ずっと夢の中にいた影響で眠気の無いアリエッタは、ドルネフィラーで見た事を思い出していた。
「にへ~……♪」(うへへ、みゅーぜとぱひー格好良かったよ~。バシーって斬って、魔法を撃って、追い打ちして……また見たいなぁ~♡)
食事が終わってからというもの、戦う2人の姿を頭から離そうとしない。
前世のアニメでよく見た光景が、恩人以上の想いを寄せている2人によって行われたとあれば、心に深く刻み込まれるのも当然の事である。
虹の上での出来事を意図的に思い出さないようにする事も、目的だったりする。
「アリエッタったら、食後からすっかりご機嫌なのよ。そんなに美味しかったのよ?」
「ぱひー」
「あ、パフィおかえりー。どうだった?」
部屋でのんびり絵を描いていたアリエッタと、その隣で本を読んでいたミューゼ。パフィが戻ってくると顔を上げて迎え入れた。
「ドルネフィラーの事色々教えてもらったのよ。でも話が難しすぎて聞き流していたら追い出されたのよ」
「……なにしてんの」
「っていうのは冗談なのよ。まぁ込み入った事は下っ端の私には難しいし、シークレット案件になりそうだから外されただけなのよ。何かあったらその都度教えてくれるらしいのよ。今はネフテリア様と総長達が色々まとめようとしているのよ」
「ふーん、そっか」
上層部の極秘情報は気になるものの、ミューゼはまだ新人レベルのシーカーという自覚もあるので、ピアーニャ達が話せないというなら仕方ないという考えである。その為あっさりと納得した。
ミューゼとパフィがディーゾルによって孤立した時に体験した事は、既に食事中に話してある。パフィが今までドルネフィラーに関する会議に参加していたのは、ネフテリアとの認識合わせや確認、そしてアリエッタについての話題の為であった。
「ミューゼは今からどうするのよ? どうせまだみんな眠れないのよ」
今は深夜。もちろん2人ともアリエッタ以上に眠気が無い。時間が時間なのでアリエッタを1人にするわけにはいかないが、だからといって騒いで良いという時間ではない。
「のんびり本読んでるよ。アリエッタも楽しそうに絵描いてるし、心配いらないよ」
「分かったのよ。じゃあ庭で音出さないように素振りでもしてるのよ」
そう言って、立て掛けてあった巨大カトラリーを手に、部屋を出ようとする。その姿に気付き、アリエッタがお絵かき道具を持って近づいた。
「ん? どうしたのアリエッタ?」
「ぱ、ぱひー……」(一緒に行きたいんですけど! そのナイフとか振るとこ観たいんですけど!)
緊張しながら話しかける姿とは裏腹に、内心のテンションが振り切れているアリエッタ。やはり戦う姿が忘れられない様子。その証拠に、目が非常にキラキラしている。
そんな瞳で見られたパフィは、当然抗えるわけが無い。気づいたらアリエッタと手を繋いで部屋を後にしていた。
「ってこらこらこら! 明かりも必要だし、外は冷えるでしょ! あーもう」
ミューゼもその瞳を見てしまったせいで、反対するという選択肢は吹き飛んでいる。せめてアリエッタが夜風で凍えないようにと、上着を持って追いかけていった。
「おぉ……おお~♪」
明るく照らされた庭の隅で、アリエッタが嬉しそうに声を上げている。それでいて、絵を描く手は止めていない。
ミューゼはそんなアリエッタを膝の上に座らせている。そしてその背後には、とぐろを巻いた背の低い木が立っており、そこから左右に伸びた枝には、それぞれ丸くて光る実が成っていた。ミューゼの得意な植物を使った、命属性の光魔法である。
その明かりを使って、素振りをするパフィを照らし、見学しながら絵を描くアリエッタとその手元を照らしていた。
「っていうか器用ねぇ。あたしも魔法使ってるトコ、格好よく描いてもらえないかなー」
興奮しながらも絵を描いていくのを後ろから見ている為、描いている途中の絵がよく見える。こういう状態の時は見えてしまうものとアリエッタも分かっているから、描きかけを見られて不機嫌になる事は無い。
アリエッタが描いているのは、もちろんパフィ。いつも見ているお陰で、動きながらでも1つのポーズを描く事が出来ている。カトラリーを振る美しくも勇ましい、躍動感のあるパフィの下書きがそこにあった。
(うんうん、良い感じ)
「…………なにこれ凄い」
これまでは日常や肖像といった、動きの少ない絵ばかりを見ていたミューゼ。しかし、ここにきて戦闘中とも思えるような、まるで激しく動いているかのような絵が出来上がった。まだ色が無い状態だというのに、これまで見た色のある絵よりも驚いている。
まだまだ元気なアリエッタは、もちろんこれだけでは終わらない。
炭筆から毛筆に持ち替え、パフィを凝視しつつ色をつけていった。
「~~♪」(ぱひー素敵すぎるよー。は~幸せ)
色を塗っている間、ミューゼは本を読む事も忘れ、絵を見て茫然としていた。
