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#海辺の町
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大学時代、私が参加していたのは放送研究会というサークルだった。短編映画を作ったり、ラジオドラマを作ったりと、そんな活動をして楽しんでいた。公に発表するような作品を作っていたわけではなかったが、月に一度の割合で制作していたラジオドラマは、昼の時間帯に学生食堂で流してもらうこともあった。また、このサークルには、例えばテレビやラジオといった放送業界への志望者たちも多く在籍していて、実際に現場で活躍している先輩たちも多い。
サークルの人間関係は、縦も横も、その繋がりは密な方だろう。大学を卒業してからも、集まりに顔を出す先輩たちは多かった。年に数回程度、四季折々に何かと口実をつけて集まるOBOG会は、その流れからいつの間にやら立ち上がったものらしい。
さて、ただいまの季節は秋。私にとっては、大学卒業後三年目の秋である。
今回の集まりの目的は「夏を惜しむ」。夏が終わってからだいぶ時が過ぎてはいるが、結局のところ、何でもいいから適当な理由をつけて集まりたいだけなのだろう。
この場にはほぼ毎回のように、私の苦手な先輩、矢嶋彬も顔を出していたが、今回もやはり彼の姿があった。
彼からは離れていよう――。
そうと決めて、矢嶋とは対角線上に当たる、彼から最も遠い場所に座っていたはずなのに、なぜなのだ。気づいた時には、私の隣には彼がいた。ついさっきまで、そこには仲良しの本田藍子が座っていた。しかし、ちょっとお手洗いにと言って、彼女が席を離れた隙に、矢嶋は当たり前のようにやって来て、私に逃げる隙を与える間もなく、隣に腰を下ろしたのだ。
はじめのうち、私はあらぬ方向に目を向けて彼を無視していた。
ところが、矢嶋は私の態度を気にした様子もなく、あれやこれやと話しかけてきた。
「久しぶりだな。しかしお前の頬っぺた、いつ会っても『たこ焼き』乗っけてるみたいだな」
たこ焼き……。
私は苛立ち、眉間にしわを寄せた。
彼がなぜ、私にそんなあだ名をつけたのか、理由を確かめたことはなかったが、おおかた想像はついている。大学一年生、つまり当時まだ十代だった私は、笑うと頬の辺りが丸く盛り上がるという、今と比べるとだいぶふっくらとした顔をしていた。今ではもう体全体が引き締まり、顔周りもすっきりして、当時のような顔立ちではないが、それでも彼は顔を合わせる度にそんなことを言ってからかうのだ。
私は深々と息を吐いて、彼から目を背け、つんとして言う。
「あら、先輩。そこにいたんですか。先輩こそ、相変わらず感じ悪いですよねぇ。私の隣はつまらないでしょう?あっちでみんなと飲んだらいいんじゃないですか?」
相当嫌みったらしく言ってやったはすだあ、矢嶋は全く動じない。目の端に写り込んだ彼は、むしろ愉快そうだ。
「お前をからかってる方が楽しいんだ」
「私は、先輩のおもちゃではありません」
「ふくれっ面すると、ますますたこ焼きが大きくなるぜ」
「たこ焼きたこ焼きって、連呼しないでください。うるさいです」
相手は先輩だと分かっている。けれど、黙っていられない。
「立場の弱い後輩をからかって喜ぶなんて、そんな人がアナウンサー?本性を隠して公衆の面前に顔を出しているなんて、ほんっと信じられないんですけどっ」
矢嶋はくつくつと笑う。
「だけど俺、本当のことを言ってるだけだぞ?お前もさ、もう社会人三年目なんだろ?それなのに、学生時代と全然変わんないんだもんなぁ。色気のかけら一つ、見当たらないじゃないか。そんなんじゃ、男もできないぜ」
内容に似つかわしくない矢嶋の美声が、余計に私の神経を逆なでする。腹が立った私は、フンッと鼻息荒く、彼を睨みつける。
「どうせ私は色気がないですよ。おかげでカレにフラれましたよ。先輩だってその口の悪い所、ほんと、変わらないじゃないですか。さっきも言いましたけど、私は先輩のおもちゃじゃないんです。先輩がここから動かないんだったら、私が移動しますから、この場でどうぞごゆっくり。市川!私の分もそれ頼んでよ!」
矢嶋に向かってまくしたてた後、私は勢いよく席を立った。その瞬間ちらと目に入った彼は、呆気にとられた顔をしていた。今や天敵状態の彼に、ひとまずは一矢報いることができたようだと留飲を下げはしたが、一応の先輩相手に感情的になりすぎただろうかと、ほんの少しだけ後悔する。しかしすぐに、いやいやこれくらいの反撃は当然だと自分を正当化し、私は気を取り直して、テーブルに沿って歩き出した。
繋げられたテーブルをぐるりと回り、同じ学年で同じゼミだった市川健次郎の隣まで行き、私は矢嶋が座っている側に背中を向けて腰を下ろした。
市川は苦笑している。
「矢嶋さんのこと、一人にしていいのかよ?」
私は肩をすくめる。
「いいのよ。だってあの人、私のことをからかって楽しんでるだけなんだもの。こっちはその度に不愉快な気分になるし。ほんと、意地悪で悪趣味だわ。まったく腹が立つったら」
「それは、夏貴のことを気に入ってるからじゃないの?傍から見てると、楽しそうだぜ。じゃれ合ってるように見えるっていうか」
「やめてよ。楽しんでるのはあの人だけなんだから」
「そう言いながら、夏貴も結局はいちいち反応してるんだろ?本当に嫌いだったら、相手にしなきゃいいじゃん」
「別に嫌いってわけでは。それに……」
私は氷だけになったグラスを回す。
「一応は先輩だし……」
「それなら適当に言い訳作って、さっさと他の場所に移ればいいのに」
「そうは言うけど、タイミングが難しいのよね」
市川の言葉はいちいちその通りだ。それなのに、私はなぜか言い訳がましく答えてしまっている。
市川は私をまじまじと見て、にやりと笑う。
「本当は、夏貴、先輩に構われるのが嫌じゃないんじゃないの?」
「そんなわけないでしょっ」
私はキッとした目つきで市川をにらむ。
「しつこくからかわれてみなさいよ。本当に気分が悪いんだからね。あの人、きっとこれからもこの飲み会に来るよねぇ。その度に不愉快にさせられるんだったら、次から参加するのやめようかな」
ため息をつく私の頭を、市川はなだめるように撫でる。
「まぁまぁ、そんなこと言うなって。今日はせっかく久しぶりに会ったんだから、気分を変えて楽しく飲もう。あぁ、藍子が戻ってきた。おぉい、藍子!夏貴はこっちだぜ!」
市川は手を高く上げて、藍子に合図を送った。
彼女は私と市川に気がついて、いそいそとやって来る。
その姿を目で追う中、矢嶋の姿がふと視界に入った。
いつの間にか、彼は数人の先輩や同期たちに囲まれていた。なんの話で盛り上がっているのか、ひどく楽しそうに笑っていた。
彼の笑顔を見た途端、私の胸の中にもやもやしたものが広がり出す。
私には意地悪な顔しか見せないくせに――。
注文していたサワーのグラスが運ばれてきた。私は目の前に置かれたそれに手を伸ばし、灰色の気分を払うようにぐいっとグラスを傾けて、しゅわしゅわした液体を口の中に流し込んだ。