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『俺、ずっとずっと白雪さんを応援する!』
『白雪さんは俺の理想だよ』
『どこまでも可愛くて、性格も優しくて、明るくて、だから応援してるんだ!』
脳裏に忌まわしい記憶がフラッシュバックする。
中学時代に大好きだった女子の顔が浮かぶ。クラスメイトにして、魔法少女アイドルの白雪。彼女に対して俺が必死に応援しているとアピールし、近付いた時の事だ。
『ありがとうね、鈴木くん』
口ではお礼を述べた彼女だが、どことなく表情が強張っていた。そんな彼女を見て当時の俺は、急に応援しているとまくし立てたのでビックリしてしまったのだろうと思っていた。
今ならハッキリとわかる。
違うと。
理想を押し付け、ノウノウと平和を堪能する俺。片や白雪は死と隣り合わせの戦いを強いられ、日常的に緊張状態にあったのだろう。
お気楽でおめでたい俺に憎悪を抱き、押しつけられた他人の理想を演じるのに嫌気がさした白雪。
きっと彼女はファンを騙し、自分を偽ることに疲れていたのかもしれない。
そのはけ口として俺をいじめのターゲットにした。
「一理あるな」
だが、白雪に何らかの理由があって……俺にいじめられる原因があったとしても……。
一度受けた傷は癒えにくい。到底、許せるものでもない。
あんな最悪な魔法少女アイドルがいるなかで、星咲のような魔法少女アイドルもいると知った。
どちらの魔法少女アイドルになりたいか、と問われれば……、それはもちろん後者だ。
俺の中にある魔法少女アイドルへのイメージを変質させた。夢来を救うチャンス、昇格試験のチャンスを与えてくれた。これまで俺を優しく導き、守ってくれた。
「――――だから、俺は守る――」
巨大な黄色のドラゴンがふるう尻尾。それは屋上にある建築物を全て破壊しながら、俺と優一へと迫って来る。まるでビルの壁が横薙ぎに振るわれるような迫力に、一瞬だけ身体が強張ってしまう。
「読み解くは契約の第二説――――【ペルセウス座】」
前に星咲が見せてくれたように、素早く魔法力を開放して【継承の魔史書】より星座の力を引き出す。
「魔法女子――【半神英雄ペルセウス】――現界」
みなぎる力、金色のオーラが全身を包む。続いて、かなり露出度の高い鎧へと『幻想論者の変革礼装』を果たし、巨竜の尾を受けとめるための膂力を施してくれる。
「母神武具系譜――【絶対障壁・アイギスの盾】!」
尾と俺、質量は百対一の差がある。
だが、俺が天より抱くは、知恵と戦の女神アテナが誇る金色の伝説盾。
「グルルゥウ! カネ、カネデハナイ!?」
蛇竜ファヴニールが放つ一撃が全身を揺るがし、その衝撃の一切を後ろに流さぬように踏ん張る。眩い閃光と爆音がほどばしる中、背後にいる優一へチラリと視線を向ければ、腐れ縁の友達は呆気に取られているようだ。
「鈴木が……ロリ……魔法少女アイドル……? これは、アンチ・ライブ?」
困惑するのも仕方ないと思うが、今は説明をしている場合じゃない。
俺の盾と蛇竜ファヴニールが衝突した余波で、屋上が倒壊を始めている。
「友神武具系譜――――【有翼具足サンダール】!」
俺の鎧の一部が、翼の生えたサンダルへと変質する。旅人と伝令の神ヘルメスから授かった具足を確認し、優一を抱えて空を舞う。【黙約の第六説】で引き出せる、魔法少女『正義の女神アストライア』の両翼より遥かにスピードや制御力が劣るものの、いくつもの神具を同時に引き出せる【契約の第二説】は汎用性に富んでいる。
今も宙を飛ぶ俺達を狙って、蛇竜ファヴニールの口から放たれた紫色の液体を【絶対障壁・アイギスの盾】で防げているのも、第二説が成せる技だ。
