分に早く知らせてくれればよかったのに。そんな思いが岩本の表情に浮かんでいた。
「……俺も最近知ったんだよ。この店に来たのも偶然で…それに、照にはずっと会ってなかっただろ。結婚とかしてるかもしれないし、連絡できなかったんだよ」
宮舘は顔色も変えず、涼しい顔で嘘を吐く。
翔太と付き合っていることはまだ隠した方がいいと彼は咄嗟に判断した。
きっと翔太もそれを望んでいることだろう。
岩本は宮舘を疑うことなく頷く。
「舘さんは?まだ一人?」
「いや…。もうすぐ子供が産まれるんだ。俺ももうすぐで父親だよ」
「……俺も?」
宮舘は、岩本に、正直に自分が独身ではないことを告げた。変に翔太との仲を勘ぐられたら堪らない。翔太とは何でもないという、念押しのつもりでそう言った。
しかし翔太本人には自分が既婚であることはまだ言っていないので、綱渡りみたいなことをしている。自分で自分が可笑しい。半ば、自嘲気味にそんなことを思う。
俺は、バレたいのかもしれない。
自分の中の逃れようのない罪悪感を、こうして持て余してしまっている。
翔太と再会した時。
既に宮舘の妻のお腹の中には自分と妻との子供がいた。 身重の妻に、今さら別れを切り出すこともできず、かといってずっと好きだった翔太に本当のことも言えなかった。
人知れず悩む日々は、決して愉快なものではなかった。全てが白日の下に晒されて、何もかも壊れてしまっても仕方がないと思いながら、言わば自暴自棄な気持ちで、宮舘は罪を重ねていた。
こんな俺、息子に知られたらおしまいだな…。
そんなふうに考えながらも、仕事が立て込んでいることにして、今日もここへ来ている。
宮舘は何かしら仕事で疲れることがあると、決まって翔太の顔が見たくなった。どうしても翔太に癒してもらいたくなった。その魅力に抗うことはできなかった。
今夜はタイミング悪く照がいる。おそらく店の後に翔太と過ごすことはできないけれど…。
「そうなのか。おめでとう。俺はまだ独身だよ。翔太のことが忘れられなくて…。翔太を取り戻したくてこの街へ来た。俺の方も再会は偶然だったんだよ」
岩本の熱に浮かされた顔を見ながら、宮舘は彼を心底羨ましいと思う。
長い年月、翔太を諦めなかった者だけが、翔太を真っすぐに愛せるのだ。宮舘にはもうその資格はない。
翔太が戻らない中、しばらく二人だけで酒を酌み交わし、昔話に花を咲かせたところで、頃合いを見計らい、宮舘は席を立った。
「うち、受験生が家にいるんだ。そろそろ帰らないと…」
「そんなに大きなお子さんがいるの?」
困って笑う宮舘に、岩本が不思議そうに尋ねる。
「うちのカミさん、再婚なんだ。俺は血の繋がらない大きな子供の父親だよ」
「あっ!マジ?」
「え?」
「俺もいきなり年頃の子供の父親になったから、どう接したらいいかわかんないんだよね。しばらくここにいるから、また飯でも行こうよ!先輩パパに相談に乗って欲しいな」
「………わかった。いいよ」
屈託なく連絡先の交換を求める岩本に、宮舘の胸がずきん、と痛んだ。少し苦しそうに顔が歪んだのを、宮舘は今度は隠すことができなかった。
コメント
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んー辛いぃーー🥺🥺
舘様🌹、やってくれるじゃん! 中々、簡単に幸せになれないもんだわね〜😭
きゅん🥺 やっぱり❤️親子にちょっと肩入れしてしまうw