テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「大丈夫?」
そう聞かれたとき、どんな顔をすればいいかわからなかった。
ただ、だいぶ落ち着いて、心もいくらか軽くなって余裕はできてたと思う。でも、まだまだ実感がないというか、苦しさはあった。
「大丈夫だよ、アル。終わったことにはしたくないけど、元通りにならないことだってあるから」
「無理してない? テオ」
優しく聞いてくれる、君の優しさにほだされそうになる。でも、アルフレートだって、苦しい思いをしたんだから、その胸の内を少しだけでも僕にはなしてくれればいいなと思うのは、少し強欲だろうか。
僕たちは、ガイツの事件のあと、もう一度故郷へ戻った。故郷は見るも無残な形になっており、村の入り口の看板も焼け焦げて落ちていた。あのまま手つかず、という感じで悲劇がそこに残っているようで嫌だ。
国が焼けた村を何とかしてくれるわけではない。一応、調査が入ったものの、村を立て直すとかはないし、そもそも、そこに住んでいた人たちがあの一夜で全員殺されてしまったのだから、何も言えないというか。何で一夜で……と思ったが、それもガイツが仕組んだことだろう。もしかしたら、あの村で見つけた僕たちと同じくらいの年齢の旅人というのはガイツで、襲撃をずっと前から計画していたのだろう。アルフレートの心をえぐるために。
だが、アルフレートは実際傷付いてはいたが、我を忘れるほどではなく、むしろ僕のほうが傷ついたというか。まあ、アルフレートがマイナスの感情を抱けなくなってしまっているのが原因ではあるが、そういう……
僕たちは、簡易的に作った村人たちの墓の前で手を合わせる。
アルフレートが氷の魔法で氷漬けにした花を王都から持ってきて、それを解凍している最中だ。
アルフレートはしきりに僕に大丈夫かと聞いてくるが、僕はそんなひどいかおをしていたのだろうか。いやだなあ、なんて頑張って笑顔を作ってみようとするが、あの日の光景がフラッシュバックしてやっぱりいつも通りふるまうことはできなかった。
けじめというか、アルフレートと前に進むためにここに来たのに。ずっとマイナスな気持ちのまま見つめているなんて。
「テオ、少しやすもっか」
「でも、まだ家のこと……」
「テオの身体が一番。それに、ゆっくりでいい。思い出さなくても、大丈夫」
アルフレートは落ち着いたようにそういった。それは、彼が傷ついていないからではなくて、少し大人になったから。
ガイツの件で変わったのは僕だけじゃない。
アルフレートはあの魔物のせいで、心の内側を僕にさらけ出すことになったのだが、それを見られてから、アルフレートはだいぶ穏やかになった。ずっと溜めていたものを吐露してしまった。けれど、僕がそれを受け入れたことで、何も怖いものはないと、そう踏ん切りがついたような感じだった。良い変化だと思う。だからこそ、僕も進まないといけない。
アルフレートに言われるまま、僕は近くにあった切り株に腰を掛けた。アルフレートは、うーんと背伸びをして体を伸ばしている。
空には青が広がっていて、悠々と雲が流れている。
空はどこまでも自由で、平和なのに、どうしても地上を見るとその気が失せるというか。
もし間に合っていたらと、何度思ったことか。夢にだって、悪夢として出てくる。ガイツを倒したことで敵を討てたとかそうは思わない。守れなかったものの代償というか、守れなかったものがあまりにも大きすぎたから。
この話は、ロイファー家には持ち帰れていない。だって、あそこは、あそこで別問題だから。もちろん、アルフレートも、家にどうこう言っていないらしい。すでに村人が死んだ村を立て直してくれ、と頼んだところで動いてくれないと彼は言っていた。はたしてそうだろうか。アルフレートがいえば、たいていのことはどうにかなりそうだが、そういう問題じゃないのだろうか。
「テオを連れてくるの、本当は反対だったんだけど」
「え?」
「だって、テオはずっと苦しそうな顔をしていたから。思い出して、何度も泣きそうな顔をして。ここに来るまでずーっとつらそうな顔してた。それを見るのは胸が痛むよ」
「……ご、ごめん」
「いや、謝らなくていいよ。俺も、一応ここに来たかったし」
「アル……」
アルフレートからしたら、この間の里帰りなんて最悪そのものだった。
知らぬ間に、母親は死んでいて、そして父親は酒におぼれて暴言を吐いて。アルフレートが生まれてこなければよかったとさえ言って。彼が何も感じない人形だと思ったのだろうか。もしくはサンドバッグかなにかだと思ったのだろうか。あの光景も目に焼き付いて離れなかった。
アルフレートも、ここに本当は来たくなかったんじゃなないかとさえ思う。
僕が無理言って次の休みに墓参りに行こうって誘ったから。アルフレートはどこにだってついてきてくれるけど……
罪悪感を感じないわけじゃない。いつだって胸の中はいっぱいだ。きっとこれからも、いつまでも。
「俺は、テオが思うほど強くないよ。だから、傷ついている。自分だけ傷ついてるって、抱え込まないで」
