テラーノベル
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屋台の喧騒に紛れて、自分の心臓の音がどんどん大きくなっていくのがわかった。
時折、隣に並ぶ浴衣姿の尊さんの横顔を盗み見る度に、胸の奥がキュンと鳴り響く。
焼きそばとたこ焼きを買い、少し離れた堤防のベンチに腰掛けた。
プラスチックの容器から漂うジャンキーなソースの香りが、夏の夜の空気に混じって猛烈に食欲を刺激する。
「いただきます!」
焼きそばをひと口頬張ると、青のりと紅ショウガのアクセントが絶妙で、俺は目を丸くした。
「ん! 美味しい……! 屋台の食べ物って、やっぱり特別感ありますよね」
「ああ。謎にいつもより美味く感じるな」
尊さんが瓶のラムネを飲む姿にすら、俺は見惚れてしまった。
月明かりと街灯に照らされた、涼しげな首筋のラインや、液体を飲み込むたびに上下する喉仏の動き。
それが妙に艶めかしく、大人びた色気を放っている。
ふと目が合いそうになって、慌てて焼きそばを口に運んで視線を逸らす。
「なんだ、そんなにじっくり見て」
「いえ! その……浴衣、やっぱり似合ってるなって、改めて思ってただけです……!」
咄嗟に出た言葉だったが、偽りのない本心だ。
夕暮れから夜へと変わるマジックアワーに照らされる尊さんの姿は、まるで一幅の絵画のように完成されていた。
「お前もな」
尊さんがラムネの瓶を置きながら、ぽつりと呟いた。
「いつもより……少し、大人っぽく見える」
「えへへ……っ。尊さんに褒めてもらえると、すごく嬉しいです!」
「ふっ……」
尊さんの口元に柔らかな笑みが浮かぶ。
それと同時に、大きな手が自然に俺の頭をポンポンと撫でた。
その手の平の温かさに、脳内が真っ白になるほど体温が跳ね上がる。
焼きそばを食べ終え、残ったゴミを処理して歩き出すと、ふと金魚すくいのコーナーが少しだけ空いていることに気付いた。
「尊さん!次は金魚すくいしましょうよ!」
俺は昂揚感に任せて、尊さんの手をぐいぐいと引っ張っていく。
「……おい、はしゃぎすぎて転ぶなよ」
「大丈夫ですって!」
金魚すくいの屋台に着くと、小さな子供たちが水槽を囲んで、必死に網を水中に入れている。
その中に、体格の良い大人二人が並ぶのは少し浮いているかもしれないが
今の俺にはそんな恥ずかしさよりも、この楽しい時間を共有したいという気持ちの方が勝っていた。
俺は「ポイ」と呼ばれる紙製の網を受け取ると、水面に顔を近づけ、慎重に狙いを定める。
対照的に、尊さんは迷いがない。
ポイを水中で素早く、かつ滑らかに操り、金魚の動きを先読みしている。
驚いたことに、彼は最初の一本目から鮮やかに金魚をすくい上げた。
一方の俺はというと、勢いよく上げすぎてポイが瞬時に破けてしまう。
「ああっ!」
「下手くそ」
「……っ! 尊さんが上手すぎるだけですから! もう一回!」
追加代金を払い、2回、3回と挑戦するが、すべて惨敗。
5回目を終える頃には、俺の手元には破れた紙の残骸しか残っていなかった。
「兄ちゃん、才能のかけらもねぇな?」
店主のおじさんにニヤニヤと小馬鹿にするように言われ、俺はぷくぅと頬を膨らませた。
「見ててくださいよっ……! 次こそは!」
背後で尊さんが「無理するな」と笑う声が聞こえる。
意地になった俺は、次のポイを受け取ると全神経を右手に集中させた。
水面の反射と、金魚が描く揺らめく影。
「……っしょ……っ!」
尊さんがじっと見守る中で迎えた、何度目かの挑戦。
奇跡的に、破れかけたポイが水面を持ち上げる。
そこには、小さな赤い金魚がピチピチと波紋を描いて乗っていた。
「やった! とれまし───あぁっ!?」
掬いあげようとした瞬間、最後の一押しでポイが完全に力尽き、金魚は無情にも水の中へ帰っていった。
「あぁ……俺の金魚が……」
残骸となったポイを呆然と見つめる俺に、尊さんは呆れながらも優しい声で言った。
「惜しかったな。まあ、ドンマイだ」
「い、いつか絶対リベンジします……っ」
尊さんはというと、たった一枚のポイで器用に6匹もの金魚をすくい上げていた。
店主に渡された透明な袋二つに分けて移してもらうと、受け取ったそれを、どこか無邪気な子供のような瞳で見つめていた。
◆◇◆◇
会場に再び子供たちが増えてきたため、俺たちは一旦その場を離れて歩き出す。
尊さんの持つ金魚は、赤や白、斑点模様とそれぞれ異なる個性を持ち
揺れる袋の中という小さな世界で仲良く泳いでいた。
「ほら」
「え?」
尊は袋の端を指で持ちながら、そのうちの一つを優しく俺に差し出した。
「半分やる」
「えっ、いいんですか?尊さんが取ったのに」
「俺の家で飼うなら、精々3匹だ。残りの3匹はお前にやる」
さらっと言ってのける尊さんから、透明な水袋を受け取る。
俺はそれを両手で壊れ物を扱うように、大事に包み込んだ。
「わぁ……っ」
袋越しに透ける金魚たち。黒い鱗に透明なヒレ。
彼らは水中で重力を忘れたように、自由に、優雅に舞っている。
「ありがとうございます! 大切に育てますね」
袋の中で泳ぐ金魚を覗き込むたびに、この夏の欠片を分けてもらったような気がして胸が弾む。
コメント
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金魚とれなくて、悲しむ恋くん可愛いです( ˊᵕˋ )