テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
一度夜を明かした後もレモニカたちやラーガ率いる騎士たちは凍てつく半島の西へと歩みを進める。聖女を攫った後、追撃は未だ現れなかったが、それでも警戒を緩める気にはなれなかった。
ベルニージュの予想通り、リューデシアは魔導書を貼られていたが、それを剥がした後も意識を失ったまま眠り続けている。
貼られていた使い魔処す者には話を聞いたが、与えられた【命令】は逃げようとしたり暴れようとしたなら大人しくしていろ、という消極的なものだった。
ついでのようにベルニージュは封印を二枚貼った場合どうなるかを使い魔に聞いた上で実際に貼って検証していた。以前にも何度か話題になったが、全ての使い魔には位が設けられており、位の高い者の支配力が優先されるらしい。
これほどの大所帯の道行きは初めてで、レモニカはソラマリアと共に最後尾を歩いていた。掘る者の封印は一度リューデシアに奪われた後、ラーガに獲得されてしまったため、ソラマリアの最も嫌いな生き物、すなわちレモニカ自身にレモニカは変身している。
ソラマリアの気まずそうな表情には叱られて落ち込む幼子に対するような憐れみを覚えたが、仕方のないことだ。
「そうだ。少し練習してもいい?」とレモニカはソラマリアに尋ねる。
「練習? ああ、ベルニージュと開発しているという魔術ですか?」
「そう。心を読む魔術よ。今のところそれほど高度なことは出来ないのだけど、最低でも相手の最も嫌いな生き物だけでも読み取れるようにならないと」
「先んじて把握し、対応が後手にならないだけでも大きな強みがありますね」
「ええ、それに、呪いに怯え、逃げられやしないのに背を向けるのはやめて、向き合うことが大事なのかもしれない、と。そう思ったのよ」
レモニカは中指と薬指、親指の三本で作った輪を覗き込んで右目を閉じ、代わりに想像上の右目を開きながら、まだ試行錯誤している呪文を唱える。
秋も半ばになって生気を失いつつある野原を行く人々、ユカリたちと何人かの使い魔、ライゼンの王子とその騎士たちの前に靄のような観念のようなものが浮かび上がる。それが既に意味ある形を成しているのかさえまだ分からない。読み取ることのできるものなのか、それ自体がまだはっきりとしていないのだが、何とか意味を見出そうとレモニカは第三の目を凝らす。が、やはり何も見出せない。それに道を外れた野原にも何かの気配を感じる。呪いの方と違って、この魔術は動物にも反応しているのかもしれない。唯一感じ取れる差異は複雑さだ。やはり人間の精神の方が複雑な観念を抱いているからだろう。それは観念の靄にも感じ取れたが、レモニカはその先に進めずにいた。
そこでレモニカはふと閃き、ソラマリアの方に視線を向け、そして問いかけるような表情のソラマリアに答える。
「よくよく考えたら正解が分からなければ答え合わせができないわ」
ソラマリアはますますばつの悪そうな顔になる。意地が悪いかもしれないが、嘘ではない。今、第三の目でソラマリアを覆う観念と自分自身の姿に相関性を見出せればこの魔術が使い物になる。
「ほら、少し離れて、もう少し先を行って」と言ってレモニカは立ち止まり、ソラマリアの背中を凝視する。
その時、突然レモニカの体が縮んだ。何かに変身したのだ、と確認する前に、すぐに気づいて戻ってきたソラマリアに抱きしめられ、元の姿に戻った。
「誰だ!?」とソラマリアが鋭い声を発して周囲を見渡すが誰もいないように見える。
人の隠れられそうな木立ちは十分に距離が離れていて、多少背の高い茂みや灌木が近くにあるが、誰かが隠れ潜んでいる様子はない。レモニカに、ソラマリアよりも近寄れた者がいるとは思えない。
