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「まあ、なんですな。それならば、お支度もございましょうし、正装なさるわけで、こちらとしては丁度よろしい。挙式の前に少しばかり、当社への貢献ということで、写真を頂戴できれば。では、さっそく、男爵邸へ向かいましょう!」


野口が淡々とだが、仕切ってくれる。


「あら?今日お式なの?!嘘でしょ!京介さん、そんな大事なこと言ってくれないと!でも、まあ、なんとかするわっ!男爵家ですものっ!」


芳子が、案の定勘違いして野口の腕を引っ張っている。


「野口さんとか仰ったわね。車に全員乗れるかしら?」


問われた野口は、指折り数え人数を確かめる。


「……月子様」


お咲が月子の袖を引いた。


「お咲ちゃん?」


物言いたげに、もじもじしているお咲がいる。何か願いを申し出たいのだろう。それで、月子を頼ったようだ。


月子は、小さなお咲に、人の顔色を伺うという負担をかけさせたくないと思う。


「どうしたの?何でも言っていいよ?」


跪き、お咲と目線を合わせた月子は、お咲が涙ぐんでいることに気が付いた。


「あのね、あのね、お咲もしゃしん。しんぶんにのったから。こんども、しゃしんをのせたい。兄ちゃんに見せるんだ……」


おどおどと言うお咲は、月子の袖をギュッと握っている。


あっと、月子は思わず叫んでいた。


花園劇場でお咲が唄っていた時に現れたお咲の兄……。彼も、この帝都に奉公へ出てきている。そして、あの時家族だから、定期的に合わせてやらねばと月子は思ったのだ。


母が入院するからと、離れてしまった事だけでも月子は心細くなった。確かに、西条家を追い出されたことも拍車をかけてはいたが、家族と離れる不安は、月子が一番わかっている。


「京介さん!お願いします!お咲ちゃんも、男爵家で写真撮影してもらえませんか!そして、雑誌に!お咲ちゃん、お兄さんへ自分が載っている新聞と雑誌を見せたいんです!」


月子は、つい我が身の事と錯覚してか、岩崎へ向かって必死に頭を下げていた。


「……月子、頭をあげなさい」


歩み寄って来た岩崎が、優しく声をかける。


「うん、わかった。そうだな。そもそもお咲の桃太郎あっての演奏会みたいな一面もあったからなぁ。構わんよ。だから、そんなに、かしこまるのはよしなさい」


岩崎の優しい声色に誘われるよう、月子はそっと頭を上げた。


ボサボサの頭にはたけた寝巻き姿で岩崎は頷いている。


「……京介さん。その格好のままで?」


「あ?着替えてなかったなぁ。お咲は転ぶし、新聞記者はやって来るし、おまけに義姉上と雑誌社だろ?立て続けだから、なんだか、ずるずると寝起きのままで……」


いわれてみればそうだったと、面目ないと小さくなる岩崎に、月子は、クスリと笑った。


「いや、とにかく急がないと祝言挙げるんでしょ?そのままでいいですよ!どうせ着替える訳ですし、車ですし!時間がない!」


野口は、相変わらず勘違いしたまま急かしてくれる。


「月子、お咲の着物を持って来てくれ」


確かにお咲の舞台衣装にした着物があった方が良い。


部屋へ向かおうとした月子は、ふと思う。


男爵家で、本当に祝言をこれから挙げるのか?はたまた、撮影なのか?いや、どう考えても写真の撮影だろう。


「わ、私、お留守番しますので……」


どちらですかと、尋ねるのは笑われそうだと思い、月子は留守番役をかってでた。


「はあ?!月子ちゃんが、留守番?!んじゃあー、京さんは、誰と祝言挙げるんだ?!」


寅吉が呆れ声をあげ、お龍に小突かれている。


「月子も一緒だろ?」


岩崎は当然のように言い、


「野口さん、行きますよ!田口屋さん、留守番お願いね!」


芳子も、花嫁の月子がいなければ、いや、準備の時間がもったいないと皆を急かしている。


とはいえ、いくらなんでも。というより、話がめちゃくちゃじゃないかと月子は思いつつ、お咲の着物を用意して、一同は、着の身着のままで、男爵家へ移動することになった。


玄関へ向かう一同を、二代目がいまいましげに見送りながら、


「はいはい、どーせ、大家ですからねっ!俺が留守番やっときますっ!良くわかんねぇーけど、京さん!月子ちゃんを泣かすことはするなよっ!俺の方が絶対月子ちゃんを幸せにできるのになぁ!月子ちゃんもどうして京さんを選ぶかなぁ?!」


酒臭い息を吐きながら、名一杯叫ぶ。


たちまち、びくりと、岩崎の肩が揺れ、


「二代目、お前、大家だろっ」


低く、静かな口調で、呟く。


「わかってらぁー!俺は、大家だっ!でもなあ!!」


「でも、など必要なしっ!!」


すかさず、大声で二代目へ威嚇しつつ、岩崎は取られてなるものかとばかりに、月子の手を握り、引き寄せた。


こうして、いつものように、二代目を留守番役にして、皆は男爵家へ向かおうとしたのだが、車に乗り切れない事が判明する。


雑誌社の車には、カメラマンも乗っていたのだ。つまり、助手席にカメラマン、座席に、岩崎、その膝の上にお咲、月子、芳子と座ると、野口が乗れない事になる。


「仕方ありませんな。私が運転しましょう。運転手は後から追いかけてくるということで……」


野口は、皆が同時に動いた方が良いからと、運転手を置いていくと言い出した。


「あー、ご心配なく。私、運転できるんですよ。前職がタクシー運転手だったもので。色々なお客様をお乗せいたしましたよー。で、色々なお話もお聞かせねがえましてねぇー。それを、たまたま、新聞社へ持ち込んだら結構な副収入になりまして。あっ!これは、記者という仕事が向いているかもと思い、今の雑誌社に就職したんです」


野口は、自慢げに自分の経歴を語っている。


「……結局、それ、客が話していていた話を、新聞社へタレ込んだってことだよねぇ……」


なんて男だよと、皆を見送っていたお龍が呆れ返った。

麗しの君に。大正イノセント・ストーリー

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