「でも、アルは……加護で」
「うん。でも、テオが悲しいと悲しいって思うから、心は死んでない」
僕の手を取って、ぎゅっと握るアルフレートの顔は確かに傷ついているように思えた。いつから彼を超人だと思っていたのだろうか。一緒なんだ、一緒。
相変わらず、勇者として彼を突き放してしまっているようで申し訳なくなってくる。アルフレートは気にしないっていうけれど。
「ごめんね、アル」
「謝らないで、本当に。テオが悪いわけじゃない。それに、もう一度、手を合わせたかったんだ。この村にも、親にも」
「父親?」
「うーん、そうだね。父親と、母親と、俺の知らないきょうだいに?」
と、彼は疑問形で答える。
勇者の弟ってあまりにも荷が重そうだな、と僕はため息が漏れそうになる。もし、生きていたとしても劣等感とかそういう塊になってしまったんじゃないかって。
僕は、そんなことを思いながらも、決心し、立ち上がって空に向かって手を伸ばす。光がキラキラと降り注ぎ、村に広がっていく。
アルフレートはその様子をじっと眺めていた。これに何か特別な力があるわけではない。ただ、ゲームで見た聖女の真似をしているだけ。上手くいくかわからなかったが、成功したようだった。
ゲームの中で聖女は、襲撃された村に対し、このような行動をしていた。それは、そこで死んだ人たちへの慰めというか、気持ちを静めるためのもの。来世は幸せなものになりますようにという祝福。
光のシャワーが村に広がっていく。焼けこげた土から、花が咲いているのが目についた。それは、地面を割って力強く咲いている。
「きれいだね、テオ」
「……何の力もないけどね。『聖女』の力を持っていても、何も救えなかったんだから」
「そんなことないよ。それに、その力も狙われやすい。ガイツは、俺の身体が乗っ取れなかったら、きっとテオの身体を乗っ取ろうとしただろうから。そんなこと、俺が許さないけど」
「……あいつは、力が欲しかったのかな」
「そうだね、強欲だから」
ガイツは一瞬だけアルフレートの身体を奪った。だが、アルフレートの狂人的なメンタルで追い払うことができたというか。本来であれば、僕が聖女の力を使って、ガイツを彼の身体から追い出さなければならなかったのだけど。
ガイツの目的は、初めからアルフレートの身体を乗っ取り、その勇者の力をわがものにすることだった。強欲の名にふさわしい自分勝手で欲深い行為。だが、その先にあるのはやはり破滅だ。大きすぎる感情は、基本的に破滅をもたらす。
ガイツはそうして死んでいった。戻る身体も失って。
アヴァリスのほうは、目が覚めたとランベルトは言っていた。まだ、詳しいことは聞けていないし、どこら辺まで記憶があるのかも僕たちにはわからない。それは、おいおい知っていけばいいかと、とりあえずは墓参りに来たという感じだ。
「テオ……本当にいいの? 学園を卒業したら、一年だけ俺の旅に付き合ってくれるって」
「うん、決めたんだもん。アルが一人でしてきたこと、今度は一緒に背負うって決めたから。だから、大丈夫」
「今以上に怖い目にあっても?」
「アルもそうだったんだから。それに、僕はそんなに弱虫じゃないよ? アルがいれば、僕はどこまででも強くなれるんだから」
「心強いね、テオは」
それでも、反対だって顔をしているけど。でも、それは見ないふりをする。
学園を卒業するまであと一年半ちょっと。それから、アルフレートは世界を救う旅に戻る。ゲームでは、学園に何て通っていなかったから、だいぶ遅れが生じているけど、ゲームよりはるかに今のアルフレートは強いのだ。
だから、大丈夫安心している。
けど僕が足を引っ張るって可能性はあるわけで。それまでに、僕は強くならないといけない。
(アルを支えるって決めたんだもん)
幼いころにここを旅立っていった少年は、いつしか最強と呼ばれる勇者になった。でも、その旅はまだ終わらないし、終わらせてもらえない。彼に課せられたものというのは、やはり計り知れない。それの片棒を担ぐなんて僕には荷が重すぎるかもだけど、やりたい。
もう一度、村を見渡す。
僕たちがここで生きた証は、もう僕たちが生きているということでしか証明できない。ここにむらがあったんだよということは、僕たちが生き続けることで証明されると。
大好きだった小川も、大好きだった蜂蜜くるみデニッシュも、あの丘も。全てが燃えて、色あせてしまったけど。幼いころの記憶は胸にある。
大丈夫、きっとうまくやっていける。
「アル、もう一周してから帰ろう。そして、また来年も同じように、みんなに手を合わせにこよう」
「うん、テオがそういうなら」
今度は僕から手を差し出す。いつも、アルフレートに引っ張ってもらってばっかりだったけど、今度は僕が。
僕たちはあの日のように手をつないで、村の中を走った。風をきるその感覚に懐かしさを覚え、身体もあの頃のように小さくなった感じで不思議だった。懐かしい。
懐かしい匂いと風に包まれながら、僕たちは焼けこげてしまった故郷を再現するように村の中を走り回ったのだ。