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『……親とはあまり仲が良くないんです……。私が物事をハッキリ言わない優柔不断な性格だから、親はいつまでも過保護で過干渉でした。私はそんな親が嫌で〝もう関わらないでほしい〟と言って家を出たんです。母はそれにショックを受けて連絡をしてこなくなり、私は実家を頼らず一人で生活してきました』
『……それで、頼る人がいないのか』
私の言葉に、長瀬はコクンと頷く。
『……とても残酷な事を言うが、堕胎する選択肢はなかったのか?』
すると長瀬は溢れた涙を拭いながら言った。
『……妊娠していると気づくのが遅かったんです。男性の前で申し訳ないですが、もともとストレスが多くて生理不順気味で、生理がきていなくても疑問に感じる事はありませんでした。むしろ〝ないほうが楽〟と思ってしまっていて……。加えて、悪阻もとても軽かったみたいで、〝少し調子が悪い〟ぐらいで済んでしまったんです。……呆れられるかもしれませんが、男に襲われたストレスで過食気味になって、体重が増えたのもそのせいだと思ってしまい……』
あらゆる要素が重なり、長瀬は堕胎できない月まで腹の子を育ててしまった訳だ。
『……今は何か月なんだ?』
『……臨月です』
涙混じりに言った長瀬の腹は、私が想像していた臨月の腹よりずっと小さかった。
フワッとしたワンピースを着ているせいかもしれないが、個人差もあるのだろう。
『……それで、僕に何を求めている?』
私は結論の分かっている質問をする。
彼女の要望は予想できているし、それに対する私の答えも大体固まっていた。
長瀬はクシャリと表情を歪め、涙を流しながら訴えた。
『~~~~っ、私、この子を一人で育てられる自信がありません……っ。――――もし先輩がまだ独身だったら、愛情がなくてもいいから結婚してくださいって言いたかったんです。家事でもなんでもしますから、あなたの妻になりたい……っ。…………でも……っ』
長瀬はワンピースを着た冬夜を見て、ポロポロと涙を流す。
嗚咽する彼女を見た私は溜め息をつき、冬夜に『おいで』と言って膝の上にのせると、彼の耳を両手で塞いだ。
『君が自分の事を話してくれたから僕も打ち明けるけど、この子は僕の子ではない』
『……え……?』
彼女は泣き濡れた顔を上げ、目を丸くして私を凝視し、冬夜を見る。
『……君の返答次第で望みに答えたいと思う。……僕の秘密を他言せず、協力者になれると誓えるか?』
試すような言い方をされた長瀬は、目の奥に覚悟を宿して頷く。
『私は今、人生の岐路に立っています。シングルマザーになって誰も頼れず、愛する自信のない子と生きていくぐらいなら、あなたの手をとってどこまでも一緒に歩きたい』
世の中には事情があってシングルマザーになる人は大勢いるものの、長瀬はレイプされて子を孕んでしまった。
愛する人と合意の上で作った子供なら話は別だろうが、彼女はそんな気持ちにはなれないだろう。
私と長瀬、そして二人の子供たちはとても複雑な関係にある。
だがどんな関係であっても、寄せ集めの継ぎ接ぎだらけの家族であっても、一人で生きていくよりはずっとマシだ。
誰かがこれを『愛じゃないし家族ではない』と言っても、私にとっては愛であるし、家族だ。
私は涙に濡れた長瀬の目を見つめ返し、息子の耳を塞いだまま、小さな声でポツポツと冬夜がどんな生い立ちを持つのか語り出した。
すべてを話し終えたあと、長瀬は様々な感情が入り混じった顔で私と冬夜を見た。
今でも私を想う長瀬も長瀬だが、彼女も私がいまだ優那に囚われ、その遺児を育てているとは思わなかっただろう。
やがて彼女は大きく息を吸い、ゆっくり吐いていく。そして、言った。
『秘密は守ります。私はあなたと家族になりたい』
長瀬は潤んだ目の奥に固い決意を宿し、まっすぐ私を見て誓う。
『……分かった。じゃあこれから結婚指輪を買いに行って、引っ越しが済んだら区役所に行こうか』
淡々と言った私を見て、長瀬は驚いたように瞠目する。
それからこれから自分が歩むだろう道を察し、唇を引き結んで頷いた。
