「……え?」
まだ昼間だと思っていたのに、扉の先はほんのり薄暗い。というよりその先にオレンジがかった明かりが見える。夕焼けを連想させるが、そうではなさそうだ。だってここはどう考えたって外ではない。室内だ。室内の照明がオレンジ色なのだ。耳にはゆったりとした音楽すら聞こえてくる。
「ちょ、えっ? 何、ここ――」
石畳の路地裏なんてかけらも見当たらない。
キョロキョロと辺りを見回しながらオレンジの明かりの方へ歩を進める。近づくにつれ、音楽もはっきりと聞こえてくるようになった。
そして――。
「アンタ、何してんの?」
思い切り冷ややかに目の据わったママに発見され、今わたしは首根っこを捕まれている。まるで大型モンスターに今にも捕食されそうなわたし。
ひぃぃっ! 助けてっ!
「なーんでアンタがここに来てるの! 下ごしらえしとけって言ったでしょーが」
「ち、違うの。血がっ、血が止まらなくてっ!」
「はあ?」
「これぇっ!」
わたしは包丁で切ってしまった左手の人差し指をママの前に突き出す。
ダラダラと流れていた血はいつの間にか止まっていて、ただ血まみれになった手が見た目だけ無惨な状態となっていた。
「アンタ、仮にも勇者だったわよね……?」
じとりと疑いの眼差しを向けるママ。
ええ、ええ、そうですよ。ほんと、昨日までわたしは勇者でしたとも! 間違いなく!
「……だって回復魔法もできないし」
ぷうっと口を尖らせれば、心底呆れ返ったママの冷ややかな視線とぶつかる。
「ばっかじゃないの、アンタ。たかが包丁で切ったくらいでメソメソしてんじゃないわよ」
「メソメソしてないもん。たまねぎが痛かったんだもん」
悔し紛れに言い訳してみるも、ママは呆れるばかり。いや、だって、たまねぎが目にしみて痛かったのよ。本当だよ。だからちょっと泣いちゃったっていうか……。
ママはわたしの手をむんずと掴むと、水でザブザブ洗い出した。
「こんなの洗って消毒して絆創膏でも貼っときゃ治るわよ」
そういって、とんでもなく滲みる消毒をしたあと(思い切りギャーと叫んでしまった)、ベージュ色のテープをわたしの指に貼ってくれた。
ママの手は大きくて厚くてごついけれど、あったかくて繊細な動きをする。ただただ、わたしはなすがまま、ママの手の動きをぼんやりと見ていた。
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