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エコーリア王国は、2つの山脈に挟まれた広大な平野にある。
南の山脈には、豊富な『金鉱脈』があり、黄金の採掘・加工・輸出で国が栄えている。
北の山脈には『精霊』が棲むと伝えられ、未開のままになっている。
西は隣国との国境で、東は海が広がっている。
文化水準は、18世紀のフランス王国に似ている。
自動車や機関車は無いが、王都では馬車が走れる石畳の舗装道がある。
主食は小麦で作るパンで、庶民もビールやワインを楽しむ。
娯楽は音楽と演劇で、王都にはオペラ劇場もある。
王宮は壮麗で、民は平和に暮らしている。
王都から遥かに遠いグリーンハリス村でも、事件や犯罪は滅多にない。
ジーナは、グリーンハリス村立高校の3年生。
髪はセミロングの栗色で、瞳は茶色。
明るくて優しい性格で友達が多い。男女共学校だが彼氏はいない。
得意学科は音楽で、数学は苦手だ。
放課後。
講堂の舞台上で、20名ほどの合唱部部員がコーラスをしている。
文化祭の練習だ。
前列中央に立つジーナの独唱が始まった。
指揮者の顧問が興奮するほど、ジーナの歌声は素晴らしい。
講堂の外にいる野良犬や野良猫、鳥までがジーナの歌を聴いている。
ジーナが熱心に練習するのには理由があった。
明日の文化祭は、仕事で忙しい父さんが観に来てくれる。
ジーナの父は、右目が見えない。
「子供のころに怪我をした 」と聞いている。
でも〈パン職人〉として働きながら、ジーナを育ててくれた。
そんな父に 「ソロパートを聴いてほしい」 という願いで、ジーナは練習している。
母は、ジーナが幼い頃に亡くなった。
ジーナは母の顔を覚えてない。
講堂には、エコーリア王国の国王と王妃、娘のネリー王女の肖像画が飾られている。
16歳のネリー王女の髪は金色で、瞳は青い。
天使のような美しさは、エコーリア国民の憧れの的だ。
「遅くなっちゃった」
歌の練習で、すっかり暗くなった。父さんは先に帰ってるだろう。
村外れに建つジーナの家は、木造1階建て。
隣の家とは少し離れている。
「ただいま」 とドアを開けたが、様子が変だ。
部屋が荒れている。
「え???」
父が倒れていた。
走り寄ると、血の匂いがした。
床に血溜まりができている。
「父さん!」
意識が無い。認めたくないが死んでいる。
ガタリと音がして、奥の部屋から男が現れた。
ジーナは思わず悲鳴を上げた。
男は無言でジーナに近寄ると、まったく躊躇せずナイフを向けた。
人を殺すことに慣れている。
「私も殺される!」 と思った瞬間、男がバタリと倒れた。
男の背中に包丁が刺さっている。
倒れた男の後ろに、青年が立っていた。
キッチンに隠れていたらしい。
この端正な顔立ちの青年が、包丁で男を刺した。
青年の年齢は23歳くらい。
黒髪で黒い瞳。肌は黄褐色だ。
エコーリア王国民の肌は白く、髪は金髪、茶髪、栗毛、赤毛が普通だ。
遠い東の国に「こういう人がいる」と聞いたことがある。
ジーナは初めて外国人に会った。
青年は背中に剣を背負っている。
剣は、ベルトに鞘を吊って左腰に装着するのが普通だ。
背負う者は珍しい。
騎士でも兵士でもない、特殊な任務を想像させる。
「あ、あ、あの……?」
戸惑うジーナを無視して、青年は大きな袋から 『少女の遺体』 を引き出した。
少女は17歳くらいだ。背格好もジーナに似ている。
ジーナの目の前に 遺体が三体ある。
父と、知らない男と、知らない少女だ。
青年は床に油を撒いた。
と、いうことは……?
ジーナは次に起こることを予想して 「やめて!」 と叫んだ。
青年は、お姫様を運ぶようにジーナを抱き上げた。
抵抗して暴れるジーナに青年が言った。
「目を閉じて」
青年は火のついた蝋燭を床に落とし、ジーナを抱えて外に飛び出た。
ジーナの家から火災が起こった。
青年は黒い馬で逃げた。
前にジーナを抱えた二人乗りだ。
ジーナの頭の中は混乱している。
父さんが殺されて、私も殺されそうになって、誰かが助けてくれたけど、家を燃やされた。
それに、あの 『女の子』 は???