『君はもう堕胎できないからその子を産むのだろう。僕はろくでもない男だし、親になる資格はないと思っている。でもそんな僕でも、手の中にあるものは守りたい。ふりであっても〝親〟になれる事を誇りとし、生き甲斐としたいからだ。君と夫婦になり、子供たちと〝家族〟になれる事は純粋に嬉しい。……だから、もしもこの先君が子供を〝可愛くない〟と思っても、絶対に〝母親〟をやめないと誓ってくれ』
『……はい』
長瀬は頬に伝った涙を手で拭い、しっかりと頷く。
私はぬるくなったコーヒーを飲み、息を吐いてから尋ねる。
『参考までに聞きたいが、長瀬は僕のどこがいいんだ? 僕が女なら僕みたいな男を選ばないと思うが』
質問され、長瀬は視線をテーブルの上に落とすと、はにかみながら言う。
『……最初、物静かで大人っぽいところを〝いいな〟と思いました。書架を見る横顔がとても綺麗で、骨張った長い指で本の背表紙をたどる姿が印象的でした』
彼女の答えを聞き、随分と美化されているものだなと感じた。
『……知っての通り、私はどちらかと言えば、いじめられやすいタイプです。だからクラスの中心にいるような騒がしい男子は嫌いでした。ああいう人たちは、目立つ系の女子しか眼中にないですし、私みたいな女子を見下しています。そういう人の人間性が、今後大きく変わると思いませんから』
嫌そうな顔で言う長瀬は、何かを思いだしたように眉間に皺を寄せる。
確かに在学時、彼女は図書室で『今日クラスの男子にこんな嫌な事を言われた』と零していた。
『だから私、穏やかな人が好きなんです。先輩は本好きだし、沈黙しても変に焦る必要のない落ち着ける人です。……でも、先輩は北條先輩が好きだとすぐに分かりました。自分が敵わない恋をしている事は理解しましたけど、どうしてもあなた以上に好きになれる人ができないんです。高校生時代の放課後の図書室での時間が、私にとって一番輝いている時でした』
『……長瀬は僕を過大評価していると思うけど』
半ば呆れて言うと、彼女は微笑んだ。
『私の心の中ぐらい、自由にさせてくださいよ。現実のあなたは今でも北條先輩に夢中で、彼女の息子を女の子として育てるおかしな人。そんなあなたの秘密を受け入れ、結婚したいと思う私も、きっとどこかおかしいんです。……普通に生きてきたはずなのに、……あの男に犯された時から、私は壊れてしまった……』
長瀬はクシャリと歪んだ顔で笑い、新たに流れた涙を拭う。
『だから、思い出ぐらい美化させてください。……あなただって……』
そこまで言い、長瀬は視線を落とす。
彼女の言わん事を察し、私は胸ポケットから煙草を出そうとして――、冬夜を育て始めてからやめた事に気づいて手を彷徨わせる。
長瀬はこう言いたかったのだろう。
――あなただって、北條先輩にいいように使われている現実から、目を逸らしていたでしょう?
すべて言わなかった長瀬は、私を慮ってくれたのだ。
『……じゃあ、これから宜しく。涼子』
妻らしく名前で呼ぶと、彼女は真っ赤になった。
その姿を見ても、依然として私の中には嬉しいとか、彼女を可愛いと思う気持ちは芽生えなかった。
『とりあえず、無事に出産する事を第一に考えよう。出産費用は心配しなくていいし、検診もきちんと行くんだ。いつ破水するか分からないから、引っ越し業者にすぐ連絡を入れて、僕の家に越しておいで。何かあったらすぐ車で病院に行けるようにする。出産が終わったら、家族四人で暮らしても問題ない広さの家を見つけよう』
『……はい』
『指輪にこだわりは? 僕は夫婦になるなら何でもいいけど』
『特にありません。色々お金がかかるでしょうから、安い物で構いません』
『分かった。指輪が高かったらいい夫婦になれるわけでもないしな』
そう言うと、涼子は『確かに』と笑った。
コメント
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第38話、読み終えました……。長瀬さんと主人公が、お互いの過去や傷を隠さずにさらけ出して、それでも「家族になる」という決断をした場面、とても心に響きました。「愛じゃないし家族ではないと言われても愛であり家族だ」という主人公の言葉が切なくて、でも温かかったです。複雑な関係だけど、この先4人でどう生きていくのか、すごく気になります。涼子さんの「思い出ぐらい美化させてください」という台詞も、胸を締め付けられました。素敵な話をありがとうございます🌷
臣桜
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