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*****


「詩乃? どうした?」

祥平に差し出されたカップを受け取り、淹れたてのコーヒーを一口飲んだ。

彼は私の隣に座り、自分のカップに口をつける。

「今日ね、美佳と史子とランチしてきたんだけど――」

私はカップをテーブルに置いた。

「――なんかモヤモヤしちゃって」

「なんで?」

「この前のランチの時に、史子が不倫してるって知ったの」

「え」

「で、美佳が旦那さんとセックスレスだって聞いて、史子が美佳を飲みに誘ったの。自分の不倫相手とその友達と四人で飲んだみたい」

「なんか、ドラマみたいだな?」

「うん。私も思った」

祥平がテーブルの上のリモコンで、テレビを消す。

頭のいい高校生たちのクイズ番組だが、問題の意味も答えもわからず、正直面白くなかった。

「美佳は初めて会った男とホテルに行って、愛されて幸せだって喜んでた。明日も会うんだって。昼間、ホテルで待ち合わせるって、嬉しそうに新しい服を買いに行ってた」

「それ、ただヤリたいだけなんじゃ……?」

「私もそう思う。てか、そういうの、愛されてるっていう?」

「俺は思わないな」

「うん……」

セックスを『愛し合う』と表現することがある。

だから、美佳が愛されたと思うことは間違いじゃないのかもしれない。

けれど、愛とはあくまでも想いだ。

セックスは愛する人とするものだ、という大前提での表現であって、初対面の名前も知らない相手とのセックスはスポーツだともいえると思う。

快楽のために持てる技と知識を駆使する。

「ねぇ、祥平」

「ん?」

「もしもセックスがシしたくなったら、祥平を好きな女じゃなくて、風俗とかプロにして?」

「は?」

「祥平が他の女とスるのは嫌だけど、せめて愛がないなら許せると思うから」

祥平が他の女に触れ、繋がるのは嫌だ。

想像もしたくないから、それが現実となったらどれほどのショックや悲しみを感じるかすらも想像できない。

けれど、その行為に愛の言葉がなければ、少しは気持ちが軽くなる気がする。

「しないよ」

「うん。だから、もしもの話」

「もしもなんて――」

「――お腹が空いたからファミレスで食べてきた、って感じでさ? セックスしたくなったから風俗でシてきた、って言われるならまだ……ね?」

「許せるの?」

「わかんない。でも、抱き合いながら好きだとか愛してるとか言い合う方が、嫌」

「……」

言葉なんて、さほど意味はない。

ヤリたいがために、偽りの愛を囁く男は多い。

それでも、夫が私以外の女に『好き』だの『愛してる』だのと言うのは、きっとセックスしたことよりショックで許せないと思う。


だって、想像しただけでこんなに苦しい……。


「じゃあ、詩乃も」

「え?」

「セックスしたくなったら、その友達みたいに愛を錯覚させるような相手じゃなくて、ひたすら気持ち良くしてくれるプロにして」

「私は――」

「――性欲に男も女もないだろう?」

私は祥平の、こういうところが好きだ。

男だからとか、女のくせにとか、絶対に言わない。

「そうだね」

カップを手に取り、飲みやすい温度になったコーヒーを口に含む。

喉からゆっくりと身体が温まっていく。

「そうだ。この前ポイントで買ったちょっとお高いクッキー、食べようか」

カップをテーブルに戻して、立ち上がろうと腰を浮かせる。

「……うん」

上の空な祥平の声。

私はソファにお尻を戻して、彼を見た。

夫は私をじっと見つめている。

「どうかした?」

「うん」

「なに?」

「詩乃」

「うん?」

「キス、していい?」

「え?」

夫婦なのに、キスする許可を取るのもおかしなことだが、驚くのもまたおかしなこと。

だが、長らくそんな触れ合いがない私たちには、自然に違和感なくできることではない。

答えは決まっている。

嫌なはずがない。

けれど、突然の申し出に戸惑う私の答えを待たず、夫の手が私の腰を抱き、顔が近づく。

初めての、なんなら人生で初めてのキスの時のように身体が強張る。

が、それも唇が触れてしまうまで。

目を閉じたのは唇が触れた瞬間で、それまでの数秒は本当にするのだろうかと半信半疑だった。

本当に久しぶりに人の唇の温かさや柔らかさを感じて嬉しくなり、抱きしめられる腕の強さに身体が熱くなる。

わずかな時間がとても長く感じた。

唇を触れ合わせるだけの優しいキス。

名残惜しそうに離れる唇。

「セックスできないからって、キスも、抱き合うこともしちゃいけないなんて、こと、ないよな」

私の肩に顔を埋めて、夫が呟いた。

それは、彼の精いっぱいの願いのように聞こえた。

「そうだね」

私の返事で、彼の腕がより強く私を抱きしめる。

私もまた、夫の腰を抱いた。

「テレビで見たんだけど、キスは寿命を延ばすんだって」

「?」

「キスをすると脳が活性化? するなんかが分泌されて、元気になるとか言ってた」

夫がはははっと笑い、私の首筋を吐息がくすぐる。

「わかるようでわかんないけど、長生きのためにも、夫婦円満のためにも、たくさんしようか」

「うん」

セックスだけが『愛』じゃない。

私はそう、思う。

けれど、史子と美佳にそれを言うつもりはない。

言ってもきっとわかってはもらえない。

わかってほしいとも、思わない。

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