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「やっぱり魔法少女狩猟団と第五局、つまり戦闘向きの使い魔たちの大多数は出払っているみたいだわ。先日奪われた者たちを除いてね」
毎夜長くなっていく夜闇の林に潜むベルニージュたちに観る者が報告する。巨大な獣の下顎の如きテルヴァ山脈の谷間の街ロガット近郊までやって来る間、毎晩救済機構の拠点を観測させていたのだが、それも今日が最後だ。奪還作戦の直前、使い魔も含め、作戦に参加する者たちが全員集う最後の作戦会議が行われていた。
「戦闘向きだと、奪われた者たち含めて誰がいた?」ベルニージュは焚火の薪を軸に据えた夜闇に紛れる呪文をいじりながら尋ねる。
「戦う者、斬る者、闘う者辺りは魔術自体が戦闘に特化した者たちね。それと侍る者も条件付きだけど戦闘に通ずる魔術を多数持っているわ。それに樵る者、徘徊る者、遣う者、焼べる者、衛る者は戦闘にも使える厄介な魔術を所有しているんじゃないかしら。そもそも一番の問題は五十人近くを機構が有していることだけど」
一方でこちらの手札は限られている。ベルニージュたちは一〇一白紙文書を覗き込みながら唸る。せいぜいが戦闘を補佐できる魔術くらいのもので、直接戦闘向きの魔術を有する使い魔は皆無だった。
「あの混戦状態でアンソルーペは狙って戦闘向きの使い魔たちを奪った?」とユカリが疑問を浮かべるのも当然だった。
しかし敵が完璧な作戦を行使したのだとすれば、内通者の可能性が出てきてしまう。ユカリ派に再び疑いをかけられても困るのでベルニージュはそれらしい理由を考える。
「実際の所、あの襲撃のためにどれくらい綿密な計画を立てていたかなんて分からないしね」とベルニージュは答えた。「それに機構の方が長らく札の魔導書を研究してきた訳だし、襲撃の成功もその成果じゃないかな。まあ、今更考えても仕方ないよ」
「それで、どうする? この戦力で正面突破は難しいだろう」とソラマリアが意見する。
「そんなことないよ。魔法は使いようなんだから」とベルニージュは自信を見せた。「ただ、正確には正面突破風の陽動をしてもらいたい」
「陽動? 囮ってこと? 本命は誰が何をするの?」とグリュエー。
「ワタシが聖女アルメノンを攫う」とベルニージュが宣言する。
その場にいる全員が意味を掴み兼ねていた。
「お姉さまを? 一体どうして?」とレモニカが皆を代表して問いかけた。
「さっき観る者も言ったけど、五十枚近くを全て一度に奪還するなんて不可能だからね。だから聖女を人質にする」
「なるほど、身代金。いや、この場合人質交換と言った方が良いか」とソラマリアは言った。
「納得できない人もいるかもしれないけど」と言ってベルニージュは焚火を囲む輪から離れた使い魔たちの方へ視線を向ける。
ユカリは既に説き伏せた後だ。もう作戦に変更はしない。
「いえ、大筋としてはその作戦の他ないでしょう」と除く者が擁護してくれる。「ただあらゆる魔法に通じたベルニージュさんこそ目を引く陽動役に最適だと思うのですが」
「相手もそう考えるよ。ワタシのいる場所に使い魔を集中させたがるはず。そうすれば一網打尽。でも、ワタシだけが姿を現さなかったら?」
「全方位を警戒しないといけない。使い魔を分散させるってわけだね」とユカリが答える。
「いや、むしろ固まって守りを集中させるのでは?」とソラマリアが答える。
「正面突破して来てるのに? 結局陽動役の方に使い魔を割かないといけないんじゃない?」とグリュエーも答える。
「それに魔導書を奪いに来ていると思うだろうしね。私も昨日までそのつもりだったし。だから聖女の守護は手薄になる、かもしれない」
確認するようにユカリが目配せしたので、ベルニージュはしっかり頷く。
「という風に意見が分かれて、上手くいけば混乱させられる、ということですわね?」とレモニカがベルニージュの考えを汲み取った。
「そうだね。まあ、モディーハンナが指揮するだろうし、どう対応してくるにせよ、決断は早いと思うけどね」
ロガットにある救済機構の拠点は、街を囲む城壁の一部を増改築してできたものだ。城壁は元から立派なものだが、改築された部分は瘤のように膨らんだ砦のような様相を呈している。徐々に救済機構の寺院へと置き換えられてゆく途中のようにも見える。かなり自由に使っているらしく、街との力の均衡が窺えた。大王国が迫る今、同盟国たるシグニカ統一国に頭が上がらないのだ、とベルニージュには読み取れた。