その時、一羽の鷲が甲高い鳴き声を響かせたが、レモニカのこの呪いは動物の最も嫌いな生き物は読み取らない。対象は人間、そして使い魔だ。
「使い魔が隠れ潜んでいるのかしら?」レモニカはソラマリアの背に隠れて、異変に気づいて戻ってくるユカリたちの姿に安堵しつつ、問いかけた。
「おそらく。ですが、一体どこにいるのか」
ひらひらと舞い飛んでいる蝶がいたが、封印は貼られていない。冷たい空には鷲が他にも二羽いたが、そちらは封印が貼られているかどうかは分からない。
「どうかした? あの狼?」と戻って来たユカリの視線を追うがレモニカにはどこにいるのか分からなかった。
今起きたことを説明し、目の良いユカリにも探してもらう。
「とにかく立ち止まらずに歩き続けた方が良いんじゃない?」と言うベルニージュの言葉に従う。
蛇、山鼬、蝗、穴熊、猪。ユカリが見出した生き物を一つ一つ数えるが、体のどこかに封印が貼ってあるかどうかまではさすがに分からない。
「狐、野良犬? 箆鹿、屈狸、梟。みんなこっちを見てる」とユカリが夜闇に怯える子供のように呟く。
レモニカの視力ではほとんどの動物がどこにいるのか分からなかったが、確かに不気味な状況だ。
「たぶん手懐ける者だよ」とベルニージュが言う。「動物を操る魔術に長けるらしい。襲ってきたなら返り討ちにできるけど、この様子を見るに付かず離れず無理せず監視するよう命令されているみたいだね」
「レモニカ様が変身するほどの距離に近づいてきたが?」とソラマリアは疑念を呈す。
「ただの失敗じゃないかな。命令は命令。命令された通りに実行できるかどうかは使い魔の実力と性格、それに運次第だよ」
「わたくしの呪いを利用すれば位置を特定できないでしょうか?」
「できるかもしれないけど、一度変身したんでしょ?」とユカリが確認する。「ならさすがにもうへまはしないんじゃないかな」
レモニカたちは少し歩を緩めているライゼンの騎士たちに追いつくべく歩を早める。
レモニカは確認するように尋ねる。「ソラマリア。使い魔がどこにいるか分かれば封印を奪えるわよね?」
「ええ、もちろん。距離にもよりますが」
「氷の槍を用意しておいて」
「どうするのです?」
「まだ感情を読み取ることは出来ないけれど、そこに何か生き物がいることくらいは分かるのよ」とレモニカは答える。
「でも呪いと違って人間以外の生き物にも反応するよね?」とベルニージュが指摘する。
「そこは何とか、意味を見出してみせますわ」
ソラマリアがレモニカたちの陰でこっそりと氷の槍を創り出し、レモニカは呪文を帯びた指の輪の中に第三の目を開き、周囲を見渡す。懸念の通り、生き物の気配に溢れている。手懐ける者とやらが集めていなくても、人の気配のない野原や林には元々沢山の生き物がいたことだろう。魔法の輪を覗くと無人の土地が途端に騒々しい市場のように感じられる。
レモニカは観念の靄に目を凝らし、意味を見出そうとする。大概の動物はより大きな生き物や肉食動物を嫌いそうだが、中々具体的な何かには結びつかない。
「そういえば、わたくし、先ほど何に変身したのですか?」とレモニカはソラマリアに尋ねる。
「一瞬だったので確信は持てないのですが、薔薇色の衣装を身にまとった子供のように見えましたね」
はっきりと区別がつくようになれば明らかなのだろうが、今はまだ肉食動物と綺麗な服を着た子供の区別もつかない。しかしレモニカは肝心なことを忘れていたことに気づき、閉じた右目を凝らす。使い魔もまた人間同様、複雑な心を持つ存在だ。それは観念の靄に現れる。
「見つけました。ユカリさま。確認してください」そう言ってレモニカは距離と方角を伝える。
「穴熊だね」とユカリは囁く。「身は少ないけど美味しいよ。この季節だと脂身が多いけど独特の甘みがあるんだよね」
次の瞬間、ソラマリアが放った氷の槍は空気との摩擦で溶けながらも穴熊を射殺すには十分な威力だった。