星咲のように【二層現界】で、【魔史書】から複数の効力を同時に現界させる高等技術を俺は持ち合せていない。だから、今の俺にとって【半神英雄ペルセウス】は扱いやすい『幻想論者の変革礼装』だ。
「だが、このままでは決定打に欠けるというもの」
「グルルゥゥ……クビ、ハ、イヤダァァ! ダガ、シゴトモイヤダァァ!」
蛇竜に残ったわずかな知性が、奴の顎から言葉を垂れ流させているのか。
ちょっと不憫に思えてしまうのは業腹だろうか。
星咲なら奴を苦しませることなく……最初の段階で【水掛論・アルキメデス】で空間ごと蛇竜ファヴ二ールを鈍らせ、動きを封じる。そこから決定打となる一撃を打ちこんで終わりだったろう。
それに比べて俺の戦いぶりは、防戦一方でなんと稚拙なのだろうか。
どうしても、あいつの戦い方が脳裏をちらつく。
あいつだったら、こうして、ああして、どうだろうか、と。
星咲の言う通り、【天体奏者アルキメデス】より俺の【夢見る星に願いを】の方が遥かに強大な力を秘めている。しかし、咄嗟の判断で【魔史書】の力を引き出す俺に問題が……俺の扱い方が後手後手に回るようではダメなのだ。
「優一、また後で!」
優一を校庭へと置き、すぐさま上空へと飛び立つ。そして蛇竜ファヴニールの注意を引き続けるために叫ぶ。
「こっちだ! 蛇竜!」
「カネダァァ! カネサエアレバァァアアア!」
俺を追うようにして、鎌首をもたげた竜はもどかしげに頭部を震わせた。そこからさらに竜の姿は肥大化し、空を覆わんばかりの翼を背中より生やし始めた。
『序列識別No.3313、何をしている。即刻、退避せよ。ここは上位序列ナンバーが到着するまで放棄だ』
蛇竜と俺の戦いを無人偵察機で観察していたのか、インカムから自衛隊員の連絡が入る。
『すみません。やれるだけの事はしておきたいので』
『一般市民一名の救出は評価する。しかし、あれは【アイドル候補生】が手に負える存在ではない。たった今、やつは【降臨】級に進化した』
『というと……』
『識別コード:【蛇竜ファヴニール】から【黄金に飢えた邪竜ファヴニール】に変化。繰り返す、序列識別No.3313は即刻避難せよ』
そんな事を言われても……、奴は完全に俺へと狙いを定めて大空へと羽ばたいている。その巨躯からは想像もつかないスピードで、一気に距離を詰めるファヴニール。そんな敵に俺が下した決断は――――
「盗神武具系譜――【存在消失の兜】」
頭部を守る兜が銀光を放つ。それは冥界の王ハデスから借りた姿隠しの兜となりて、邪竜ファヴニールの目から俺の存在を隠す。俺は【有翼具足サンダール】を駆使しながら、奴の背後へと回る。それから一気に決着をつけるべく、さらなる魔法力で【魔史書】を現界させる。
「殺神武具系譜――――【石眼メデューサの剣】」
その目で見た者に石化を施す、呪われた怪物メデューサ。その頭部にあった目……魔眼を柄に封じた剣が俺の右手に現界される。握った柄から数十の刃が生え出し、蛇のようにうなってはファヴニールに向かって伸びる。それらをいなすように邪竜は口から紫の液体を大量に吐き出し、幾重にも伸ばされた剣筋へと吹きかけた。
俺はその毒々しい液体から逃れるために空中を駆ける。攻撃の手をゆるめないよう、【石眼メデューサの剣】を振るい続ける。邪竜から吐き出された液体が剣身に触れると、刃はみるみる間に溶け出す。
どうやら強酸じみた猛毒が含まれているようだ。しかし、【石眼メデューサの剣】はどんなに薄く切りつけても、対象に石化の呪いを施す効力を持つ。
一本でもその身体に刃が触れ、スパッと浅く表面を切りつけて終わりだ。
「グ、グォォォォォオオオオ!?」
