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いつものようにご飯を食べ、互いが好きなことをして、そろそろ就寝準備と思いきや、私は珍しくリビングを占領して仕事に追われるふりをしていた。ノートパソコンを広げてプログラムを作ってキーボードを叩いている。
別になんてことはない。リビングを占領すれば、涼二が外かベランダに出ると踏んでいる。そのため、AIで用意した女性プログラマーとズームで専門用語を交えた会話を聞かせている。切羽詰まった様子で「間に合わないどうしよう」を連呼しておいた。
「大変だね」
偽の通話が終わった瞬間を見計らい、涼二がねぎらってくれたが、内心は邪魔だと思っているのだろう。いつもなら部屋でやる仕事を、wi-fiが調子悪いということにしてリビングへ来たのだ。涼二は機械音痴で機器の設定には無頓着だから、こちらの言うことをすべて鵜呑みにしてくれる。
仕事部屋のwi-fiは電波もすこぶるいいし、絶好調。
「涼二、ごめん。まだ終わりそうにないから、先に寝てて」
「いや、いいよ。なにかコンビニでも行って、沙耶のために夜食でも買ってくるよ」
「ほんと? じゃあ、スイーツ買ってきてくれたら嬉しい!」
「オーケー。行ってくる」
彼は秋也との電話約束時間の10分前に家を出た。公園にでも寄ってこちらからの着信を待つつもりね。
5分前。涼二に取り付けたGPSをチェックすると、思い通り近くの公園で止まっている。
そこで秋也と電話するのね。思惑どおり。
少し待つと約束の時間になった。
私は天魔から預かったもうひとつのスマートフォンで涼二に電話をかけた。音声変換をオンに切り替える。天魔ボイスになったはず。
『……秋也?』
待ち焦がれた恋人からの電話を受けるような雰囲気だった。彼の緊張が伝わってくる。
「うん、涼二だよね? 初めましてっていうのも変だけど」
『いやぁ……嬉しいな。秋也の声、想像以上にハスキーで、思ったより落ち着いててびっくりしたよ』
「夜だからね。喉も低く静かになる」
『はは。そういう面白い表現、やっぱ秋也だ』
やや沈黙。呼吸が重なる。
「最近、奥さんとはどう? うまくいってる?」
『まあ、普通だよ。可もなく不可もなくって感じだね。仕事が忙しいみたいでリビング占領されてさ。最悪だよ。見たいテレビも見られない』
「そっか。大変だったね」
秋也として私の愚痴を涼二からしっかり聞いた。
コンビニに私のための夜食を買いに行くって言っておきながら、SNSで知り合った得体のしれない人物に愚痴をまき散らすなんて、やっていることは最低な男よね。
彼を追い詰めれば追い詰めるほど、彼を愛していた自分に虚しさを感じてしまう。
こうして夫婦って、冷めていくのかな。
それで、修復不可能になってしまうのかな。
一通り涼二が喋っているのを聞いて、後は沈黙を貫いた。
『僕ばっかり喋ってごめん、秋也って話しやすいからつい……』
「いいよ。満足してくれて嬉しい。また喋ろう」
『同じ時間に明日もかけていい?』
「うん。少しだけならいいよ。夜は脚本を考えたいんだ。いつか偉大な脚本家になって、世界中に僕が作った映画を配信するのが夢。なんて……おかしいよね」
『おかしくない!!』
涼二の声が荒くなる。『自信持てよ秋也! 君なら素晴らしい脚本家になれるよ! 実は……僕も同じ夢を見ていたことがあるんだ』
うん、知ってる。だってあなたの夢を今、語っているんだもん。
「涼二はその夢、諦めたの?」
『いや、現実を見たらさ……難しいよ』
「なんで? 誰が決めたの?」
『それは……』
「だったらふたりで頑張ろう! 同じ志を持つ同士で」
『いいかもね』
涼二がやる気になった。
「今、外だったよね。気を付けて帰って」
『ありがとう』
「あ、涼二。この時間最近物騒だから、電話はベランダからかけてよ。少しの時間なら奥さんにも怪しまれないと思う」
『いろいろ考えてくれて嬉しいよ。また明日』
スマートフォンをタップして電話を切った。
皮肉なものね。
ふっと唇の端が吊り上がり、笑みが漏れる。
あなたのことを一番わかっているのは、あなたの妻であり、あなたと人生を共にしてきたこの私。
だからこそあなたが喜ぶ言葉も、夢も、ぜんぶわかるの。
涼二が求める秋也という人物像は、それらを駆使した集合体にすぎないのだと知った時――あなたがどんな反応をするのか、想像すると楽しいわ。
それから涼二は私(しゅうや)にメッセージを送ってくる時、かなりのメルヘンチックなモード全開で、いちいち偉人気どりの脚本家になりきり、小難しい単語を並べるようになった。
普通の人なら確実にヒクであろう文体。言うなれば、青春をこじらせたまま大人になった男のよう。
最近は愛人の悪口、私への不満が多い。さらに仕事の愚痴も。
秋也はただ涼二に寄り添い、相手が悪い、涼二のいう通り、というように彼を肯定しまくっている。だから調子に乗っているんだと思う。
そして、謎に自意識過剰気味のよくわからない短い物語の投稿を始めた。
投稿小説サイト『テラーノベル』にも自分の過去作品を出している。もちろん、まったく人目に付かず、読まれてもいない。
自分が本気で脚本家の夢を追えると勘違いしてしまったらしい。まあ、仕向けたのは私だけど。
そして私しか『いいね』をしない現状にも、謎のポジティブさで乗り切る。
《涼二の才能に気が付かない世間がバカなんだ》
そんな風におだてるから、余計に上から目線で誰の共感も得られない脚本を書くようになった。
ちなみに私の方は、徐々にフォロワーを増やしつつある。
涼二よりずっとフォロワーがいて、いいねをもらっている。
今日の電話はその話題で涼二がグチグチ言っている。因みに彼はベランダに出て声を潜めて話し、私は寝室でゆったりとしながら電話をするのが日課になった。
「ボクだってファンがついてきたのは、つい最近だよ。涼二も頑張って! 僕は涼二の書く物語、好きだから」
『だろ?』
「まだ認知されていないだけ。自信もって」
『僕もそう思うんだけどさ、母親に仕事辞めて脚本家に転職したいって言ったら、激怒されちゃって。今度うち来るってきかないんだよなぁ』
は!?
なんであんたの母親(義母)がうちに来る話になってんの?
ていうか、なんで母親に『脚本家になりたい』とか寝ぼけたこと言うの!?
そんなの反対するに決まってるでしょ!!
うわー……どうしよう。面倒なことになりそう……。
『おーい。秋也?』
「あ、ごめん。ちょっと眠たくなってきた」
『お子様か』涼二は笑っている。
「うん。もう寝ることにする。お休み』
電話を切って、大きなため息が出た。
涼二のお義母さんが来る……どうしよう。嫌だな。
また子供のこと言われるよ。マタハラ現場が録画できると思えばいいんだけど、疲れるからなぁ――……。
憂鬱な気分が心に染み広がった。
コメント
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うわあ……もう、読んでて胃がキリキリしました(苦笑)。沙耶さんが涼二さんの温度差を逆手に取って、まさか自分で「秋也」を演じるなんて。特に「あんたの夢、知ってるもん」って台詞、夫の心の隙間を熟知してるからこそできる芸当で背筋が冷えました。最後の義母来訪の話で一気に沙耶さんが素に戻るところも、思わず「わかる…」って共感しそうになって混乱(笑)。この策略、どこまで続くんでしょう。次が気になります。