「馬を止めて! 下ろして!」
「しゃべらないで。舌を噛む」
そのとき、馬の横を『矢』が通過した。
二人を追う者がいる。
葦毛の馬に乗った男が、馬上から弓矢でジーナを狙っていた。
「馬に掴まって」
ジーナは馬の首にしがみついた。
青年は左手で手綱を持ち、右手で懐から短銃を出した。
「え!?」
ジーナは初めて銃を見た。
村では警官も銃を持ってない。
王国軍には[火縄銃隊]があるが、絵で見ただけだ。
青年の銃弾が、男の馬に当たった。
馬は倒れて、男は落馬した。
だが、その一瞬前に放たれた矢が、ジーナの馬の尻に刺さった。
馬は前足を大きく跳ね上げ、ジーナと青年も馬から転げ落ちた。
ジーナは青年に守られて、頭を打たなかった。
落馬した男は、剣を構えてジーナに走り寄った。
青年はジーナを守って、背中に背負った剣を抜いた。
剣での戦いは、あっけなく終わった。
青年の圧勝だ。
男の剣は巧みだが、青年の「剣さばき」に敵わなかった。
ジーナと青年は歩いて河原に着いた。
水を飲む青年の横にジーナが立っている。
「アナタは誰なの? 名前は?」
「ジェイク」
「最初に教えて。 あの女の子も殺したの?」
「違う。遺体を買った」
「え? ウソよ! 遺体を売るなんて、」
「金に困れば何でも売る。病死した娘の遺体が売れるなら売る」
「エコーリア王国にそんな人いないわ」
「貧困者が増えている」
「そんなこと授業で聴いてない」
「学校は、国に都合の悪いこと を教えないからな」
「私が教えてほしいのは!」
ジーナが質問しようとすると、川上から灯が近づいた。
「仲間の船だ」
ジーナとジェイクは船に乗った。
船頭一人で漕げそうな、小さな屋形船だ。
屋根の下にテーブルがあり、テーブルを囲んで4人分の椅子がある。
船上から見ると、川には大きなワニがたくさんいた。
夜行性のワニは、獲物を探して夜に集団で行動する。
水面から飛び出た目が不気味だ。
船には、筋肉質で大柄な男が二人いた。
モヒカン刈り と スキンヘッドだ。
二人も 背中に剣を背負っている。
ジーナ、ジェイク、モヒカン、スキンヘッドは椅子に座った。
テーブルに大きなビールジョッキが3つある。
ジーナには、オレンジジュースが出された。
チーズもクラッカーもある。
合唱部の練習を終えてから何も食べてない。生き返った気分だ。
スキンヘッドがジーナを見回した。
「へぇ、この小娘が?」
モヒカンは、言葉が女性口調だ。
「アタシの想像と違うわ。本当に本物なの?」
ジェイクも半信半疑のようだ。
「たぶんな。だが、確かにベイルと住んでいた」
ジーナはドキッとした。
「ベイル」はジーナの父の名前だ。
「じゃあ、間違いないわね。で、警察は?」
「結論を出したはずだ。 強盗が父と娘を襲い、証拠隠滅のために放火した」
「強盗はどうしたのよ?」
「父と争って、包丁で刺されて一緒に焼け死んだ。娘が生きていることは誰も知らない」
「いいじゃない。完璧だわ」
「でも本当は、娘は生きていて……」
スキンヘッドが銃を構えた。
「ココで死ぬ、ということだ」
「なにっ!?」
ジェイクがジーナに覆いかぶさった。その上を銃弾が通過する。
「悪いわねぇ。アタシたちは 『強盗側』 なのよ」
「金か」
「当然でしょ。5倍くれるんだもの」
スキンヘッドが激怒した。
「なんだと! 俺には3倍と言ったぞ!」
「だって、アンタの頭は無料でしょ。このヘアスタイル高いんだから」
両手でモヒカンを整える。
両手が頭上にある一瞬に、ジェイクの銃弾がモヒカンの心臓を貫いた。
「え!?」
本人も気付かない速さで、モヒカンはこの世を去った。
「クソッ!! オマエから始末する!」
スキンヘッドが、銃を連射した。
