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「旦那も子供もいるのに-渚さん-ったらすごくモテるの妬けちゃう」
そんなふうに渚のプライバシーを暴露してしまう愛理に
季々がコラと窘める素振りをする。
俺はすぐに稲岡の様子を伺った。
ヤツはシレっと無言を貫いて酒を飲んでいる。
読めん……ヤツの腹の内が。
「稲岡さん以外にも渚さんって人気あるんですよ。
お客さん曰く、あの清楚な色気にやられるらしいです。
実は私も渚さんに憧れてるんです。
ってことで、渚さんには旦那さんもお子さんもいるので、手出し無用ですよ」
そんなふうに渚という女性のことを褒めそやしたりした上で、愛理が牽制する。
それまで聞くことに徹していた稲岡が火を噴いた。
「分かってないな~。そんなの関係ないさ。
それにここは無法地帯なんだから、俺の魅力で振り向かせてみせるだけだよ」
「そうこなくっちゃ。稲岡さん、素敵っ」
俺は二人の遣り取りを聞いていて頭が痛くなってきた。
酒の席だとはいえ、話の内容がハチャメチャ過ぎる。
この店に来る途上で稲岡から聞いていた感触からすると、内心では激しく
傷ついてる気がしなくもない。
俺はそれとなく、若いホステスに話を振ってみた。
「その渚って女性のことだけど、店のお客さんとの浮いた話は
ないの?」
「一緒に食事をしたという話は聞いてますけど、仕事が終わると子供の顔が
見たいからって、即効帰っちゃう人だから浮いた話は聞いたことないですね」
「だけどさ……子供がいるって話は本当だとして、旦那がいるっていうのは
本当なのかな。この業界ってシングルマザー多いじゃん」
そう横から稲岡が口を挟んできた。
「あっ、私が直接聞いたわけじゃなくて、マネージャーがポロっと口を滑らせた
時に聞いた話なんだけど……。
渚さん、将来自立できるようにお金貯めてるらしいって……。
で、これは私の単なる推測になるんだけど、もしかしたら離婚とか考えてるの
かな、なんて。だから、そのときは口説くチャンスあるかも」
「愛理、さっきは手出し無用って言っておいて、今度は付き合えるチャンスが
あると言い、俺をおちょくってんの?」
「ちょっと、愛理、酔ってんの?」
季々というホステスが稲岡に合わせて合いの手を上手く入れた。
そして結局その夜、渚というホステスが俺たちの席に付くことはなかった。