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ぼやける視界の中で、指が勝手に通話ボタンをタップする。
帰ってきて、美保ちゃん…。
寂しいよ…。
もう…今回ばっかりは無理だよ…。
私、頑張れない…。
けど、はっとなって、キャンセルする。
頑張るって美保ちゃんが言ってるのに、私も頑張らないでどうするんだろう…。
ドーン!!
「きゃあ…っ!」
でも、でも…ぉ…怖い…不安だよ、つらいよ、怖いよ、怖い…!
だって私、明姫奈も誰も頼れないんだもん。
独りぼっちなんだもん…。
『蓮ちゃん』
こんな時だとういうのに、なぜか脳裏に懐かしい声がよみがえった。
『蓮ちゃん、蓮ちゃん』
小さい頃の蒼のものだった…。
『俺がいるから大丈夫だよ。だから泣かないで』
あの時…あのお使いの時、実は、蒼も一緒だった。
邪魔だからついて来ないでって突き離したにもかかわらず、いつもの調子で追いかけてきたんだった。
普段姉貴面して威張っている私が、びしょびしょになって泣きじゃくるのにびっくりしながらも、ほんとは自分だって雷が怖いくせに、一生懸命に私を慰めてくれた。
『俺がいるから大丈夫だよ。蓮ちゃんは、独りぼっちじゃないよ」
守られてばかりの蒼がいたって、なんにも変わらない。
へなちょこ蒼がそばにいたって、なにも心強くない。
はずなのに。
ぎゅうと小さな身体で私を抱きしめてくれた瞬間、不安や恐怖が、ほろほろと溶け消えていくのを感じて、わかった。
私、自分で思っているよりも、ずっと背伸びしてたんだ、って…。
そして思った。
蒼がいてくれて、よかった、って。
あの時初めて、蒼という存在がそばに在ることに、幸せを覚えたんだ…。
って言っても、当時から意地っ張りだった私。
そんなことは口が裂けても本人には言えずに、変わらない日常を過ごしていった。
蒼と私の立場が逆転したのは、あの時限り。
それはこれからもずっと変わらない。
って、思っていたのに…。
いつのまにか、蒼だけは、変わってしまっていた。
生意気よ。
私をずっと好きだったなんて。
私を困らせるなんて。
私をものにするだなんて…。
生意気よ。
…ううん…ちがう…
ちがう…よね…。
生意気なのは…
私…。
あの時、蒼は一生懸命、小さな身体で私を守ろうとしてくれたんだね。
蒼ってば、きっと、あんな小さな頃から、私のことが好きだったんだね…。
そしてそれからもずっと、そばにいてくれて、私を見ていてくれたんだ。
『蓮ちゃん、待って蓮ちゃん』
いつも私を追いかけてきた蒼。
それはきっと、意地っ張りで強がりな私が、独りぼっちにならないためなんだ…
そして、めんどくさい、世話の焼ける、ってだけしか思わなかった私も、本当は心の奥底では、蒼がいてくれてよかったって思ってたんだ…。
ガチャリ
とそこへ急に、玄関から音が聞こえた。
そう…いえば私、ドアチェーン…っけ?
しめてない―――。
泥棒…!?
ううん、それよりずっと怖いもの…。
「…蓮」
不意に、背後から優しく抱きしめられた。
「もう、怖くないよ、蓮」
優しい抱擁。
優しい声…。
張り詰めた感情が、その大きな温もりにゆっくりとほだされて、安堵感に飲み込まれていく。
それとは逆に、こめかみから響く低い声が、甘く切なく胸を締め付ける…。
「戸締りちゃんとしとけよ。それとも…俺に襲われるの、待ってたの?」
「どうして…蒼…?」
こんな大雨の中をどうやって…?
部活…は?
「部活行こうとしたら雨降ってきて、雷もすごくて。蓮のことが気になって仕方なかったから、サボってきた。傘忘れて来たのに…あーあ、ひでぇ雨だったな」
と言う蒼の髪からは、雫がしたたり落ちて、
少し上がった息が、私の耳をくすぐっている。
嘘でしょ…。
傘が無いのに…この雨の中を走って帰ってきてくれたの…?
「ありえない…」
私は腕の中で蒼に身体を向けた。
「サボるなんて…次期部長のくせに…!こんなに濡れて…風邪でもひいたらどうするつもり??」
ゴロゴロゴロ
強い口調の私を黙らせるように、雷が鳴った。
思わず身を強張らせる。
「やっぱ、まだ怖いんだな、雷」
大きな手が私の頭を撫でて、頬を包んだ。
「でも…大丈夫。俺がいるから大丈夫だよ」
思わず私は蒼をまじまじと見つめていた。
…あの時と、同じ言葉だ…。
『相模蒼』っていう男の子が言った同じ言葉…。
なのに…
声は低くなって、私をすっぽり包む身体は大きくなって、温もりはとても熱い。
息するのも辛いくらいに。
本当に、『へなちょこ蒼ちゃん』はもういないんだね…。
私はまぶしいように目を細めて、蒼を見上げる。
びしょ濡れの姿は、むしろ色気がでていて…こんな人、芸能人でもいないんじゃないかってくらい、かっこいい…。
その色っぽい目は、真っ直ぐに私を見つめている。
私だけを、深く、深く…。
頬を覆っていた手が、そっと私の濡れた目元を撫でた。
「泣いてたのか?」
「別に…泣いてなんか、ない」
「嘘つけ。独りぼっちで寂しくて、どうしようもなくて泣いてたんだろ。ほんと、泣き虫だよな」
「……」
「良かったな。俺が来て」
「べ、別にあんたなんか、待ってなかったんだから…っ」
「ふぅん、そ。じゃ、俺のこと突き離せば?なに安心しきってゆだねちゃってんの?」
「…っあ」
抱きしめられた。
壊れものを扱うみたいに、柔らかく優しく。
「もっと、ぎゅって、してほしい?」