観る者の観測した通り、拠点を守る魔術的防衛は高度だが、それほど複雑ではない。結界等の魔術に通じている者の中で確実に救済機構が保有しているのは衛る者と建てる者だが、もしかしたら他の使い魔が確保されているかもしれない、と警戒していたが杞憂だった。実際に結界を運用しているのは衛る者だけだということも結界から読み取れる。使い魔は専門の魔術に特化しているが故に、専門外の魔術との融和性についての知識には疎いのだろう。
「伝える者。少し手間取ったけど、こちらの準備はできた。他はどう?」とベルニージュは城壁の近く、岩の影に隠れ、鑿と鎚を構えて呟く。
間を置かず伝える者の声が虚空から響く。「皆、所定の位置についてる。観る者からの報告に不測の事態もなし」
作戦全体は既に始まっている。救済機構の注意を多少なりとも他に向けるため、拠点への侵入に向かない使い魔たちは街でほどほどの騒動を起こしているのだ。
「分かった。今、結界をいじる」そう答えてベルニージュは岩を撫で、指の感覚を頼りに岩肌に刻まれた文字を探り、鑿をそっとあてると、鎚を打ち付け、一字を改変する。「できた。作戦を開始して」
「結界解除完了。作戦開始」という伝える者の言葉が全員に伝えられる。
実際にベルニージュがやったことは結界の除外する対象を変えることだった。解除するだけなら拠点周辺に隠された四十六か所に刻まれた秘密の文字を全て改変する手間などいらなかった。結界は解除されていないのに派手な侵入者たちが現れることは機構側に大いに混乱を生むだろう、という期待をかけてのことだ。
途端に砦のあちこちで騒音が聞こえてくる。この世が終わったかのように錯覚させる泣く者の泣き声。神が降臨したかのように思わせる吟じる者の壮大な歌声。世の憂いを何もかも忘れさせる奏でる者の祭囃子。少しやり過ぎのようにも思えたが作戦はもう止まらない。
ベルニージュもまた石壁に近づき、自分一人潜り抜けられる穴を焼き溶かして侵入する。レモニカとソラマリアは掘る者の力で地中から侵入し、突如現れた二人のソラマリアが僧兵たちを怯えさせていることだろう。グリュエーは空から侵入して何人かの使い魔を各所に放ち、ユカリは使い魔たちを率いて正面から押し入っている。アギノアには一〇一白紙文書とユビス、幾人かの使い魔を任せ、脱出に備えてもらっている。
ベルニージュは密やかに、しかし迷いなく砦を突き進む。伝える者を通じ、観る者の観測でもって聖女アルメノンの居場所は常に把握していた。聖女は未だ寝室で眠っており、騒ぎの報告さえ受け取っていない。だが、増改築のせいで砦内部はあまりにも複雑な構造になっており、口伝えでの誘導は難しかった。
「止まってください。ベルニージュさん」
「使い魔だね? こちらでも確認した。回収する。何ていう使い魔か分かる?」
通路の角から密かに覗き込むと、銀色の体の何かが窓から外を眺めている。人の形に近いが肉の垂れ下がった獣のような姿だ。長く太い鼻づらに四本の牙が上下に伸び、両眼の近くに三対の角が生えている。二本の腕には関節が三つはあり、火の灯った氷の油燈と薄汚れた円匙を握っていた。
「守る者です。守護と維持の魔術に長けています」
衛る者が砦全体の防備を担当し、守る者はこの区画の防備を任されているのだ。そしてそれは聖女のいる区画に違いない。いずれにせよ排除しなければならない。
ベルニージュは力ある言葉を囁き唱える。原初の炎を称える言葉。六本目の指から生じ、人間に貸し与えられた炎を使役する言葉。闇夜とその眷属に疎まれた白昼の落とし子たる炎に捧げられた言葉。それらが形を成し、業火の投げ槍となって守る者に放たれる。
しかし炎の槍は銀の体に触れることなく掻き消えた。圧縮した熱と光がそれでも漏れ出し、廊下を焼き焦がし尽くす程の力だったが、守る者の魔術に防がれてしまったのだ。
「おっと、この作戦は聞いてませんな」と守る者が銀の瞳を瞬かせて言った。「一人だけでここに来るとは命知らずか、自信がおありなのか」
「後者だよ。ちなみに命令内容は話せる?」
「無理でさあ」
「まあそうだよね。その体は破壊してもいい?」
