「……ん」
日の光が差し込む、冷たいベッド。
ポンと、そこを叩けば、誰もいない、そんな孤独感が押し寄せて、俺はもう一度目を瞑ってしまおうかとも思った。
けほけほと、むせてしまって、喉が渇いていることに気づいた。張り付いた喉は、痛くて声を出したくないとさえ思ってしまう。
「……ゆず君」
目も痛かった。昨日、散々泣いて、散々叫んで、散々されて……腰も痛けりゃ、全身が痛くて悲鳴を上げていた。でも、喉の渇きには耐えられなくて、立ち上がってリビングに行けば、そこもまた誰もいない空っぽな空間が広がっているだけだった。ただ、リビングに散乱していたゴミや服は、綺麗に片付けられていて、ゆず君が一人でやったのかな、なんて少しそこで足が止ってしまった。だって、ゆず君が……一人で。
(一人で、出来るじゃん……)
俺がいなくても良いんじゃないかって、そう思ってしまって、俺は言葉を失った。俺は、ゆず君は俺がいないとどうにも出来ない人間だって勝手に思い込んでいた。でも、実際、人間やろうと思えば、何でも出来る。そんなものなんだと、思って、俺は、悪いと思いながら、勝手にグラスを出して、水道の蛇口を捻った。ザバァと想像以上の水が噴き出して、服を濡らす。そういえば、いつも、事後はゆず君が色々やってくれたんだっけ。だから、お腹も痛くないし、服も着ていて、寒くもない。
俺は、結構大きな勘違いをしていたのではないかと思った。
誰もいない静かで俺一人には広すぎる部屋の中で、俺はじっと窓の外を見つめていた。今日は、曇天。けれど、鳥たちは、そんな空を自由に飛んでいて、まるでゆず君みたいだなあ、なんて思ってしまう。
「はあ……」
昨日のことは思い出すのも辛い。
何が原因だったのか、それすら分からず今日を迎えてしまって、ゆず君には謝ることも何も出来なくて。本当に不甲斐なさ過ぎる。
俺も悪かった、ゆず君も怒っていた。そして、ちぎり君も……
(いや、あの子は関係無い……)
認めたくないから、逃げているだけ、といわれたらそうかも知れないけれど。
俺は、ゆず君のいない家を見渡して、もう一度ため息をつく。
愛想尽かして出て行ってしまったのか。そう思ったが、寝室に、置き手紙と、部屋のカードキー……合い鍵が置いてあったから、見捨てた、というわけではないだろう。でも、ゆず君のことだから……とか彼を信じられない部分もあって、俺は直接会って、話してみなければ分からない、と思った。けれど、あう勇気なんて更々ないわけで。
片付けるものもなくなっちゃったし、俺は家を出ようと思った。ここにいたところで、ゆず君がいつ帰ってくるかも分からないし、俺もバイトも、大学もあるから暇じゃない。
俺は、これでいいのかな、何て思いながら、ゆず君の家を出ることにした。
スマホには何も連絡が入っていなくて、入っているといえば、学校からの課題。一限目は確実に欠席だと、急ぐのを諦めて、あの繁華街を歩く。昨日の記憶が蘇ってきて、吐き気を覚えたが、こんな道中ではくのは通行人に申し訳ないと思って、俺は必死に我慢した。
そうして、何とか必死に家に帰ると、あや君が、慌てた様子で家から出てきた。
「あれ? あや君学校は?」
「あーえっと、インフルエンザで学校閉鎖」
「そうだったんだ。大変だったね。あや君は調子悪くない?」
「う、うん。俺は、うん……兄ちゃんは?」
「え? 俺? 何で?」
俺が、そう聞くと、ゆず君は、いいにくそうに、ごもり、それから、顔色が悪い、と指摘した。
取り敢えず中に入って、といわれて、ただいま、なんていいながら俺は家の中にはいる。それにしても、ソワソワと落ち着かない様子で、あや君は俺の方をチラチラと見てきた。いったい何だろうと、首を傾げていれば、重く閉ざしていた口をかぱっと開いて、あや君が話し出す。
「朝ね、柚さんが来て、凄い落ち込んだ顔で『ごめんなさい』って謝ってきたんだ。で、何でかなっておもったんだけど、そこは教えてくれなくて。でも、きっと兄ちゃんに関係してるって思ったんだ」
「……ゆず君が?」
「兄ちゃん、柚さんと何かあったの? 兄ちゃんの顔色が悪いのと関係ある?」
と、あや君は俺の両頬を挟み込むような形で、顔を近づけて、俺と同じ夕焼け色の瞳に不安の色を宿らせた。
あや君には知られたくないっていう気持ちと、教えてあげなきゃ、心配しているんだし……という気持ちが混ざり合って、また気持ち悪くなる。でも、必死のあや君の声に応えなきゃ、と、感謝の気持ちと、勇気を持って、俺はあや君に昨日会った出来事を、多少は削りながらも、話すことにした。
「あや君聞いてくれる?」
「勿論、兄ちゃん。俺の事も頼ってよ。いつも、頼らせて貰ってるから。兄ちゃんも俺に『お願い』していいんだからね」
「あや君」
任せて、と、ドンと胸を叩くあや君。でも、力量間違えて、むせてしまっていた。そんなあや君の背中を叩きながら、俺は、ほっと息をつく。
始めて、そんなこと言われたな、と、不思議な『お願い』の形を前にして、俺は少しだけ、救われたような気がした。
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