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それからは天狗の青年が、山の中でうずくまっていた御子を屋敷に連れ帰ってくれたのでいつもの平穏な日常が戻ってきていた。
しかし、俺は用事が済んだ後でも天狗の青年のことが頭から離れなくなっていた。今は、御子を見つけてくれたお礼にうどんを山に持っているところだった。
山に着くとそこには傷ついた獣を治療している天狗の姿があった。彼の優しさ、弱さを見てしまった俺は彼の本当の姿に気づく。
「お前は孤独なのか…?」
その言葉に天狗は少し心を動かされるが、武士と天狗という異なる関係の間には深い溝があることも知っており、少し躊躇っているようだった。しかし俺にはそんな天狗のことを守りたいという気持ちが芽生えていた。
「そんなことをいう為だけに山に来たわけではないだろう?」天狗にそう言われ、本当の目的を思い出す。
「天狗はうどんが好物だと聞いたから前のお礼に持ってきたんだ。」
天狗がうどんを食べている間はずっとそばにいることができた。せっかくの機会なので色々な質問をしてみることにし、わかったことが幾つかあった。名前は鷹矢といい、この山を守っているのは鷹矢一人だけなのだそうだ。こんなに広い山をたった一人で守るのはとても大変なのではないかと心配に思い、ますます鷹矢を守りたい気持ちが大きくなり、次第に気持ちは恋情へと変わっていく。そこで俺は思い切って告げた。
「お前と共にこの山を守りたい。お前と共にいたい。」
鷹矢は無言で俺を見つめる。その瞳に何かを感じとり息を呑む。
すると、鷹矢はゆっくりと手を伸ばす。
「お前の覚悟を試す。だが、裏切れば二度と戻ってこれぬ場所へ追いやる。」
自分の言葉に嘘はないと、何も恐れることなくその手を取る。手の温もりが今までに感じたことのない安らぎをもたらす。
「俺は裏切らない。」
その言葉に、鷹矢はようやく微笑んだ。
彰久は鷹矢を連れて山の中にある古びた小屋で共に過ごすことを決めた。日が高く昇ると、鷹矢と彰久は共に小屋の中で朝を迎えていた。その場所は外界からはほとんど見えないが、二人にとっては安全で静かな場所だった。 鷹矢は寝ぼけた顔で衾の中で体を伸ばしながら大きなあくびをする。彰久はその姿を見て思わず笑みをこぼした。
「鷹矢、もう朝だぞ」彰久は優しく声をかけるが鷹矢は眠そうにしており、「まだ寝ていたい」と無愛想に答える。そんな鷹矢を微笑ましそうに見守りながら彰久は朝食の準備をしている。それを見て呆れたように「よく朝から動けるな」と鷹矢は言うが、
「お前のためにだよ」と楽しそうに料理をしながら彰久が答える。それを聞き鷹矢は少し心が温かくなるのを感じていた。 しばらくして鷹矢が朝食の匂いにつられて起きてきた。彰久はくすりと笑い「じゃあ、早く食べよう」と言って、食事を鷹矢の前に置く。
「お前が作るものはなんでも美味い」その言葉に彰久は照れくさそうに微笑む。
「ありがとう。でも鷹矢も手伝ってくれると楽になるんだけどな」
食事を終え、二人は外に出る。鷹矢は山の空気を吸い込むと涼しい風が吹き、その静かさを味わう。すると横から彰久が「今日は何をする?」と尋ねてくる。鷹矢は肩をすくめ「特に予定はない」と答える。
「それなら山を散歩してみたい。たまには自然の中を歩くのも良いだろう。」この山は前まで彰久が住んでいたところから離れたところにあり、何でも新鮮に感じるのだろう。 鷹矢は面倒くさそうにしていたが渋々付き合ってくれることになった。
しばらく山を歩いていると彰久が「あそこを見てみろ」と一点を指差すので視線をやると小さな花が一輪咲いていた。
「きっとこの場所でしか見られないんだろうな。」 鷹矢が感心したように言う。その花を見て彰久は穏やかな笑みを浮かべていた。小さな幸せを見つけ喜んでいる彰久の姿を見て鷹矢の心も次第に惹かれていっていた。
二人はその後、特に何も話すことなく帰り道を寄り添って歩いて行く。
こうした何気ない日常が、鷹矢にとっては初めて味わうことのできた穏やかな一日になった。