獣じみた咆哮を上げ、苦しむように頭を天空へと伸ばす邪竜。
狙い通り、一つの剣身が邪竜の腕をかすめ、そこから即座に石化が始まったのだ。
これで終わり、そう思って俺は邪竜ファヴニールの最後を見極めるべく、空中で浮遊する。
「カネェェェエ、カネヲモット、グレエエエ! デナイト、カゾクニ、ステラレルルル! コンナコトデ、ワタシヲ、クビニスルナァァア!」
邪竜が放つ最後の断末魔が響くと同時に、空模様が急激に薄暗くなった。俺は不信に思い、上空を見上げ――――黒い物が視界の上部より飛来し、頭に激痛と衝撃が走った。
何かに激しく上からど突かれたのか、俺は勢いを殺せずに地面に激突する。すぐさま何が起きたのかと顔を上げれば、漆黒の瘴気をまとった騎士がいた。
空中を駆ける黒馬、そこに跨るは首なしの騎士。右手には長いランスを持ち、左手には顔を持っていた。
どうやらアイツが俺の頭に突撃したのだろう。その衝撃からか、神具【存在消失の兜】に亀裂が入り、霧散してしまった。
また現界すればいいだけの話だが、仮にも神具を一撃で壊すなど並大抵の威力ではない。それに一点だけ納得のいかない部分もある。
「おや、武具の運命のみを殺したか」
首なし騎士が抱える頭が俺を見つめ、不遜な態度で笑む。
「俺が、見えたのか」
【存在消失の兜】は俺の姿を消していたはず。それなのにどうしてコイツは俺を狙えた?
「冥界より来たる我の眼に、彼の冥界神の力が宿る神具の根本を、覗けぬ道理はない」
理解の及ばぬ解に動揺を隠せない。
そして、正体不明の首なし騎士に気を取られていた俺は致命的なミスを犯してしまった。石化が侵食しきりそうだった邪竜ファヴ二―ルの傍に、黒衣の男が浮遊していると気付けなかったのだ。その男の掲げた手より白光が煌めけば、石化による灰色は即座に元の色へと癒されていくではないか。
「神が定めし運命など、背くが聖道。呪いには裏切りを以って、尽くすのみです」
それでも完全にメデューサの呪い、石化を防ぐことはできなかったのか所々に灰色を残すファヴニール。俺の安堵は束の間で、邪竜はその体皮ごと脱ぎ捨てて新たな肉体をニュルリと出現させた。
さすが元蛇竜なだけあって脱皮もお手の物というわけか。
しかし問題は【石眼メデューサの剣】が持つ石化の呪いを解いた黒衣の人物だ。
「家族の深刻な裏切りの慟哭を聞いて、救いをもたらしに来ました」
黒衣の男は静かな声でそう語る。
「裏切られる前に、裏切ってしまうがよいのです」
そんな言葉に乗じて、今度は首なし騎士も饒舌に喋り出す。
「クビを恐れる嘆きの声に応じ、私の騎士道に殉ずる為、冥界より馳せ参ず」
ランスの矛先を俺へと向けて、堂々の態度で宣戦布告をしてきた。
「クビなど気にするでない。脅威たるストレスを植え付ける者に、私が死する運命を授けよう」
邪竜ファヴニール、黒衣の男、首なし騎士。
三者に睨まれ、さすがに分が悪いように感じる。その予感は的中したのか、金切り声がインカムより飛んでくる。
『序列識別No.3313。いい加減に退避せよ! 【黄金に飢える邪竜ファヴニール】他ッッ! 【降臨】級二体の出現を確認!』
『まさか【伝承持ち】じゃないですよね』
伝承持ちでないのなら、俺が引く必要はない。勝機はまだある気がした。
『識別コード:【裏切りの使徒・ユダ】および、【死の予言騎士デュラハン】だ! 対話が可能であることから、全個体が【通説】以上である可能性が高い! 繰り返す、早急に退避せよ! これに応じない場合は命令違反としてマイナス評価をつけるぞ!』
「……嘘だろ」
初陣の『殺処分』相手が、全員【降臨】級。しかも全個体が【伝承持ち】とか……。
さすがに勝ち目は薄いと判断できた。