「お答えできません」と言って守る者は首とその肉を振る。
「そっか。もし大切なものだったら悪いけど、札だけ剥がす余裕は無いから」
ベルニージュの新たな呪文が炎の蝶を放つ。一頭、二頭と増えていき、廊下を覆い尽くさんばかりに炎が羽ばたく。辺りに火の粉が散らばり、守る者の魔術と干渉して火花が散る。最早視界は赤と橙と白に覆い尽くされ、それでもなお蝶は増え続ける。
「おやまあ、あっし、ありとあらゆる盗掘者を退けて来ましたが、これほどの力技は初めてでさあ。大したもんだ」
「そっちこそ。想像以上だよ。こっちも魔導書を使ってるのに、どういうわけ? まあ、答えられないんだろうけどさ」
次第に、少しずつ廊下の天井が焦げ、壁が黒ずみ、床に灰が積もる。徐々に、静かに、微細な炎によって焼き焦がされていき、そしてとうとう守る者の銀の体までもが黒く染まり、罅が入り、その場で凍り付いたように動かなくなり、そしてその体は縮み、灰に埋もれた。ベルニージュは炎の蝶を吹き消すと静かに灰の山に近づいて掘り起こす。出てきたのは封印とひび割れた銀の書字板だ。ベルニージュはどちらも拾い上げ、書字板の方を矯めつ眇めつ眺める。見覚えのある魔術だった。それは最新の人造魔導書に違いない。まだまだ重いが、かなり小型化されている。ベルニージュはどちらも懐に片付けた。
守る者が背を向けていた壁がいつの間にか消え去り、上階へと続く細い階段が現れた。観る者の報告と照らし合わせれば、この上に聖女がいると分かる。
階段を上るベルニージュの耳朶に「悪い報せです」と伝える者の言葉が聞こえる。「モディーハンナが聖女を起こし、報告しているところです」
「丁度、こちらでも確認したところだよ」
階段を上り切り、角から覗き込むと露台に二人の人物がいた。モディーハンナと聖女アルメノンだ。
「正門から押し入ってきたのはユカリさんと使い魔たちですね」とモディーハンナが騒がしい地上を見下ろしながら言った。「ソラマリアさんが二人現れたという報告も受けています。片方はレモニカ王女でしょうけれど。護女エーミとベルニージュさんの姿はまだ誰も見ていないようです」
「まさかあの少人数でやって来るとはな」と聖女が呟く。
「意外ですか? 一時行動を共にしていた時の印象とは違いますか?」
「いや、そうでもないか。かなり無理を押し通していたからな」
「貴方の言うことはどうにもあてになりませんね。私も一時ユカリさんと行動を共にしていましたが、臆病な割にまだるっこしいやり方を疎む直情的な人物という印象ですよ。そこにベルニージュさんが知恵を貸すものだからこういう大胆不敵な行動に出られる」
「そうか。私には慎重を期す人物に思えたが」
「それも間違いじゃないですよ。魔導書が彼女を変えるのです。まあ、ユカリさんに限らず、誰だって力を持てば気が大きくなるものですよ」
ベルニージュは密やかに呪文を唱える。モディーハンナに札を貼り付けて操ってしまえば砦を落としたも同然だろう、と考えたのだ。小さな人影を生み出し、先ほど手に入れた守る者を持たせてモディーハンナたちの元へ忍び寄らせる。
「それで? 私はどうすればいいんだ?」と聖女がモディーハンナに尋ねる。
「別にこれといって。その身を守りさえすればいいです」モディーハンナはそう言って露台の手すりから身を乗り出す。「では、使い魔を奪われ過ぎると作戦に支障をきたしかねないので指揮を執ってきます。後はよろしくお願いしますよ」
小さな人影があと少しでたどり着くというところで、モディーハンナは地上へ飛び降りてしまった。仕方がないので標的を聖女に切り替える。
今となっては、先ほどのやり取り、というよりモディーハンナの態度を見るに、目の前の人物が聖女アルメノンではない可能性に思い至っているが、重要人物には違いない。
小さな人影は上手く聖女の脹脛に札を貼り付けることに成功した。
「一切動かず、一切喋るな!」とベルニージュは【命じる】。
聖女アルメノンはびくりと身を震わせて、そして振り返る、【命令】に反して。
ベルニージュが拘束の魔術を放つ前に、聖女アルメノンは踵を返して走り去った。ベルニージュも後を追う。
「ベルニージュ!」と伝える者の声が響く。「魔法少女狩猟団の本体が帰還した! ユカリが挟み撃ちにされている!」