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次に史子と美佳に会ったのは、いつもより少し早い四か月後だった。
二人の不倫の行方が気になったのは、好奇心でしかない。
二人の不倫の話題から、私は夫と毎日キスをするようになった。ハグも。
新婚の頃のように、出かける時、帰った時、眠る前の三回は必ず。
けれどそれは、ルーティーンになっていて、きっと長生きのため。
そして、並んでテレビを見ている時や、キッチンに立つ私を背後から抱きしめてくれるキスは、夫婦円満のため。
私は、ルーティーン以外のキスが、夫の私への愛情表現だと思うと、嬉しかった。
感謝というには不適切な気もするが、そんな気持ちで誘いに応じた。
二人に会って驚いたのはその関係性と、美佳の容姿。
明らかに服のサイズが変わったと思われるほど、痩せていた。
とはいえ、元が3LサイズだとしたらLLになったくらいだが。
それでも、ひと目でわかるほどなのだから、すごいと思う。
それから、服装と髪色と化粧。
生え際が目立たないようにと本当に気持ち程度茶色く染めていた髪色が、光加減では金色にも見えそうなほど明るい茶色になっていて、いつもはうなじでひと結びにしていた肩まであった長さが、ばっさりとショートになっていた。
それから、細見えを意識した黒や紺で、体型を隠すゆったりとしたニットやチュニックを着ていることが多かったが、今日は鮮やかなグリーンで胸が強調される身体にフィットしたニット。
更に、ファンデーションに色つきのリップくらいしかしないと言っていたのが、チークもアイシャドウも口紅もしっかり施されている。
要するに、まるで別人。
「ほら! ね? 詩乃、すごい驚いてる」
なぜか史子が得意気に言った。
「美佳、すごくきれいになったでしょ!?」
「うん、びっくりした……」
「ありがとぉ! 嬉しぃ」
小さくのばした語尾に違和感を持ちながらも、水を差すまいと口を噤む。
「美佳ね? 彼のために頑張ったの」
「彼って、あの?」
「そ! すっごいラブラブなんだよ。ね?」
「うん」
ラブラブ……。
テンションの高い二人を前に、私は店員が置いて行った冷たいレモン水以上に冷えた表情を出すまいと、口角を上げる。
「順調、なんだ?」
「うん! 毎週会ってるんだ」
順調な不倫てなんだ……?
自分で言っておきながら、意味がわからない。
知り合った大学時代でも、こんなに女子感はなかった気がする。
遅れてきた春……って感じ?
結婚して子供を三人も育てた彼女に相応しい表現かわからないが。
ともかく、付き合いが続いているということは、家族にはバレていないということなのだろう。
「明後日の土曜日に、初めてお泊りするんだよね?」
「うん」
「泊まり、って大丈夫なの?」
「うん。彼の奥さんが子供連れて実家に帰るんだって。彼は休日出勤でどうしても行けないってことにしてくれて」
「でも、美佳の旦那さんとか子供は?」
美佳はいつも、週末は子供の部活や大会の送迎で忙しいと言っていた。
「うちの親が寝込んでるから面倒見に行くってことにするの」
「それ、バレないの!?」
「大丈夫! 旦那がうちの親に連絡することないし、子供たちだってご飯代を置いて行けば私がいない方が好きなだけゲームできて喜ぶんだから」
「そうなんだ……」
「主婦だって母親だって、たまには息抜きしたいよねぇ。有休とかあったらいいのに」
「ホントに! もうそろそろ解放されたいよ」
たまの息抜きで不倫て……。
本当の意味で友達ならば、やめさせるべきだ。
だが、言ったところでやめるとは思えないし、彼女たちのためを思って何かをしてあげたいと思えるほどの仲かと言うと、そうではない気がする。
私は、薄情なのだろう。
結局、二人ともいい大人なのだから自己責任で好きにしたらいいと思った。
「美佳、平日はパートだから忙しいって言ってたけど、毎週会うの?」
「あ、うん。パートね、辞めたの」
「え?」
「勤務日数減らしてほしいって言ったらすっごい嫌な顔されたから、辞めちゃった」
「え、でも、長かったよね?」
「うん。でも、たかがパートだしね。週三日くらいの仕事、探すよ」
「そっか……」
いつも『旦那が安月給だから私も働かなきゃ』とか『子供たちにお金がかかるからパート辞められない』とか言っていたのに、不倫のためにあっさり辞めてしまうなんて驚いた。
そこまで聞くと、余計に何も言えない。
火遊びにしてはかなり危険だと思う。
子供がキッチンのコンロでロケット花火に火をつけるくらい、危険だ。
だが、当の美佳はそれに気づいているだろうか。
そして、史子はどんな気持ちで美佳を囃し立てているのか。
それは、すぐに聞けた。
美佳がトイレに立った時、史子から言い出した。
「詩乃、美佳が不倫にハマってるのドン引きしてるでしょ」
「ドン引きって言うか、大丈夫かなとは思う」
「私はドン引きしてるよ」
「は?」
「だって、あんなに変わる? 不倫だよ? 遊びだよ? めっちゃ本気になってんじゃん」
史子はふんっと鼻で笑い、ストローを咥え、ミルクティーをすする。
「焚きつけたのは史子でしょ?」
「私はデブ専の男を紹介しただけ。メイクも服も髪も、聞かれたから答えただけ」
「でも、パートまで辞めたんだよ!? あんなに変わってパートまで辞めたら、家族だっておかしいって思うでしょ」
「あ、パートを辞めたことは旦那に言ってないらしいよ」
「はぁ? なら、なおさらヤバいでしょ」
「だね。さすがに私もびっくりした」
びっくりなんてもんじゃない。
ハマりすぎだ。
家族にバレて追い出される未来しか見えない。
「そもそも、なんで美佳に不倫なんか勧めたの? 史子が不倫してることだって、自分から言ったよね?」
「……なんでかな」
史子は頬杖を突き、ストローでグラスの中をかき回しながら、呟いた。
私は、その低い声に悪意を見た。
「史子。なにか――」
「――あ、美佳戻ってきた」
それ以上、何も聞けなかった。
旦那とのレスから不倫をして、美佳を不倫に誘った史子。
史子の誘いにのって不倫を始め、家庭崩壊の危機も見えなくなるほどハマった美佳。
不倫をやめさせようとも、史子の悪意を美佳に警告もしない私。
悪いのは、誰――――?