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何、その条件……
「俺の事、ベルって呼んで欲しいっス」
にこりと、もう一度、念を押すように、少しかわいこぶっていった目の前の悪魔、ベルゼブブのことが益々分からなくなった。
こっちは、色々と教えて欲しいって頼んだ。そして、交換条件が一つあるといわれた。その交換条件は、ベル、と呼んで欲しいこと。
(意味が分からない、意味が分からないって!)
また頭の中が混乱する。混乱させるのが狙いなのかも知れないって思えるほどに、混乱してしまって、私は頭を抱え込んでそのまましゃがみ込んでしまった。
それを、上からベルが「だいじょうぶー?」なんて、気のない言葉をかけて、見下ろしている。背中を見せたら、危ないとか思っていたけれど、全然攻撃してくるような様子もなくて、そこは安心してしまう。でも、完全に信用出来ているわけでは無いので、私はすぐさま顔を上げる。
彼の血色の瞳と目が合った。
瞳孔が縦長で、如何にも人外っていうのが滲み出ている。その笑顔も、人間に馴染むように作られたもので、何処か危うさというか、不安定さが滲み出ている。人間じゃないって分かる笑顔というか。
(信用……何て出来ないけど……)
此の世界にきて、信用、信頼というものはすぐに出来なかった。時間をかけて、ぶつかったり、離れたり、共闘したりして、ようやく得たものだった。信用信頼ってそんなに軽い言葉じゃないからこそ、私は、尻込みというか、警戒心を解けずにいた。それが、正しいんだって、思ってるし、警戒心は持つべきだって、この間の失態で分かっている。
「で、どうなんすか」
「どうなんすかって……ベルって呼べばいいの?でも、何で」
「んー強いていうなら、人間の暮らしに馴染みたいから?後、あの、赤毛のラヴァイン・レイっていう男にラヴィって愛称で呼んでたからッスかね!憧れるなあって」
「憧れるって……」
それって、人間の生活に憧れているってこと? と聞きたかったが、あまり深く突っ込んで良いものなのか分からなかったから、深くは聞かなかった。でも、何となくそうなんじゃないかなあっていうのは分かった。
悪魔が人間に憧れるって、一体どういう生活をしてきたのか。
(でも、呼べば、教えてくれるってこと?)
こんな取引で良いのだろうか、とまたそこも疑ってしまう。何事も疑うのは大切だけど、疑いすぎるのも、ちょっとアレかも知れないとは思っている。
私が悩んでいれば、何を悩んでいるんだというように、ベルゼブブは、顔を覗かせる。血色の瞳は、私を捉えて、ゆっくりと私の銀色をとかすようだった。
「ベルって呼べばいい……のよね。それで、アンタのこと教えてくれるの?」
「悪魔は嘘をつかないっすよ」
「それを、信じろと?」
私がそう返せば、ベルゼブブは、いいにくそうに、口をまごつかせた。
悪魔の言葉が信じられるかと言えば、全然信じられなくて、いっちゃ悪いけど、全てを信じることは出来ないと思う。でも、取捨選択して、これは信じられるとか、まあそれも、人間のさじ加減な気がするけど。
ベルゼブブは、首を傾けて、どーしてかなあ、なんてこっちが聞きたい言葉を漏らしている。
「悪魔って、嘘つきっていうイメージがあるの?巡ちゃんには」
「あと、巡ちゃんっていうのやめて。確かに、私は本来のエトワール・ヴィアラッテアじゃないけど、その呼び方は、もう……」
前世の呼び方だから、今は私がエトワール・ヴィアラッテアだって思っているし、この名前は私の第二の名前とすら思っている。
前世の名前が嫌いなわけじゃない。巡と廻で、双子らしい名前で大好きだった。でも、廻ももうすっかりトワイライトになっちゃったし、巡っていう私の名前も、もうあの世界に置いてきた。だから、その名前を呼ぶのは、リュシオルか、リースくらいで。だから、もう、その名前を知っている人はいないと思っていたから。呼ばれても、少し違和感が出てくるようになったし。
(もう、すっかり、エトワール・ヴィアラッテアになってるんだよね……)
エトワールって呼ばれたら、身体が反応するくらいには、この名前は自分のものだと思っている。だからか、その名前が凄く懐かしいけど、今の私に違和感って感じで、呼ばれるのが、ちょっとなあ、って。
それを私が伝えれば、ベルゼブブはじゃあ何て呼べばいいのさ、とどことなく逆ギレしてきている感じでいう。
「じゃあって……私が、ベルって呼ぶから、アンタは、まあ好きなように呼べばいいじゃない。でも、巡ちゃんはなしで」
「えー取引なのに?何で俺は条件つけくわられてるんっすか」
「別に、巡……う、でも」
