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《今度、会わない?》
そのメッセージを見た瞬間、手が止まった。
……来たわね。
そろそろ次の段階に移る時が来た。
まずは涼二にどう言えばいいのか。
断るべきか?
肯定するべきか?
(天魔に相談しよう)
ここまでせっかく親密度を育ててきたのに、間違えて台無しにはできない。この先の続きを自分で脚本書くよりも、人心掌握のプロに指南したシナリオにするのが一番よ。
というわけで翌日、天魔に会いに行った。
今朝、家を出る前に見た涼二は元気がなかった。昨日、実質『会いたい』という問いに対して私は無視する形になっているからだ。会いたいと言ってから秋也が反応を見せなかったのだから当然だろう。
エンビルに到着すると、貸切札がすでに出ていた。無視して中に入ると、天魔がなにかの書類を見ているところだった。
彼からは女性の香水がほのかに残っていた。変装しているから、仕事の余韻だろう。恐らく理咲に会った後だ。私が最初から知っている天魔とは違う。投資家に扮装した神原新次郎という男がそこに立っていた。
「旦那、秋也に会いたいって?」
「ええ。想像より早くてびっくりした」
既に相談の連絡を入れておいたので、話が早い。
「返事はもうした?」
「それを相談しようと思って」
「ナイス判断。それは後からにしよう。まず、なに飲む?」
「じゃあ、ビールを。天魔にはワイン買って来たの。どうぞ」
道すがらの酒屋で購入したワインボトルを渡した。
「お。嬉しいねぇ」
彼は目を細めて喜んでくれた。早速グラスを2つ用意し、そのうちのひとつを私の前に置いてくれた。
「乾杯」
グラスを合わせる。赤ワインを回しながら舐めるように飲む絵は、完全にバーテンダーではなく投資家そのものだ。
「ねえ、夫には会った方がいいの?」
「いいや。まだ早い。但し拒まないのが鉄則だ。だから――声だけにしよう。会うにも段階が必要だ」
天魔は新しいスマートフォンを差し出した。
黒いケースに包まれたそれは、冷たい武器のように見える。涼二からすれば、自分を破滅させる武器ってことになるね。
「音声は変換できるから、このスマートフォンで旦那と電話してくれ。当面は声を聞かせておけば満足だから」
#大人ロマンス
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「……ほんとに声が変わるの? 大丈夫?」
「試してみよう。論より証拠だ」
半信半疑で新しいスマートフォンを操作し、天魔が私に電話をかけた。
「はい。沙耶です」
『俺だ。天魔だ』
「うそっ! ぜんぜん違う声だっ!!」
今、私の耳に直接流れてきたのは、イメージしていた秋也っぽい優しくて儚さそうな男性の声。言うなればプロの声優が愁いを含んで話すような……そんな感じ!
『女性の声もできるんだ。ほら、わかるか?』
喋っているのは完全に女性の声だ!
そして次は天魔の声に切り替わる。
『これは俺の声だけど、実際にはAIでチャンネルを組んでいるんだ。様々なパターンを集約している。そろそろ必要だと思って知り合いに作ってもらったんだ』
彼はグラスを軽く置き、意味ありげに私を見た。
「どうだ?」
「すごい!」
「だろ? 沙耶が使うのは俺のチャンネルボイスだからな。実際に旦那に会うのは俺だから、声は合わせておかないと」
「そっか。いろいろ考えてくれてありがとう」
「相棒ですから」
天魔に認めてもらえている――そう思ってもいいような言葉をかけてもらった。嬉しい。
「理咲の方はどう? 今日、会ってきたんでしょ?」
「順調だ。今夜、初めて仕事以外で会いましょうと向こうから誘ってきた」
グラスの中で、赤ワインがゆっくりと渦を巻く。その揺らめきが、まるで炎のように見えた。
「これからが本番だ。そろそろ地獄の入り口にでも引きずり込もうか」
「ええ。じゃあ、返信するわ」
天魔の顔を見えて頷き、涼二にメッセージを送る。
《突然会いたいって言われて驚いた。連絡できずにごめん。なんか恥ずかしくて。まずは電話からでもいい?》
すぐに既読が付いて、すぐにメッセージが入る。
《よかった! 秋也に嫌われたんじゃないかと思って焦ったよ》
残念ですが、私はあなたをもう嫌っています。
《嫌ってなんかないよ。今夜、少しだけ話せる?》
《もちろん! いつなら大丈夫? 予定合わせる》
《夜の十一時半から少しだけ話そう。あまりお喋りうまくないから 笑わないで欲しい》
《了解。楽しみにしてる》
「約束、取り付けたわ。その後どうしたらいいの?」
今のやり取りを天魔に見せ、電話約束の件を伝えた。
「最初の通話は短くていい」
「会話はどんなものでもいいってこと?」
「ああ。長電話にしない。掛けたいって気持ちにさせたらこっちの勝ちだ。連絡は基本、向こうからさせる」
「わかったわ」
「言葉に詰まったら、話すのがあまり上手にじゃないから、とか適当に誤魔化せばいい。俺が旦那に会った時、そういうキャラで押し通す」
「投資家でもなくバーテンでもないあなたって、どんな風になるのかしら」
「演技は得意だ。だからこの仕事ができる」
なるほど。プライベートアクターってわけね。
どんな俳優にでもなってしまうんだ。
じゃあ、天魔という男の素顔は、いったいどこにあるのだろう。
「どうした?」
「ううん。なんでもない。もしも涼二を破滅させるのがうまく行ったら――ここで打ち上げしたいなって思っただけ」
「大いに賛成だ」
天魔が笑った。彼の笑顔は魅力的だ。
ほんとうにぜんぶ終わったら、少しくらい彼のプライベートについて聞いてみようかな。脚本に書いてもいいか、直談判してみようっと!
コメント
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「第20話、読了しました。天魔のAI音声変換とか、具体的な工作の仕組みが明かされていく展開、めちゃくちゃゾクゾクしました。沙耶が『脚本書くよりプロに任せる』って判断するところ、主人公の冷静さと頼もしさが滲んでて好きです。そして『天魔の素顔はどこにあるんだろう』っていう沙耶の疑問、ここで入れてくるの巧いなあ、と。続き、早く知りたいです。」