天羽組の中堅極道、小峠家は代々『不思議な力』を持っている家系だ。どんな不思議な力が発現するかはほとんどランダムになっている。
そのなかでも小峠の持つ能力は珍しい能力だ。
『思ったことが何でもできる能力』。
彼が飛びたいと思えば空中を浮遊することができる、人の心を知りたいと思えば人の心が読める。
ただしそれには制限があり、それを超えてしまうとキャパオーバーとなってしまう。そして、この能力は人を無差別に傷つける。能力を持って生まれたことこそが彼の不幸の始まりだったのだろう。彼にとって世界は痛く辛く、生きにくかった。
これは、そんな彼が少しだけ、優しい世界を望んだ一夜の話。
小峠華太は天羽組中堅極道だ。中堅という立場あってなのか、上下を繋ぐパイプラインの役割を果たしていた。才能こそ恵まれなかったものの、彼の地道な努力は確実に実を結び、狂人兄貴達からも一目置かれる存在と成り得たのは確かだ。彼の生活は最悪で最高だった。
そんなある日のことだ。天羽組長から呼び出しがかかった。何かと思い組長室へと向かえばそこに集まっていたのは組の面々。恐らく全員が揃っているのではないだろうか。かといっても天羽組は少数精鋭。人数はさほど多くないのが実情だ。
フルメンツが揃ったところで天羽は話を切り出した。
『ここ最近、空龍街でおかしなことが起きている。
はっきり言ってしまえば、科学では説明のつかないことだ。』
その天羽の言葉に言葉を返すものがいた。
『それは最近空龍街で噂されている、人々が謎の大怪我を負っているという話でしょうか?』
狂人兄貴の一人、和中蒼一郎だ。世界単位で存在が知られているという恐るべき、そして尊敬に値する人物だ。噂などに興味のなさそうな彼も、シマ内の事件などには耳を傾けるようだ。
『あぁ、その話だ。流石にシマでそんな物騒なことが起こっているのは見過ごせん。何が原因なのか、調べて解決してはくれないか?』
組長の命令は絶対。組員全員は口を揃えてこう言った。
『了解しました。』
各々が自分の役目を果たそうと席を立つ中、小峠は動こうとはしなかった。冷や汗をかき、ただでさえ色白で血色の悪い肌は青くも見える。右腕で左腕をつかみ、必死に心を落ち着かせているようだった。
『華太、何してる野田。早く動かんかい。』
アイスピックで人を串刺しにするという狂人、野田一が小峠を急かす。だがそれは聞こえていないというように小峠は始終顔を青くしている。流石に違和感に気づいたのか他の組員の目線も小峠へと集まった。
『カブト〜、聞こえてんのか?』
[アーミーナイフの小林]という異名を持つ小林幸真が痺れを切らしたのか声を掛ける。そこで初めて小峠が反応した。
『………あっ。すみません、少し考え事をしていました。』
声色さえ変えてはいないものの、やはり顔色の悪さといい狂人兄貴達の声にも反応しないといい、明らかに何か隠している。
『ちゃんかぶ〜、何かあったか?』
場に馴染むのが異様に早いフレンドリー兄貴、青山琉己が心配そうに小峠の顔を覗き込む。
『は、はい。大丈夫です。お気になさらず。』
案の定、小峠は少し驚いたようだが大丈夫だと口にした。大丈夫なら良いだろう、そう思ったのか面々は各自持ち場へ散っていった。
一人残った小峠は焦っていた。
『マズい…本当にマズい……。』
(何であの件が天羽組に…)
空龍街で起こっている謎の事件、その全てに関わっていたのが小峠だったのだ。天羽は話さなかったが、事件で怪我を負った人間は皆、裏社会の人間だ。半グレ、極道、闇金…
もしバレてしまえば天羽組には居られない。それどころか徹底的な粛正だろう。それだけは避けたい。だが彼を悩ませていたのはもっと別の問題だった。
(能力がバレたら、多分…)
彼の持つ能力は科学的に証明することが不可能である。『思ったことが何でもできる能力』など夢幻だと思われることがほとんどだ。しかし、その能力を見られてしまえばもう言い逃れはできない。そうなれば彼は天羽組だけでなく、他の組織からも狙われる羽目になる。
『…まだ、お別れは嫌だなぁ…』
一人呟いた小峠は席を立ち、空龍街へと出向いていった。
とっくのとうに役割が割り振られていたのもあってか、事件調べは順調だった。
小峠、小林、和中、青山が街の巡回。野田、阿久津、香月、速水、飯豊は事件の聞き込み調査。残る面々に関しては、それぞれの仕事が終わり次第、巡回に総動員されることとなっていた。
そんな中、異常を察知したのは巡回中の青山だった。異常というのも単純なもの。路地裏から悲鳴が聞こえてきたのだ。これ以上に分かりやすい異常はないだろう。反射的に路地裏へと駆け込んだ青山の目に飛び込んできたのは信じられない光景。
何がどうなっているのか。ひとまずその人物を助けようとしたが間に合わなかった。惨たらしいと言うしかない、耳に一生残るであろう音を立て、その人物は息絶えた。かなり高いところから落ちた、ということもあってか全身は複雑骨折、肋骨も折れているようで皮膚を突き破っている骨が見えた。
青山は視線を真正面に落とした。
『…………ちゃんかぶ、何してる?』
視線の先にいたのは小峠だった。先程の返り血だろうか、白いスーツにはところどころ血痕がついていた。青山の姿を認めた小峠の表情が一瞬にして恐怖で支配された。
『あ、青山の…兄貴……。』
『ちゃんかぶ、今のはお前がやったのか?』
青山の言葉に小峠は更に顔を青くする。よく見れば震えていることがわかった。
『その…これは…!』
未だ口籠っている小峠に対し、青山は更に圧をかける。
『ちゃんかぶ、どうなんだ?』
『俺…は…』
そのタイミングで同じく異様な気配を感じ取っていた小林、和中、野田が駆けつけてきた。この3人の圧は相当なものだ。
『青山、なにがあった?』
和中が青山に尋ねる。
『それが…』
青山が事情を説明しようとしたところで、小峠が遮った。
『言わないで下さい!』
小峠にしては珍しい大声に一同は目を見張る。
小峠は…泣いていた。次から次へと頬を伝う涙は、別れを代名しているようだった。
『もう良いので…言わないで下さい。』
彼の願いに、和中が言葉を返した。
『だが、何があったのか理解しなければ、俺達は何も…』
その言葉を小峠は遮った。
『…あんた達に言われなくても、分かってんだよ。俺が普通じゃないとか、変だとか…。』
『そんなこと…』
青山は小峠を宥めようとした。だが、それは小峠には届かない。
『ッ…あんた達もッ…同類なんだよ!たった一つの異分子を見つければ、よってたかって消そうとする。あんた達が違うならさ…何で…』
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続きがたのしみです!