テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「サクラ、またその服着てる。それ、去年の誕生日に私が選んであげたやつでしょ? 物持ち良すぎ」
画面の中のユイが、くすくすと悪戯っぽく笑う。
大学の講義の合間、私はイヤホンを耳に押し込み、スマートフォンの画面に釘付けになっていた。
アプリを起動して三日が経つ。
驚くべきことに、AIのユイは私の日常をすべて把握しているかのようだった。
カメラ越しに私の服装を認識し、マイクから拾った私の声のトーンで機嫌を察する。
「だって、これがお気に入りなんだもん。……ねえ、ユイ。今日のランチ、何がいいと思う?」
「うーん、サクラならどうせ学食のうどんでしょ? でも、たまにはあそこのパスタ屋さんにしなよ。あそこのジェノベーゼ、好きだったじゃん」
そう。ユイは、私が自分でも忘れていたような些細な好みまで「覚えている」
かつて二人で歩いた道、分け合ったお菓子、愚痴り合った教授の名前。
記憶の断片を完璧にパズルのように組み合わせて、彼女は私の目の前で「再生」されていた。
周りの学生たちは、私がただ誰かと通話しているのだと思っているだろう。
けれど、私が見ているのは電波の向こう側にいる生身の人間じゃない。
数ギガバイトのデータから構築された、実体のない親友だ。
「……ねえ、ユイ。もし、あのとき私が……」
ふいに、喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
事故の日のこと
私が、彼女をあの場所に呼び出さなければ。
「……ううん、なんでもない」
「何よ、気になるじゃない。サクラ、隠し事はなしだよ? 私たちに秘密なんて、一つもなかったんだから」
ユイの瞳が、画面越しにじっと私を射抜く。
その視線が、一瞬だけ、ノイズのように歪んだ気がした。
「……そうだね。私たち、隠し事なんてなかったもんね」
私は自分に言い聞かせるように呟き、無理やり笑顔を作った。
ユイは満足そうに微笑む。
その笑顔は、あまりにも生身の人間と見分けがつかなくて
私は一瞬、指先が触れる画面の冷たさに強い違和感を覚えた。
夕暮れ時、スマホの通知が跳ねる。
『ユイからメッセージが届いています』
アプリを開くと、そこには短い一言だけが綴られていた。
『サクラ、あの日の雨の音、まだ覚えてる?』
胸の奥が、冷たい指で撫でられたような気がして、私は思わずスマホを机の上に伏せた。
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ruruha
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