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第三十四章 映す青
窓の向こう。
青い空。
飛行機の小窓を覗き込むと、
無邪気な顔した自分と目が合った。
隣から、
蓮もそっと顔を寄せた。
どこまでも続く、青を見ていた。
首筋にかかる息がくすぐったい。
「綺麗だな」
そう言ったのは蓮だったか、
俺だったか。
もう、分からなかった。
ライブを終え、まっすぐ向かった先は空港だった。
あの時の涙はもうなかった。
ぶつかる人もいない。
堂々と国際線のターミナルを、颯爽と歩く。
ゴロゴロとスーツケースの音を鳴らして。
二人で肩を並べて座った。
離れがたくシャツを掴んだあの日が遠い昔みたいだ。
カナダ行きの搭乗案内が響く。
スッと立ち上がった蓮の手に引かれて、俺も立ち上がる。
よろめいた俺を、クスッと笑いながらも優しく受け止めた蓮。
「危なかしくって置いてけない」
「バァカ俺の方が先輩だぞ!自分の心配しろよ」
強がりだと分かっている。
そんな触れ方だった。
腰に回した手の温もりに、胸が熱くなる。
「ちゃんと送ってあげるからな!」
「はいはい……頼もしい先輩ですよ」
飛行機へ続く通路を、一歩一歩進む。
カナダまで送って行けと提案してくれたのは涼太だった。
「ちゃんと、自分の足で蓮を送ってこい」
いつだって涼太は、俺を導いてくれる。
「翔太大丈夫?俺もついて行こうか?帰り一人だと心配だよ」
甘やかすのは亮平。
〝僕の可愛子ちゃん〟
そう言って頬擦りをした亮平が、唇を押し当てたのを思い出して、頰が熱くなった。
手のひらで頰を撫でると、急に手首を掴まれた。
「誰を思って頰を赤らめたのかな?」
「エスパーかよお前――」
「翔太のことは何でもわかるよ。魔法使わなくてもね」
「意地悪ばかり言うなよ」
「ほら――おいで」
差し出された蓮の手に、自分の手を重ねた。
「繋ぎたいって顔に書いてある」
「そっちだろっ」
――逃げ出した街に、自分の足で戻ってきた。
空港の自動ドアが開く。
冷たい風が頰を撫でた。
ジャケットのボタンを閉める。
タクシーの車内。
行き先を告げた俺。
蓮は俺の腰をグッと引き寄せた。
「To Lake Louise, please.」
俺の顔を覗き込んだ蓮。
「魔法使った?」
「あほ!これくらいの英語喋れるわ」
――――
うっすらと雪が残る。
湖へと向かって伸びる道を歩く。
二人分の足音が嬉しくって、ついつい小走りになる。
「ねぇこけちゃうよ?」
「子供じゃないもん」
「……もんって言ってるし」
後ろを振り返って、手招きする。
蓮はいつも通り。おっとり、ゆっとりとしてる。
せっかちな俺と蓮。
「急いだって逃げやしないよ」
「イチャイチャの時間少なくなるぞ」
「それは、大変だ」
いつもより少し早歩きで。
いつもより大股で。
もちろん、腕まくりをして。
面白可笑しくって笑っちゃった。
「必死になるなよ――キモイぞ」
「どっちがだよ。離れ難いくせに」
「自惚れぬなよ」
「あまり暴言吐かない方がいいですよ先輩。
あとで痛み目見ます」
「……っ」
後ろから覆い被さるように、俺に抱きついた。
その次には視界を遮られる。
「れんっ?」
「しーっ静かに。翔太、耳を澄ませて」
静かな湖畔の入り口に立つ。
風が湖面を撫でる音。
さわさわと――揺れている。
頰を撫でる風も、以前と違って優しい。
キリッとした冷たさがない。
目を覆っていた蓮の手が、肩にそっと置かれた。
――さぁどうぞ
そっと目を開けた。
氷が溶けた湖。
雪の残る山肌を照らす太陽。
雪が溶け、厚い氷が日差しを反射させている。
眩しいくらいの光と、雲ひとつない青空。
青い水面。
湖の奥深く。濃く暗い青――深藍。
「ターコイズブルーの衣装の色にそっくりだね」
蓮が静かに言う。
「綺麗だ」
自然と流れ出た涙を、そっと蓮が拭った。
「翔太の青」
涙で視界がぼやけた。
蓮の顔を、
蓮の声を、
目に、焼き付けておきたい。
いつでも思い出せるように、耳にその声を残しておきたい。
それなのに、耳に響いたのは、
子供みたいに泣きじゃくる自分の声だった。
水面に立つ漣。
手で掬った。
痛いくらいに冷たい。
氷河から溶け出た湖の水は思いの外冷たかった。
「青じゃないんだよ」
「え?」
ドヤ顔の俺。
「湖はさ、空を映してるだけ」
ニヤリと笑った蓮。
「……今それ言う?」
「ここにあんのよ最初から。」
トンと胸を叩いた。
「サファイヤ?」
首にぶら下がる二人の指輪。
青い宝石サファイヤ。
「違うわアホ――俺ん中にあんの!」
「理屈っぽいな」
「頭いいから」
「可愛くない」
「うるさい」
少し間
「……でも綺麗」
「知ってる」
風が吹く。
春はもうすぐ。
この街にももうすぐ来る。
「寒い」
肩を竦めた俺に、蓮が笑った。
「さっきまで走ってたくせに」
「湖の水、冷たかったんだよ」
「そりゃ氷河だからな」
くすっと笑う。
「ホテル戻る?」
俺がそう言うと、蓮は少しだけ空を見上げた。
夕方の空は、昼間とは違う青だった。
「……うん」
並んで歩き出す。
雪を踏む音が、静かな湖畔に響いた。
コメント
2件
エモくて、泣いてる😭😭😭😭😭😂