「はいはい、分かったよ。別に?それくらいは、寛容に見てあげようじゃないッスか」
何で、だから、上から言われないといけないのか、理解できなかった。でも、これで解決したようで、私はほっと胸をなで下ろす。
自分の名前のくせに、自分の名前じゃないみたいな、そんな違和感があって。
私の気にしすぎといわれれば、気にしすぎなのかも知れないけど、もやっとしたものがあるのは嫌だと思ったから。
(はあ、面倒くさいよね、私)
自分でも分かってるけど、面倒くさい性格をしている。これを、許容してくれる人が周りにいたからなり立っているだけであって、いやだって、面倒くさいって思う人もいるだろうし。
こういうのを、考え出すと、決まってネガティブになるからやめたい。
もう、割り切って、と私は自分に言い聞かせてベルゼブブこと、ベルを見た。
「ベル。それで、そうやって呼ぶから、アンタのこと教えなさいよ」
「俺の事?教えるっていったっすかね」
「矢っ張り、嘘つきじゃない!」
記憶にございません、見たいなかおをしたので、本気で殴ろうかと思ってしまった。そこをグッと堪えて、私は呼吸を落ち着かせる。
ベルはそんな私を見てプッと笑うと、笑いが堪えきれないというように、腹を抱えて笑い出した。何処でツボったのか、理解できない。
「笑ってないで、答えなさいよ。この大嘘つき」
「もう、大嘘つきなんていわないで欲しいっす。俺は、正直者っすよ」
「教えないっていったじゃない」
「冗談に決まってるッスよ。ほんと、そのまま信じちゃうんっすね。危ないっすよ。トワちゃん」
「と、トワちゃん?」
「俺は、トワちゃんのことトワちゃんって呼ぶことにしたっす」
なかなかいいでしょ? 見たいなかおをされたので、私は反応に困った。トワちゃんなんて、どっちかといえば、トワイライトじゃない。と思ったから。だから、こっちもこっちで、違和感があって、でも、文句はこれ以上言えないし。
ぐぬぬ、という感じで、私はベルに表情でかえせば、ベルはまた、面白そうに膝を叩いていた。よく笑う悪魔だなあって、別に馬鹿にしているんじゃないんだろうけど、むかつく。身体が、ラアル・ギフトだっただろうか。
「は~本当に、よく笑わせてくれる。トワちゃん最高っすよ」
「私は、わらわせてなんかいない。てか、早く教えなさいよ」
「せっかちっすね。もっと緩くいきましょうよ」
と、ベルは私の顎をクイッと掴んで、自分の血色の瞳とぶつからせる。
一瞬ドキッとしたが、それは、端正な顔つきだからであって、別に男としてとか、そういうのではない。誰だって、いきなり顎クイされたら吃驚するだろう。だから、仕方ない、反射的なものだ。
(私が一番好きなのは、リースだし!)
あれだけ、むかつく顔とかいったくせに、ラアル・ギフト……ベルが憑依しているその顔を見ると、だんだんとおもかげがなくなってきて、格好いいんじゃないかとすら思えてくる。でも、彼は、攻略対象でも何でもない。ということは、ラアル・ギフトに悪魔が乗り移ったことによって、悪魔という未知の存在が、その魅力をかき立てたとかそういうことなのだろうか。
(うーん、解せぬ)
「やめて、こういうの」
「何で?俺は、面白いっすけど」
「面白がらないで」
「好きな人がいるから?」
「ノーコメントにしておく」
分かってるでしょ、という目で見れば、ベルは、にんまり笑って「そうっすね。殺されたくないんで」といった。それが本気なのか、冗談なのか分からなかった。だって、悪魔に人間が勝てるか、リースは勿論強いけど、単体で悪魔と戦うには無理がないかと思ったからだ。未だに、悪魔の力はよく分からないから、アレだけど、強いのだろうとは思う。
「それで、俺のこと、知りたいんっすよね」
「うん」
「そんなに知りたいんすか?」
「もったいぶらないで教えなさいよ。じゃなきゃ、今すぐアンタの身体に穴開けてやるんだから」
「ええ!それは困るっす。さすがに、聖女の魔力ぶち込まれたら、ただじゃすまないッスよ」
と、今度は本気でそれをいっているようで、顔の前で両手を振った。
本当に、未知の存在過ぎて、勝手が分からない。
私は、手に集めていた魔力を一旦、霧散させて、拳を握る。それを見て、ふうと安心したように息を吐くベル。
本気で、逃亡するようなら、捕まえようかと思ったけど、嘘は言ったとおりつかないようだ。
周りはまだ真っ暗なままで、一縷の光も届かない。そんな暗闇。
けれど、相手の顔ははっきり見えて、その血色の瞳は暗闇の中で爛々と光る。
「悪魔は嘘をつかないッスよ。心配しなくても、逃げないんで」
「悪魔って、心を読めるの?」
「さあ、それはどうッスカね」
そういって、ベルはニヤリと意味深な笑みを浮べた。