パフィはその間、ひたすら素振りである。アリエッタに見られている事で、なんとなく真剣に取り組みたいという気分になり、アリエッタが下書きを描いている間、一心不乱にカトラリーを振り続けていた。
だが、流石に下書きを一枚終わらせ、少しだが色を着けている間中、左右両方の武器を全身を使って振り続けていたパフィは、すっかり疲労困憊になっていた。
「はぁ…はぁ…熱いのよ~」(うっかりハリキリ過ぎたのよ)
「おつかれー。タオルだよー」
ミューゼが投げたタオルを、近くに寄ってきたパフィが受け取る。そして顔を拭いたところで、アリエッタと目が合った。
(あら、顔が赤いのよ。これはもうアリエッタは私の嫁決定なのよ)
(かっこいいし色っぽいし、どうしよう~。目が離せないよ)
パフィから目が離せなくなっているアリエッタの気持ちには、みんな気付いている。まぁ言葉が分からず嘘が吐けず、顔と感情で意思疎通する事が多い小さな少女から、これだけ熱い視線がミューゼとパフィに注がれていたら、普通の感性があれば割と気付くだろう。
後ろにいるミューゼも、動きが止まったアリエッタの顔を覗き込み、当たり前のように察していた。
「アリエッタ~、アリエッタ。どうしたのかな~♪」
分かっていて名前を呼び、頬をツンツンつついて揶揄うと、
「んきゅ!? みゅみゅみゅみゅ!」
分かりやすく動揺する。慌てて逃げようとするが、ミューゼが抱きしめていて逃げられない。
そんな時、慌てたアリエッタが抱えていたボードを落とした。ボードに置かれた紙に描かれた絵は上を向き、パフィの目に止まった。
「えっ、なに……えっ」
元々絵というだけでも驚いているのに、未完成とはいえ戦う姿の自分が凛々しく描かれているのを見てしまえば、動揺するのも無理は無い。アリエッタにとってはいつも通り描いている絵でも、文化の差による驚きはやはり大きいのだ。
落ちた絵を拾い上げると、腕の中のアリエッタにポカポカ叩かれていたミューゼが楽しそうに反応する。
「アリエッタはずーっとパフィを見ていたからね。いいなー羨ましいなー」
「ここまでになると、流石にちょっと恥ずかしいのよ。でも嬉しいのよ」
そう言って、はにかみながら暴れるアリエッタの頭を撫でた。
撫でられて途端に大人しくなったアリエッタに、手に持っている絵を返したパフィは、そのまま顔を近づけて……額にキスをした。
「………………?」
直前まで気が動転していたアリエッタは、何が起こったのか分からない。
「…………?? ……? …??」
額を見ようと上を見て、パフィを見て、絵を見て、またパフィを見て……額に手を当てて。
そうこうしているうちに、少しずつ思考がまとまってきた。
(えっ、今の……えっと……ぱひーの顔がおでこに……あれ? 柔らかかったよ? え、なに?)
そして動きを止めて、パフィを見つめながら目をパチクリ。
何度か瞬きをした後、見つめ合っていたパフィがいきなり微笑んだ、その時──
ぽんっ
アリエッタが一瞬で茹で上がり、そのまま力なく後ろのミューゼに倒れ込んだのだった。
「あーあ……小さい子の純粋な心を弄んじゃって、悪い女ねー」
「……アリエッタが可愛すぎるのが悪いのよ。どうせミューゼもやるつもりなのよ」
「バレたか」
気絶こそしていないものの、心ここにあらずなアリエッタを抱きしめながら、ミューゼはだらしない顔で呟くのだった。
「アリエッタの可愛さは大罪よね。そんな悪い子には、罰としてこれからも甘やかしの刑を執行しなきゃ♡」
「あら、さっきその被害を受けたのは私なのよ? 私が直接罰を与えるのよ」
「しょうがないなぁ、今日のところは譲るから、参考にさせてもらうわね」
アリエッタの受難は、話が聞こえている本人の目の前で、本人が理解出来ないうちに決まっていった。
今はまだ自分の気持ちがバレていないと思っているアリエッタは、気持ちを伝える言葉が無いままミューゼ達に好かれようと努力している段階である。1人だけ両想いである事に全く気付いてないそんな状態で、想い人から全力で甘やかされるのは、アリエッタから見れば『見惚れる事しか出来ない筈の憧れの人達が、まるで恋人のように接してきて訳が分からない』状況になるのである。精神が成熟したままならば、もしかしたら状況を理性的に分析して気づいたかもしれないが、すっかり未熟になった今の精神状態では、なんとなく感づいたとしてもそれが何なのかよく分からないのだ。
今と同じように茹でられまくる未来が確定したアリエッタは、特別に用意してもらった風呂場に連れていかれ、汗ばんで色気たっぷりのパフィに脱衣場で脱がされた。その後ぬるめのお湯の中でパフィに包まれ、訳が分からないままじっくり茹で上げられたのだった。
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