テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
ユカリの危機を聞き、束の間歩を緩めたベルニージュだが、再び聖女アルメノンを捕らえるべく走る。聖女を人質にとれば全てが解決する。
ベルニージュの呪文に、忠良な部下が呼応するように砦の胸壁や床が蠢き、背を向けて逃げる聖女の方へと手を伸ばす。雨垂れ跡に覆われた石床の腕が、黒ずんだ木の手すりの顎が、アルメノンを捕らえようと回り込む。
特別運動神経が良いわけではないようで、足を取られつつ逃げ惑う様は一国の王女でもある聖女の優雅さに欠けている。
そして聖女にして王女リューデシアが階下への階段にたどり着く直前、ベルニージュの忠実な魔法の追っ手が囲い込み、とうとう捕らえた、とベルニージュが確信した時、石の腕や木の顎が痙攣したように捻じれたかと思うと、斧や磔刑具へと姿を変じて床に転がった。そしてベルニージュの呪文は霧散する。
ライゼンの王女でもある聖女アルメノンが元からそのような魔術を持っていたのでなければ、それは使い魔の一つ、処す者に違いない、とベルニージュは確信する。他に処刑具や磔刑具に関連する魔術に通ずる使い魔はいないはずだった。
そして使い魔の封印をアルメノンに貼ったにもかかわらず命令に背いた理由に思い当たる。元々別の札を貼っていたからかもしれない、と。二枚の封印を貼って相反する二つの命令を受けた場合、後者の命令は無効なのかもしれない。あるいは使い魔ごとに優先度があるのかもしれない。
ベルニージュは自分自身に呆れる。どうしてそんな簡単なことを今まで検証していなかったのだろう。
そうしてまんまと聖女アルメノンを取り逃してしまった。とにかく切り替えなくてはならない。
歩廊から砦の中庭を見下ろす。ユカリと使い魔たちが魔法少女狩猟団の使い魔たちとモディーハンナ率いる僧兵たちに挟まれている。アンソルーペや焚書官たちの姿はそこにはない。
あらゆる魔術が飛び交っていた。血飛沫が舞ったかと思えば、馨しい香りが漂ってくる。どこからか魚が飛来し、追って大量の水が降り注ぐ。地面から壁が生えたと思えば崩れ去り、手錠や足枷で拘束されたかと思えば破壊される。十分な時間と準備をしていたなら深奥に潜れるだろう魔法の混沌状態だ。僧兵たちの方は使い魔の魔術のせいかふらついている。どうやらお道化る者と泣く者に感情を滅茶苦茶にされているらしく、気の触れたような笑い声と泣き声がベルニージュの元まで聞こえた。
先ほどと同じ呪文で壁に命じる。忠実な石の腕が溶けだすように壁から生えてきてベルニージュのための階段を形づくる。
地上へと降りながら頭の中で伝える者に言葉を送る。「撤退! 砦の中の使い魔は可能な限り札をグリュエーに渡して」
炎を放って僧兵や使い魔を牽制しながら、革鎧を身に着けたユカリの元へと走る。
「ユカリ! 大丈夫?」
少なくとも怪我をしている様子はないことを確認し、ベルニージュはほっと息をつく。
「うん。着る者のお陰でね。アルメノンは……。あ、撤退するんだね」と伝える者の声を聴いたらしいユカリが残念そうに頷く。
「ほら、皆も札を寄越して! 逃げるよ!」とベルニージュは使い魔たちに呼びかけた。
「引き際の見極めが甘いんじゃない?」と賭ける者が札を貼った手を差し出す。
「最後には勝つから」と言い返しつつ、その手を取ろうとしたその時、地面から手が生えてきて賭ける者の手を地中まで引きずり込んだ。
地面に這いつくばらされた賭ける者は丸太へと変じる。
次々に使い魔たちが地面に引き寄せられるように倒れ込み、動かなくなる。
「地面の下! 掘る者だ!」とベルニージュが警告する。それはレモニカが封印を奪われたことを意味する。
ベルニージュに応えるようにして分厚い石畳が滲み出て、地面を覆っていく。築く者の魔術だ。
「レモニカとソラマリアは無事だ」と伝える者の声が耳の奥で聞こえる。「今のところは」
ベルニージュの炎が蜷局を巻く蛇のように周囲を巡り、僧兵や使い魔を牽制する。魔導書である使い魔とて封印以外の全てを焼き尽くされればなすすべもなくなる、ということを使い魔自身が理解していれば、よほど強引な命令内容でない限り無理に突っ込んでくることもない。そして焚書官ですらない一般僧兵にベルニージュの魔術を突破できる者はいない。
が、囲いを突破する決め手に欠けている現状、モディーハンナとアルメノンの出方次第では一網打尽どころかユカリが殺されてしまう。
僧兵たちの人垣が割れ、青白い鬼火と共にモディーハンナが進み出てくる。
「随分無謀な策に出ましたね。聖女を人質に取ろうとしたそうじゃないですか」
「本当に聖女?」とベルニージュが言い返す。「口のきき方がなってなかったけど」
「もちろん。気の置けない仲なんですよ、私たち」
そう言ったモディーハンナのそばの地面に穴が空き、そこから聖女が這い出てきて、今奪ったばかりの封印をモディーハンナに渡す。
「それに、少々手荒にこき使っているようだね」とベルニージュが無感情に呟く。
「働き者なんですよ、聖女様は」とモディーハンナはせせら笑いながら言った。
「なら使い魔の封印を貼って【命令】する必要はないと思うけどね」
「勘違いするな」と聖女が言った。「【命令】などされていないぞ」
「そもそもあんた、口調が全然違うんだよ」ベルニージュは少し苛立ちながら言う。「演じる者ってのがいたでしょ? 何で使わないの?」
モディーハンナはにやりと笑みを浮かべて言う。「使っているかもしれませんよ?」
ベルニージュは周囲にさっと目線を送る。おそらくはったりだろうけれど、警戒させられている時点でモディーハンナの術中にはまっているようなものだ。
「私は違うからね」とユカリが言った。怪しい。
ベルニージュがじろじろとユカリを見つめると徐々に不機嫌な表情へと変わる。やはりユカリのようだ。
会話で時間稼ぎしつつ突破口を探るが、事態は一切好転していない。
「レモニカとソラマリアはアンソルーペに追い回されている」と伝える者の声が聞こえる。「グリュエーは丁度運ぶ者を回収できたようだ。向かわせるか?」
「駄目。グリュエーも奴らの狙いの一つなんだから」とユカリが答える。
モディーハンナは侵入者たちの消耗待ちに徹することに決めたようで、僧兵も使い魔も遠巻きに、しかししっかりとベルニージュたちを取り囲んでいる。こうしている間にも砦の防備は盤石になり、内からも外からも破れなくなってしまうだろう。
「ユカリ」と伝える者がベルニージュの耳元でも囁く。「アギノアがユビスと共に街に入った。おそらく君たちを助けに向かったようだ」
貴重な脚だが、巨体が目立つので本来は街の外で脱走時まで待機だったのだが、最早他に策もない。
その時に備え、皆の緊張が張り詰めた。とほぼ同時に、予想より早く、事態が動いた。何かが破裂するような、崩壊するような大音声が響く。それもアギノアとユビスがやって来るはずの東ではなく、ベルニージュが侵入した西からだ。モディーハンナたち救済機構の面々も不測の事態に慌てていた。
「伝える者!? 砦の西側で何が起きてる?」とベルニージュは問い合わせる。
「今、観てもらう」と伝える者は答えた。「大王国だ! 不滅公もいるらしい!」