ジェイクはジーナをテーブルの下に押し込んた。
ジェイクは船上を飛び回った。小さな船が大きく揺れる。
船の揺れで、銃の狙いが定まりにくい。
命中しないまま、両者とも弾切れした。
ジェイクが背中の剣に手を掛けた。
だが抜く前に、スキンヘッドがジェイクに体当たりした。
身体の大きさではジェイクの負けだ。
倒れて押さえ込まれたジェイクは、首を絞められた。
スキンヘッドは首を絞めたまま、ジェイクの頭を船から川に押し出した。
川にはワニがウジャウジャいる。
ワニがジェイクの頭を目掛けてジャンプした。
ほんの数センチ届かないが、次はガブリと噛まれるだろう。
スキンヘッドがヘラヘラと笑った。
「オマエの明日はワニのクソだ。ほら、喰われろ」
そのとき、
〈ボコン!〉
ジーナがスキンヘッドの後頭部を、ビールジョッキで殴った。
「うっ……」
相手の力が緩んだ隙に、ジェイクの形勢は逆転した。
絞められた首から指を外し、スキンヘッドの肩を掴んで身体の上下を入れ代えた。
スキンヘッドの上に乗ったジェイクは、相手を船の外に押し出した。
〈ガブリ!〉
ワニがスキンヘッドの頭に嚙みついた。
そのまま身体を咥えて川に沈める。
ビールジョッキを持ったジーナは、座り込んで動けない。
ジェイクがジーナの側に座った。
「ありがとう。助かった」
「……。キャーーー!!」
数十匹のワニが、船に上がろうとしている。
最初のワニが船の縁に喰らいつき、その身体の上に上にと重なり合っている。
ワニの重みで、船がグラリと左に傾いた。
「しまった! 血の味を覚えたな。船上に獲物がいると知ったんだ」
ジェイクは焦った。
ワニの鱗は頑丈で、硬い骨が背中を守っている。
ジェイクの剣でも貫けない。
船上はワニで溢れて、ジーナとジェイクは餌になる。
どうすればいい? 銃は弾切れ。岸は遠い。
「そうだ! 屋根の上に!」
この船は屋形船。手を掛けて登ろうとしたら、
〈バキッ!!)
屋根を支える支柱が折れた。
さっきの銃撃戦で壊れたようだ。人が乗ったら崩れ落ちる。
「こんなことで、死ぬのか!?」
ジェイクが絶望しかけたとき……!
船上にすっくと立ったジーナが、歌を歌い始めた。
文化祭で父に聴かせたかった合唱部の曲だ。
澄んだ美しい声が川面に響き渡る。
ワニの動きがピタリと止まった。
まるでジーナの歌を聴いているようだ。
「……」
ジェイクも恍惚してジーナの歌に聴き入った。
ジーナが歌い終わると、ワニは静かに川へ帰った。
「あのね。ずっと昔の話だけど」
ジーナが7歳のとき『野犬の群れ』が現れて、村人が何人も襲われた。
だがジーナが歌を歌うと、野犬はおとなしくなり、村からいなくなった。
「だから、もしかしたら、って」
微笑むジーナをジェイクは見つめた。
そして何かに納得した表情になり、ジーナの前に美しく跪いた。
それは、高貴な相手に忠誠を示す所作だった。
「え? なに?」
戸惑うジーナにジェイクが告げた。
「命を懸けて御守りします。ジーナ・エコーリア王女殿下」
その頃・・・・・・、
エコーリア王国の王宮で、ネリー王女が報告を受けていた。
「え? お姉様が身罷られた?」
「誠に遺憾ながら、強盗に襲われ、御自宅で焼死なさいました」
ネリーの青い瞳から涙がこぼれ落ちた。
「私に姉がいると知ったのが3日前。一度もお会いできずに・・・・・・」
報告者が退席した部屋で、ネリーは ほくそ笑んだ。
煌びやかな絹のドレスに、金の装飾品が輝いている。
「計画は成功。邪魔者は死んで当然よ。私が王になるんだから」
船の上ではジーナが茫然と立っている。
着ていた服はボロボロだ。
「私が・・・・・・? 王女?」
(第1話 おわり)